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【第42話】翔太郎、ツッコミが世界を修正する

「いやそれおかしいだろ!!」

 ドン、と机を叩く音とともに、校舎の壁が“ズズッ”と数センチ元の位置に戻った。

「今、なんか直った!?いや、俺の“ツッコミ”で世界直ったぞ!!?」

 翔太郎は自分の手を見下ろし、青ざめた。

「ねえ、それってもしかして、“能力に目覚めた系”じゃない?」

 瑞紀が楽しそうに言う。

「能力ってお前、“声で現実を直す”ってことか!?そんなの聞いたことねぇよ!」

 璃桜が、静かに頷く。

「“現実補正型アニマ”。対象の矛盾や齟齬を“指摘”することで、そのズレを修正する力。しかも、“正しいと信じている範囲”に限定されて反映される」

「じゃあ、俺が“おかしい!”って思ったことを叫ぶたびに、現実が元に戻るってことか!?」

「でも逆に、“叫ばないとどんどん歪んでく”ってことでもあるわ」

 そのとき――

「おい翔太郎!校庭にカバが出たぞ!」

「ツッコミ待ちか!?なんで今!?なんで校庭にカバ!?日本じゃねぇし、学区じゃ飼えねぇし、ていうか“どこから来た”の!?」

 バシュッ!

 カバが“ぽんっ”と消えた。

「おおおお!?ほんとに消えたぞ!?」

「すごい、翔太郎の声で現実が“正論に収束した”!」

 瑞紀がメモを取りながらはしゃぐ。

「でもこれ、万能じゃないはずよ。たぶん、“矛盾が認識された状態で放置された時間が長いほど”修正が困難になる」

 璃桜の言葉に、翔真がやってくる。

「翔太郎、さっき体育館のバスケットゴールが“ぐるぐる回って空に昇ってった”んだけど、どうしたらいい?」

「ツッコむ以外ないだろそれ!!バスケどころか宇宙開発だよ!誰が“宇宙に3ポイント決めろ”って言った!?」

 ゴゴゴゴ……!

 天井の上空で、バスケットゴールが“逆再生”のように戻ってくる。

「マジで戻ったーーーー!!」

「やばいってこれ!これ、俺が“世界の整合性”を支えてるってことじゃねぇか!」

「でも問題は――」

 璃桜が指をさした。

「喉よ」

「喉!?」

「連続して修正しすぎると、“声帯に異常な負荷”がかかる。今の君は、“しゃべるほど世界を保てるけど、しゃべれなくなると崩壊する”というジレンマを抱えてる」

「なにその燃費の悪いヒーロー設定!!」

 翔太郎は叫ぶ。が、その瞬間――

「……あれ?なんか……ガラガラしてない?」

「喉、限界近いかも」

「うそだろ!?」

 その瞬間、町中で同時に起きた“ズレ”のアナウンスが流れた。

『現在、学校裏の川が“上へ向かって流れて”います』『校長の影が3つに分裂しています』『屋上に巨大な“どら焼き”が発生しました』

「全部やべえよ!!世界がボケ倒してる!!」

「さあ、どうする翔太郎?ツッコむ?それとも――」

「ツッコむしかねぇだろ!!俺が“この世界のボケ担当”どもを、全員正す!!」

 その叫びとともに、翔太郎は校舎を駆け出した。



 翔太郎は全速力で廊下を駆け抜けた。走るたびに見える景色の異常さがひどい。

 曲がり角を折れた先には、黒板消しが“単体で空中浮遊”しており、書道室の床では“筆文字が自走して”出口に向かって這っていた。職員室の前では、校長の影が三つに分かれてジャンケンをしていた。

「全部、ツッコまなきゃいけないのかよ!?ボケのフルコースかここは!!」

 一つ一つを指差しながら、翔太郎は叫ぶ。

「まず黒板消し!授業中じゃないのに存在感主張すんな!お前は“消す側”だろが!自分出してどうすんだ!」

 ピシィッ!

 空中で浮いていた黒板消しが“ヒューン”と元の位置に戻る。

「次、筆!自走って何!?書かれるのを待てよ!作家の意思を無視するなぁ!」

 バシュッ!

 筆が急停止し、くるんと向きを変えて墨壺に沈んだ。

「そして校長!影がジャンケンって何!?実体より主張激しいってどういうこと!?お前の影は人格持ってねえから!」

 ズガァァァン!

 三つに分かれていた影が一つに統合され、校長が「あれ、さっきまで俺どこいたっけ……?」と呟く。

 翔太郎はぜぇぜぇと息を切らしてしゃがみ込んだ。

「やばい……本当に喉がやられてきた……。声が……出しにくい……」

 璃桜が後ろから駆けつける。

「翔太郎!無理しないで、喋らなくていいわ!限界超えると、“ツッコミ機能”が暴走して、自分の存在ごと消えかねない!」

「……でも、止まらないんだ……おかしいもの見ると、ツッコまずにいられない……!」

 そのとき、通学路に“巨大などら焼き”が落ちてきた。

 正確には、直径6メートル、照りのいい表面、湯気まで出ている“完璧などら焼き”。

 しかも上に「給食です」と書かれたラベルが貼ってある。

「もうツッコミ待ちじゃねぇかこれ……」

 翔太郎は立ち上がった。

「誰だよこのサイズで“給食”って言ったの!!朝の一食で人類終わるわ!栄養満点すぎるだろ!!」

 ドォォォン!

 空間が爆ぜて、どら焼きがスッと煙になって消えた。

「翔太郎、もう限界!休んで!お願い!!」

 璃桜が懇願するように叫ぶ。

「俺が止まったら、また誰かが苦しむ……それはもう見たくないんだよ!」

 そのとき、目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。

「なに……?」

 瑞紀が駆け寄る。

「ツッコミによる“現実修正”が、過剰反応してる。翔太郎の“おかしいと思う世界”が、すでに“翔太郎の中だけの正解”として独立し始めてる……!」

「つまりこのままじゃ、“翔太郎がツッコまないと正常じゃない世界”になる!?」

 翔太郎は、荒い息の中で言った。

「……俺の声が、もう、届かなくなる前に」

 彼は筆談ボードを取り出した。

 そこには、でかでかとマジックでこう書かれていた。

『ツッコミ、筆談にしていい?』

「お前……その手があったか!!!」

「言葉の力じゃなく、“意思としてのツッコミ”を残せるなら、まだ続けられる……!」

 翔太郎はボードを高く掲げ、次々と現れる現象に“ツッコミ”を書き続ける。

『鏡の中にいる自分がガッツポーズするな!』

『天井から下校ベルは出さない!』

『猫に点呼取らせるな!!』

 街中がガクン、ガクンと揺れながら、少しずつ“いつもの景色”へ戻っていった。

 ラスト、“校門に生えた謎の“マヨネーズの木”を見つけ、翔太郎はこう書いた。

『育成に失敗しすぎだろそれは!』

 ズゴォォォォンッ!!!

 世界は“修正”された。

 翔太郎は、静かにボードを伏せ、膝をついた。

「喉……潰れても……言葉は……残るからな……」

「お前はほんと、世界一うるさくて、世界一優しいよ」

 璃桜が、微笑んだ。

(第42話 完)


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