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【第40話】翔太郎、アークゲートの中心へ

 ある日の夕暮れ、商店街の端にある立ち入り禁止区域のフェンスが、風に揺れていた。

 誰も近づかない、誰も気づかない場所。

 だが翔太郎だけは、今日に限ってその奥に“妙な音”を聞いた。

「……あれ、なんか今、“押すなよ押すなよ”みたいな声、聞こえなかった?」

「翔太郎、まさか入る気?」

 璃桜が眉を寄せる。

「いや、違う。逆に今“入れ”って言われてる気がして……!」

 フェンスの隙間から滑り込んだ瞬間、足元がふわりと浮いた。

「うわああああああああ!?またこれ系かあああああ!!」

 落下、というより“吸い込まれる”感覚だった。光も風もなかった。ただ、何かが“無音で”彼を包み込む。

 翔太郎が目を覚ましたとき、そこは――

「マニュアル……マニュアルどこ置いたっけ……えーっと、たしかこの辺に……」

 薄暗い部屋の中心に、もじゃもじゃ頭の男が座り込んでいた。白いローブを引きずり、部屋中に散らばる紙の山を掘り返している。

「……え?誰?」

「うわっ!?まさか来ちゃった!?あーやばい、マニュアルまだ読んでないのに!!」

「お前がアークゲートの守護者……?」

「うん!というか一応“調整係”!正式名称“次元境界管理補佐代理代理見習い”!」

「代理の代理って……絶対まともに機能してないだろこのシステム!」

 翔太郎が叫ぶと、男はへらっと笑った。

「いやー、前任が辞めちゃってさ。いや違う、辞めたんじゃなくて“溶けた”って言ったほうが早いか。あはは!」

「笑えねぇよ!!」

 部屋の壁には、見たこともない扉の図解や、幾何学的すぎて読めない言語が並んでいる。

「ここ、どこだよ……」

「ここは“第0ゲート”。すべての観測者が最初に接続された“最初の点”。つまり君たちが“見えるようになった理由”、ここにあるってわけ」

「俺たちが“観測者”になったのは、お前らのせいか?」

「半分そう!半分違う!君たちが“選んだ”んだよ。“異変”に触れたのも、拒まなかったのも、全部君たちの行動の延長線!」

「行動……?」

 翔太郎の脳裏に、“最初の異変”が浮かぶ。

 学校のトイレが消えたあの日、璃桜と一緒に“見えてはいけないもの”を見たこと。それが、すべての始まりだった。

「あれ、選択だったのか……?」

「選ばなければ、“見えなかったまま”だった。でも選んだから、今、君はここにいる」

「……選んだ覚えなんて……」

「でも、怖がらなかったでしょ?」

 翔太郎は返す言葉を失った。

「君たちみたいな人間が、“世界を壊す”か“繋ぎ直す”か、これから決めてくれるって、うちの上司が言ってた!」

「上司って誰!?」

「知らない!連絡こないから!」

「おいぃぃぃぃいい!!管理ザルすぎんだろ!!」

 翔太郎が怒鳴った瞬間、部屋の天井がぽこっと開いて、下りてきたホワイトボードには、こう書かれていた。

 ――“彼ら観測者の選択が、世界の接続構造を定義する”

「なにこれ、俺、なんかヤバい立場にされた?」

「うん!頑張ってね!!」

「せめて“根拠ある応援”してくれ!!」

 笑いと混乱の中、翔太郎は“自分が観測者である意味”と向き合い始める。



 翔太郎は、しばらく部屋の中心に立ち尽くしていた。周囲の空間には“地球の物理”とやらがまったく通用しておらず、視界の端ではノートが縦に回転しながら空中で凍っていた。天井は上下逆になり、床に描かれた円は時折、立体として膨らんでいた。

 それでも、一番おかしいのは、部屋の真ん中でノホホンとペン回ししている“調整係の代理見習い”である。

「でさ、君って、なんか“突っ込み役”っぽいでしょ?」

「否定はしねえけど、なんでお前がそれ知ってんだよ……」

「だって、この世界、だいたい“君の突っ込み”で修正されてきたんだよ?」

「は?」

 調整係はくるっと回転椅子で背を向けながら、手元のパネルをタップする。

「このリスト見て。“緑の天気暴走”、“真由子の言葉爆弾”、“誠のマルチワールド”……ぜんぶ君が“突っ込んで止めてる”」

「……マジで?」

「マジ。君、ちょっとした“言葉による世界補正機能”持ってる」

「なんだその機能!初耳すぎて怖えよ!」

「君の“え、なんでそうなる!?”とか、“落ち着けバカ!”とか、そういうのがこの世界の“現実復元力”として機能してたの。君の一言で、“歪んだ世界がリセットされる”って構造ね」

 翔太郎は思わず後ろにのけぞった。

「じゃあ、俺……ただのツッコミ担当じゃなくて、“世界の安全装置”だったのかよ!」

「そう!たぶんそう!……たぶん!」

「“たぶん”つけるな!信用できねぇぇぇ!」

 翔太郎は頭を抱える。

「でもさぁ、言っとくけど俺、普通に生きたいだけだったんだよ。目立ちたくないし、何か背負いたくもないし、ただ、無難に……」

 その言葉を途中で切って、翔太郎は拳をぎゅっと握った。

「でも、誰かが困ってると、つい動いちゃうんだよな……。そしたら気づけば“観測者”で、“世界の修正役”で……はあ」

 調整係がくるりと振り返る。

「じゃあ、やめる?」

「は?」

「“観測者”やめるって選択肢もあるよ。“世界を知覚する”力を返せば、君はまた普通の生活に戻れる」

「……本気で言ってる?」

「うん。そしたら、君はこの“異常な日々”から解放される。アニマも見えない、ゲートも知らない。友達もみんな、普通の学生として付き合ってくれる」

 翔太郎は息をのんだ。

「……でもそれ、“あいつらのこと、何も覚えてない世界”ってことか?」

 調整係は黙ったまま、ゆっくり頷いた。

「何も知らなかったら、たぶん傷つかない。でも、君が見てきた景色も、守ってきた世界も、“なかったこと”になる」

「……それは、やだな」

「だよねぇ。君、なんだかんだで“無難”より“納得”を選ぶタイプだったもん」

 翔太郎はぼそっとつぶやいた。

「俺が突っ込まなきゃ、あいつら爆発したままだし、天気も崩れたままだし、世界も分裂したままだし……誰かが“言わなきゃいけないツッコミ”ってあるんだよ、たぶん」

「その通り。だから、君は“観測者”を続けていいと思うよ」

「続けて“いい”って……お前が勝手に割り振ったんだろ!」

「えへへ、代理代理だからそのへん曖昧でさ!」

「曖昧なまま世界回すな!」

 翔太郎は大きく息を吸って、そして吐いた。

「……あーもう、しゃーねぇ。やるわ。俺、観測者続ける。“ツッコミで世界を救う”って言われたら、やるしかねぇだろ!」

「そのセリフ、マニュアルに書いてあるやつだ!」

「だからお前、マニュアル読んでたんかい!!!」

 部屋の中心で光が弾けた。翔太郎の胸に、小さな紋章が浮かび上がる。それは“選ばれた観測者”の証、世界を“修正する者”の権能だった。

「……これ、オレだけ?」

「いや、あと21人いるよ!君の仲間!」

「多っ!!多すぎじゃね!?全員に配ってんの!?観測者セールでもやってた!?」

 調整係はぴしっと指を立てて言う。

「でもその中で、“修正役”は君だけだよ」

 翔太郎は黙って頷いた。

 そして、振り返りながらつぶやく。

「なら、これからも突っ込み続けるさ。“日常の顔した異常”が来たって、“オチのある世界”にしてやるよ」

 ゲートがゆっくり開く。

 翔太郎は、世界の中心から、再び“日常”へと飛び込んだ。

(第40話 完)


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