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【第38話】なつきと歩夢、“未来をデザイン”する

 昼下がりの図書室に、異様な静けさが広がっていた。

 なつきは、机に広げられた一枚の紙を見つめていた。そこには、あり得ないほど詳細に描かれた“未来”の設計図が記されていた。

「午後2時17分、翔太郎が図書室のドアを開ける」

 キィィ……

 時間通りに、ドアが開いた。

「……うそでしょ」

 翔太郎は、なつきと向かい合う形で立ち止まった。

「いま、図書室のドアを開けたら“うそでしょ”って言われる未来、書いてあったんだけど?」

「そう。“未来予測図”。誰が書いたかわからない。だけど、これに書いてあることが全部“当たる”」

 なつきは疲れたように笑った。

「昨日、これに従って動いたら、家のトイレが爆発した」

「どういう因果だよ!?」

 その横では、歩夢が黙って立っていた。彼の手にも、別の“未来図”が握られていた。

「……この紙には、“俺がここで何も言わないこと”が書かれてる。だから今、黙ってるんだ」

「いや、それ従うなよ!!」

 翔太郎は焦るが、歩夢は静かに首を振った。

「違う。これは俺の意思で黙ってる。“言わされてる”んじゃない」

 璃桜が後ろから近づいて、そっと言った。

「“予言実行型アニマ”。未来に起こる出来事を、詳細に提示する。そして“それに従わないと、もっと悪い結果が起こる”よう現実を歪めていく」

「つまり、“言われたとおりに動け”っていう“運命の指示書”か」

「そう。で、従えば一応は平穏。でも、“自由意志”を失っていく」

 翔平がポケットに手を突っ込みながら言う。

「で、その紙を無視したら?」

「地面が割れて机ごと落ちた」

 なつきが即答する。

「……えぐ」

 翔太郎は、歩夢の方に視線をやる。

「お前は、そういうのに従うタイプじゃないだろ。“変えようとする”タイプだろ?」

「変えたいと思ってるよ。でも、今は“まだ”やるべきじゃない」

「……は?」

 歩夢は、自分の紙を指差した。

「この紙には、“俺が最後に予言に逆らって、それでようやくアニマが消える”って書いてある」

「え、ネタバレされてんじゃん!!」

「つまり、俺が自由を選ぶ瞬間までが、“予定された自由”ってことさ」

「皮肉が過ぎるよこの未来!!」

 なつきは紙をぎゅっと握りしめた。

「でも、やらなきゃいけないことがある。“どうせ未来が決まってるなら、せめてその中で一番マシな選択肢を探してみせる”」

 彼女の眼差しは真っ直ぐだった。

「自分の意志で決めたって言いたいから。たとえそれが“最初からそうなるようにできてた”としても」

「じゃあ、やってやろうぜ。運命ってやつを、全部“自分で上書き”してみよう」

 翔太郎は、紙を一枚手に取り、破った。

 その瞬間、空間に不穏な“地鳴り”が走った。



 紙を破った瞬間、世界が少しだけ“揺れた”。

 ほんの一拍遅れて、図書室の天井の照明がパチパチと点滅し、書架の隙間からふわりと何かが吹き上がった。灰のように舞い上がったその“微細な砂塵”は、紙に刻まれていた未来の“断片”だった。

「……やっぱり、反動が来た」

 なつきが歯を食いしばる。

「破ったのは、たった一文。“翔太郎が本棚の影に隠れて転倒する”ってやつ。でもそれだけで、天井が……」

 翔太郎はごつんとぶつけた頭をさすりながらうめいた。

「うわぁ……天井のカバー外れて直撃した……内容違うのに“ダメージの程度”は保たれてるのかよ……!」

 璃桜が分析する。

「未来予測図は、“因果の流れ”を操っている。“この行動がこの結果に結びつく”と設定して、その繋がりを固定してるの。だから、行動を変えても、結果の“エネルギー量”は変わらない」

「ちょっと待って。ってことは、“選択肢を変えた”時点で、“代償”が上乗せされるってことじゃ……」

 翔平が言いかけたその瞬間、歩夢が静かに未来図を見た。

「午後3時26分、俺がこの紙を焼却炉に投げ捨てる」

「おい!やるなよ!?今“やらなかったら”って選択肢があるんじゃないのか!?」

「……でもこれが、“俺に用意された唯一の出口”かもしれない」

「だったら、破るべきだ」

 なつきが真っ直ぐに言った。

「私たちがここまで“選ばされて”きたなら、せめて“拒否する自由”だけは、自分たちの手で持ちたい」

 歩夢はなつきを見て、一瞬だけ笑った。

「なつきって、そういうところは変わらないな。全部“やってから考える”タイプだ」

「褒め言葉と受け取っておくよ!」

 彼女はそう言って、自分の紙をぎゅっと折りたたんだ。

「じゃあ私が“燃やす方”、あんたが“守る方”。どっちが正しかったかは、未来が決める」

「未来が“勝手に決める”のか、“俺たちが決めた”と言えるのか、試すってことだな」

 二人は並んで歩き出した。誰も指示していない、でも確かに“自分の足で選んだ”道を。

 そして――午後3時26分。

 焼却炉の前に立ったなつきは、火口に紙を投げ入れた。

 ほんの一瞬、空気が静止する。

「何か……来る」

 翔太郎が息を呑む。

 その瞬間、周囲の空間が“うねった”。

 校舎の裏手に突如現れたクレーン車が暴走し、近くに止められていた自転車ラックが“空中回転”するという謎の物理現象が起きた。頭上を飛び交う無人ドローンが墜落し、近くの木が“急成長”して倒れかける。

「なんだこれ!?“未来の因果”が暴走してるのか!?」

 璃桜が青ざめながら叫ぶ。

「違う!これは“未来の強制力”が外れて、“複数の可能性”が同時に流れ込んでるんだ!」

 つまり、今この街には――

「“いくつもの選択肢がぶつかり合ってる未来”が、並列で流れてるってこと……!」

「自由って、こんなにめちゃくちゃなもんかよ!」

 翔太郎が叫ぶ。

 そんな混乱の中心で、歩夢がふと立ち止まった。

 彼の手には、“燃やしていないもう一枚”の未来図があった。

 そこには、こう書かれていた。

 ――「すべての未来を受け入れたとき、アニマは消滅する」

 歩夢はそれを見つめて、つぶやいた。

「全部拒否するんじゃなくて……“全部抱えて歩く”しかないのか」

 彼は静かに、ポケットに紙をしまった。

「なつき。お前は“燃やしてくれた”から、俺はこれを“持っていく”よ。両方があるからこそ、未来は“選び直せる”気がする」

 なつきは、それを聞いて微笑んだ。

「じゃあ、今日の選択は、“未来のデザイン第一稿”ってことで」

 空に、ひとすじの風が吹いた。

 それは、どんな図面にも描けない、自由の形だった。

(第38話 完)


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