「つまりね、A案には倫理的問題があるわけ。だからB案が妥当だと思うんだ。いやでも、実行性で言えばC案の方が――」
誠の口から次々と飛び出す意見の数々。それだけなら、彼の“いつものこと”で済むはずだった。だが今日は、何かが違った。
「――ってことで、もし俺が学級委員だったら、たぶんB案を選ぶと思う!」
その瞬間、空間がパリィンと割れた。
「え?」
「おいおいおい、なんか今“世界が分岐した”音したぞ!?」
翔太郎が立ち上がる。彼の隣には、さっきまでいたはずのクラスメイトが消えている。
「お前……B案選んだら、A案世界が消えたんじゃなくて、“分かれた”のかよ……!」
璃桜が急いでノートを開き、呟いた。
「“多岐分岐型アニマ”……意見や選択肢を語るたびに、並行世界が生成される……!その世界では、誠の“その発言を基点にした結果”が展開される!」
翔平が口を挟む。
「つまり、“AもBもCも”全部存在してるけど、“同時に”起きてるってことか?」
「厳密には、“起き始めた”だけ。でも、誠が喋れば喋るほど、“可能性”が実世界に投影されていく。言葉が分岐を生むのよ」
誠は、頭を抱える。
「俺……ただ“ちゃんと話そう”としただけなのに……!」
翔太郎は叫んだ。
「いや真面目に議論するのはいいけど!お前の“ひとりプレゼン”がいま、“物理的に世界を分裂させてる”んだよ!」
その瞬間、誠の背後に三つの扉が現れた。
「うわあっ!?なにこれ!?ドア出た!!RPGの分岐か!!」
「左は“何も決めなかった世界”、真ん中は“C案を強行した世界”、右は“全員が黙ってやり過ごした世界”よ」
璃桜が警告する。
「どれか一つでも踏み入れれば、“その世界の記憶”が流れ込んでくる……誠!一度、黙れ!!」
「いやでも黙ったら議論にならな――」
ガコン!!
床が揺れ、第四の扉が出現した。
「なに勝手に選択肢増やしてんだああああ!!」
翔太郎の絶叫とともに、教室はついに“五つ目”の世界に向かって、物理的に“裂け始めた”。
教室の床が“ガコン”と二段階に沈み込み、天井は音もなく三層に分かれた。白昼の校舎が、まるで古びたノベルゲームのように“セーブ&ロード”を繰り返している。空間にうっすらと浮かぶ「選択肢ボックス」には、誠の発言がまるで選択肢のように表示されていた。
【A案:クラス委員は交代制が公平】
【B案:立候補制で自己責任】
【C案:ランダムくじで全員平等】
【D案:全部話し合いで再決定】
【E案:とにかく翔太郎にやらせる】
「なんで最後だけ俺固定!?」
翔太郎の叫びも虚しく、クラスの床の一部が“カチャッ”と音を立てて開いた。そこから現れたのは、翔太郎がクラス委員として奮闘し、汗と理不尽と混乱にまみれている“もう一人の翔太郎”だった。
「……お前、どこの翔太郎だよ!?」
「第三世界の“犠牲になった委員長翔太郎”です……今月すでにPTA三回出た……もう勘弁してくれ……」
「帰れ!本体より働いてるとか!不憫すぎる!」
誠は顔面蒼白で立ちすくんでいた。
「俺、こんなこと望んでない……ただ“ちゃんと納得のいく答え”がほしかっただけなんだよ……!」
圭が、今にも分裂しそうな天井を見上げながら呟いた。
「誠の“納得のいく議論”は、“全パターンを検証すること”なんだ。だけどそれって、“全部の世界を見なきゃ終わらない”ってことでもある」
「つまり、彼にとって“結論”は終わりじゃなくて、“出発点”……」
璃桜がぽつりと言う。
「このアニマは、“それぞれの意見が生む未来”を並列に可視化してしまう。誠の“誠実すぎる議論癖”が、文字通り“現実を割った”のよ」
翔平が混乱の中、地面に座り込む。
「なぁ、もうこの空間やばくね?何が現実で、何が仮想か、わかんなくなってきたんだけど!?」
翔太郎は誠に近づき、強く言った。
「誠。お前の“意見”は、いつも筋が通ってる。でも、世界ってのはな、“意見が通ってても、回らない”ことが多すぎるんだよ!」
「それでも、やらなきゃダメだろ!?黙ってたら誰かが泣くかもしれないんだぞ!?」
「だったら、“全世界を分裂させて誰も選ばせない”のは正義かよ!?」
二人の言葉がぶつかった瞬間、またしても空間に裂け目が走った。
パリーンッッ!!!
七つ目の“分岐空間”が開いた。
それは、机も椅子も何もない真っ白な空間だった。
誠は、ふらふらとその中心に歩いていき、座り込んだ。
「俺が間違ってた……“意見を出し続けること”が、必ずしもみんなのためになるわけじゃなかったんだ……」
翔太郎は、そっと隣に座った。
「……でも、お前が“誰かのために”って考え続けたその全部が、今ここで“やっと俺に伝わった”。だから、もう言わなくていい。分かってるから」
誠は、目を閉じた。
そして、小さく笑った。
「……でもやっぱり、一言だけ言わせて。俺、まだB案は捨てきれないと思ってる」
「言うなって言ってんだろォォォォォ!!!!」
再び、裂け目が走る音――ではなく、今度は“くすくす”という誰かの笑い声だった。
現実世界に、ひとひらの風が戻る。
誠の足元にあった選択肢のパネルが、ひとつ、ひとつ、静かに消えていった。
“語らなければ崩れる”と思っていた世界が、“黙っても伝わる”ことで初めて収束した瞬間だった。
(第36話 完)