朝の校舎裏に、何とも言えない“こげたにおい”が立ちこめていた。
翔太郎は、煙の向こうに見えた人影に目をこすった。
「……え、今なんか爆発した?火花散ったよな……?」
「……う、うん……多分、私のせい……かも……」
もくもくと立ち上る煙の中心で、困り顔を浮かべていたのは真由子だった。右手には焦げたノート、左手にはちぎれかけたマスキングテープ、そして頭上にはうっすらとスス。
「なにが起きたんだ、今……!?」
「……いや、あのね……こう、ここが、“ふわっ”てなって、そこから“ぴしっ”ってきて……で、“ぽんっ”って感じで……」
「わっかんねぇよ!!形容語が全部擬音!!」
璃桜がノートをめくりながら説明する。
「“表現抑制型アニマ”。内面のイメージを“明確な言語で説明しようとした瞬間”、その情報圧が爆発する。要するに、“説明しようとするほど壊れる”タイプね」
「なにその爆弾仕様のプレゼン能力!!」
「今の真由子は、“感じたこと”をそのまま伝えるしかない。“言葉に変換”しようとした瞬間、空間が耐えきれなくなる」
真由子は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……ほんとは、ちゃんと説明したいの。でも、言おうとすると、ぐるぐるして、“ばーん”ってなるから……」
「ばーんの威力が今日やばいんだよ!」
ちょうどそのとき、先生が近づいてきて声をかけた。
「真由子さん、さっきの爆発音……何が原因かわかるか?」
真由子は、困ったように口を開いた。
「えっと、その、ちょっとこう……“ぴかっ”って……」
「“ぴかっ”ってなんだ!?理科室か!?何を爆発させたんだ!?」
「先生、彼女は今“説明できないと爆発する”状態なんです!」
「だからって“爆発が説明”になるのかァ!!?」
翔太郎は思わず叫び、背後ではまたしても“ぼんっ!”という軽い爆発音と共に、備品倉庫の扉が吹っ飛んだ。
「もうジェスチャーだけで演劇しろォォォ!!」
真由子は涙目になりながら、腕で“回す”ような仕草を繰り返す。
「……たぶん、“こういう”のを言いたかっただけなんだけどなぁ……」
「もうそれ、ジェスチャーじゃなくてアート!!言語芸術かよ!!」
混乱の中、翔太郎たちは、爆発を防ぐために“真由子の気持ちを察する”作戦に出るが――果たしてうまくいくのか。
「じゃあ、いくよ真由子。今から俺が、“何が起きたか”を当てるから、合ってたら“頷いて”くれ。間違ってたら、首を振って。声は出すな!絶対に!」
翔太郎が指を立てると、真由子は真剣な表情で頷いた。背後には、先ほど爆発で吹き飛ばされたスチール棚が無残な姿で転がっている。壁にはうっすらと“焼きのこった英単語”らしき跡が残っていた。どうやら、英語のプリントを読み上げようとして「フォトシンセシス(光合成)」と発した瞬間、理科準備室の備品が「分子構造レベルで崩壊した」らしい。
「じゃあまず、“何かを発表しようとしたら”、アニマが爆発する。そうだよな?」
真由子、こくん。
「よし。で、“心の中では言葉にできてるけど”、声にした途端、爆発が起きる」
真由子、再びこくん。
「つまり、“イメージと表現が一致してる限り大丈夫”だけど、他人に理解してもらおうとした瞬間、力が逆流するんだな」
こくん。
翔平がそのやりとりを見ながらうなる。
「なんだこれ。“地雷原クイズ大会”か?」
璃桜が腕を組んで言う。
「このアニマ、たぶん“無理に説明しなきゃ”というプレッシャーを感知してる。“共感”だけで意思疎通できれば、爆発は避けられるはず」
「要するに、“あの空気、あれがこう”って伝え方で生きていくしかないってことか」
翔太郎が頭を抱える。
「これ、真由子が説明しなきゃいけない場面に立ったら全部アウトじゃないか?プレゼン?スピーチ?ゼロ点確定だぞ!」
その瞬間、遠くからアナウンスが流れた。
『三時間目は、国語の時間です。本日はクラス代表による“自己紹介と将来の夢”を一人ずつ前に出て……』
「まずい!そのまま行ったら“夢が爆発する”!」
「いや物理的に!」
美紅が駆け込んできた。
「真由子ちゃん、さっき“今度こそちゃんと自己紹介する”って言ってたよ!すっごく頑張って練習してたみたい!」
「爆発のフラグ立ちすぎてて恐怖しかないんだが!?」
翔太郎は真由子の肩を掴んだ。
「いいか、もし爆発しそうになったら、もう“ダンス”で伝えろ。“私は将来、歌って踊れる保育士になりたい”みたいに!」
真由子、ジト目でにらむ。
「そっか、保育士志望なのか」
真由子、びくっ、と目を見開き、それから――ふるふると頷いた。
「……わかったぞ。“思い出せた”って反応だ!」
翔太郎は嬉しそうに言った。
「つまり、今のお前、“将来の夢を忘れていた”んじゃなくて、“説明しようとするたびに爆発して忘れていた”んだ!」
真由子の目に、うっすらと涙が滲んだ。
「……ずっと、伝えたいことはあったのに。うまく話せなくて、でも笑ってごまかすのも嫌で、なのにみんながどんどん先に行くのが、怖くて……」
爆発音は、なかった。
その代わり、そっと空気が温まった気がした。
「いいんだよ、真由子。言葉にできなくても、ちゃんと“お前が伝えたいこと”は届いてる」
翔平がにっこり笑った。
「“将来、保育士になりたい”んだろ?だったら今は、“俺たちの心の保育士”になってくれよな」
「え、保育されたいの?」
「たまにはね!!」
璃桜が、息をついた。
「結論。真由子は“伝える”ことじゃなく、“一緒に感じる”ことで、爆発を止められる。今後、プレゼン時は“観客全員で感じてください”方式でいきましょう」
「無茶振りにもほどがあるだろ!!」
だが、そんな中――真由子がふっと立ち上がる。
そして、小さな声で呟いた。
「……ありがとう、って言うと、爆発しないの。不思議だね」
翔太郎たちは、笑った。
(第35話 完)