目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

【第36話】誠、語りすぎて世界が分裂

「つまりね、A案には倫理的問題があるわけ。だからB案が妥当だと思うんだ。いやでも、実行性で言えばC案の方が――」

 誠の口から次々と飛び出す意見の数々。それだけなら、彼の“いつものこと”で済むはずだった。だが今日は、何かが違った。

「――ってことで、もし俺が学級委員だったら、たぶんB案を選ぶと思う!」

 その瞬間、空間がパリィンと割れた。

「え?」

「おいおいおい、なんか今“世界が分岐した”音したぞ!?」

 翔太郎が立ち上がる。彼の隣には、さっきまでいたはずのクラスメイトが消えている。

「お前……B案選んだら、A案世界が消えたんじゃなくて、“分かれた”のかよ……!」

 璃桜が急いでノートを開き、呟いた。

「“多岐分岐型アニマ”……意見や選択肢を語るたびに、並行世界が生成される……!その世界では、誠の“その発言を基点にした結果”が展開される!」

 翔平が口を挟む。

「つまり、“AもBもCも”全部存在してるけど、“同時に”起きてるってことか?」

「厳密には、“起き始めた”だけ。でも、誠が喋れば喋るほど、“可能性”が実世界に投影されていく。言葉が分岐を生むのよ」

 誠は、頭を抱える。

「俺……ただ“ちゃんと話そう”としただけなのに……!」

 翔太郎は叫んだ。

「いや真面目に議論するのはいいけど!お前の“ひとりプレゼン”がいま、“物理的に世界を分裂させてる”んだよ!」

 その瞬間、誠の背後に三つの扉が現れた。

「うわあっ!?なにこれ!?ドア出た!!RPGの分岐か!!」

「左は“何も決めなかった世界”、真ん中は“C案を強行した世界”、右は“全員が黙ってやり過ごした世界”よ」

 璃桜が警告する。

「どれか一つでも踏み入れれば、“その世界の記憶”が流れ込んでくる……誠!一度、黙れ!!」

「いやでも黙ったら議論にならな――」

 ガコン!!

 床が揺れ、第四の扉が出現した。

「なに勝手に選択肢増やしてんだああああ!!」

 翔太郎の絶叫とともに、教室はついに“五つ目”の世界に向かって、物理的に“裂け始めた”。



 教室の床が“ガコン”と二段階に沈み込み、天井は音もなく三層に分かれた。白昼の校舎が、まるで古びたノベルゲームのように“セーブ&ロード”を繰り返している。空間にうっすらと浮かぶ「選択肢ボックス」には、誠の発言がまるで選択肢のように表示されていた。

【A案:クラス委員は交代制が公平】

【B案:立候補制で自己責任】

【C案:ランダムくじで全員平等】

【D案:全部話し合いで再決定】

【E案:とにかく翔太郎にやらせる】

「なんで最後だけ俺固定!?」

 翔太郎の叫びも虚しく、クラスの床の一部が“カチャッ”と音を立てて開いた。そこから現れたのは、翔太郎がクラス委員として奮闘し、汗と理不尽と混乱にまみれている“もう一人の翔太郎”だった。

「……お前、どこの翔太郎だよ!?」

「第三世界の“犠牲になった委員長翔太郎”です……今月すでにPTA三回出た……もう勘弁してくれ……」

「帰れ!本体より働いてるとか!不憫すぎる!」

 誠は顔面蒼白で立ちすくんでいた。

「俺、こんなこと望んでない……ただ“ちゃんと納得のいく答え”がほしかっただけなんだよ……!」

 圭が、今にも分裂しそうな天井を見上げながら呟いた。

「誠の“納得のいく議論”は、“全パターンを検証すること”なんだ。だけどそれって、“全部の世界を見なきゃ終わらない”ってことでもある」

「つまり、彼にとって“結論”は終わりじゃなくて、“出発点”……」

 璃桜がぽつりと言う。

「このアニマは、“それぞれの意見が生む未来”を並列に可視化してしまう。誠の“誠実すぎる議論癖”が、文字通り“現実を割った”のよ」

 翔平が混乱の中、地面に座り込む。

「なぁ、もうこの空間やばくね?何が現実で、何が仮想か、わかんなくなってきたんだけど!?」

 翔太郎は誠に近づき、強く言った。

「誠。お前の“意見”は、いつも筋が通ってる。でも、世界ってのはな、“意見が通ってても、回らない”ことが多すぎるんだよ!」

「それでも、やらなきゃダメだろ!?黙ってたら誰かが泣くかもしれないんだぞ!?」

「だったら、“全世界を分裂させて誰も選ばせない”のは正義かよ!?」

 二人の言葉がぶつかった瞬間、またしても空間に裂け目が走った。

 パリーンッッ!!!

 七つ目の“分岐空間”が開いた。

 それは、机も椅子も何もない真っ白な空間だった。

 誠は、ふらふらとその中心に歩いていき、座り込んだ。

「俺が間違ってた……“意見を出し続けること”が、必ずしもみんなのためになるわけじゃなかったんだ……」

 翔太郎は、そっと隣に座った。

「……でも、お前が“誰かのために”って考え続けたその全部が、今ここで“やっと俺に伝わった”。だから、もう言わなくていい。分かってるから」

 誠は、目を閉じた。

 そして、小さく笑った。

「……でもやっぱり、一言だけ言わせて。俺、まだB案は捨てきれないと思ってる」

「言うなって言ってんだろォォォォォ!!!!」

 再び、裂け目が走る音――ではなく、今度は“くすくす”という誰かの笑い声だった。

 現実世界に、ひとひらの風が戻る。

 誠の足元にあった選択肢のパネルが、ひとつ、ひとつ、静かに消えていった。

“語らなければ崩れる”と思っていた世界が、“黙っても伝わる”ことで初めて収束した瞬間だった。

(第36話 完)


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?