「いやそれおかしいだろ!!」
ドン、と机を叩く音とともに、校舎の壁が“ズズッ”と数センチ元の位置に戻った。
「今、なんか直った!?いや、俺の“ツッコミ”で世界直ったぞ!!?」
翔太郎は自分の手を見下ろし、青ざめた。
「ねえ、それってもしかして、“能力に目覚めた系”じゃない?」
瑞紀が楽しそうに言う。
「能力ってお前、“声で現実を直す”ってことか!?そんなの聞いたことねぇよ!」
璃桜が、静かに頷く。
「“現実補正型アニマ”。対象の矛盾や齟齬を“指摘”することで、そのズレを修正する力。しかも、“正しいと信じている範囲”に限定されて反映される」
「じゃあ、俺が“おかしい!”って思ったことを叫ぶたびに、現実が元に戻るってことか!?」
「でも逆に、“叫ばないとどんどん歪んでく”ってことでもあるわ」
そのとき――
「おい翔太郎!校庭にカバが出たぞ!」
「ツッコミ待ちか!?なんで今!?なんで校庭にカバ!?日本じゃねぇし、学区じゃ飼えねぇし、ていうか“どこから来た”の!?」
バシュッ!
カバが“ぽんっ”と消えた。
「おおおお!?ほんとに消えたぞ!?」
「すごい、翔太郎の声で現実が“正論に収束した”!」
瑞紀がメモを取りながらはしゃぐ。
「でもこれ、万能じゃないはずよ。たぶん、“矛盾が認識された状態で放置された時間が長いほど”修正が困難になる」
璃桜の言葉に、翔真がやってくる。
「翔太郎、さっき体育館のバスケットゴールが“ぐるぐる回って空に昇ってった”んだけど、どうしたらいい?」
「ツッコむ以外ないだろそれ!!バスケどころか宇宙開発だよ!誰が“宇宙に3ポイント決めろ”って言った!?」
ゴゴゴゴ……!
天井の上空で、バスケットゴールが“逆再生”のように戻ってくる。
「マジで戻ったーーーー!!」
「やばいってこれ!これ、俺が“世界の整合性”を支えてるってことじゃねぇか!」
「でも問題は――」
璃桜が指をさした。
「喉よ」
「喉!?」
「連続して修正しすぎると、“声帯に異常な負荷”がかかる。今の君は、“しゃべるほど世界を保てるけど、しゃべれなくなると崩壊する”というジレンマを抱えてる」
「なにその燃費の悪いヒーロー設定!!」
翔太郎は叫ぶ。が、その瞬間――
「……あれ?なんか……ガラガラしてない?」
「喉、限界近いかも」
「うそだろ!?」
その瞬間、町中で同時に起きた“ズレ”のアナウンスが流れた。
『現在、学校裏の川が“上へ向かって流れて”います』『校長の影が3つに分裂しています』『屋上に巨大な“どら焼き”が発生しました』
「全部やべえよ!!世界がボケ倒してる!!」
「さあ、どうする翔太郎?ツッコむ?それとも――」
「ツッコむしかねぇだろ!!俺が“この世界のボケ担当”どもを、全員正す!!」
その叫びとともに、翔太郎は校舎を駆け出した。
翔太郎は全速力で廊下を駆け抜けた。走るたびに見える景色の異常さがひどい。
曲がり角を折れた先には、黒板消しが“単体で空中浮遊”しており、書道室の床では“筆文字が自走して”出口に向かって這っていた。職員室の前では、校長の影が三つに分かれてジャンケンをしていた。
「全部、ツッコまなきゃいけないのかよ!?ボケのフルコースかここは!!」
一つ一つを指差しながら、翔太郎は叫ぶ。
「まず黒板消し!授業中じゃないのに存在感主張すんな!お前は“消す側”だろが!自分出してどうすんだ!」
ピシィッ!
空中で浮いていた黒板消しが“ヒューン”と元の位置に戻る。
「次、筆!自走って何!?書かれるのを待てよ!作家の意思を無視するなぁ!」
バシュッ!
筆が急停止し、くるんと向きを変えて墨壺に沈んだ。
「そして校長!影がジャンケンって何!?実体より主張激しいってどういうこと!?お前の影は人格持ってねえから!」
ズガァァァン!
三つに分かれていた影が一つに統合され、校長が「あれ、さっきまで俺どこいたっけ……?」と呟く。
翔太郎はぜぇぜぇと息を切らしてしゃがみ込んだ。
「やばい……本当に喉がやられてきた……。声が……出しにくい……」
璃桜が後ろから駆けつける。
「翔太郎!無理しないで、喋らなくていいわ!限界超えると、“ツッコミ機能”が暴走して、自分の存在ごと消えかねない!」
「……でも、止まらないんだ……おかしいもの見ると、ツッコまずにいられない……!」
そのとき、通学路に“巨大などら焼き”が落ちてきた。
正確には、直径6メートル、照りのいい表面、湯気まで出ている“完璧などら焼き”。
しかも上に「給食です」と書かれたラベルが貼ってある。
「もうツッコミ待ちじゃねぇかこれ……」
翔太郎は立ち上がった。
「誰だよこのサイズで“給食”って言ったの!!朝の一食で人類終わるわ!栄養満点すぎるだろ!!」
ドォォォン!
空間が爆ぜて、どら焼きがスッと煙になって消えた。
「翔太郎、もう限界!休んで!お願い!!」
璃桜が懇願するように叫ぶ。
「俺が止まったら、また誰かが苦しむ……それはもう見たくないんだよ!」
そのとき、目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。
「なに……?」
瑞紀が駆け寄る。
「ツッコミによる“現実修正”が、過剰反応してる。翔太郎の“おかしいと思う世界”が、すでに“翔太郎の中だけの正解”として独立し始めてる……!」
「つまりこのままじゃ、“翔太郎がツッコまないと正常じゃない世界”になる!?」
翔太郎は、荒い息の中で言った。
「……俺の声が、もう、届かなくなる前に」
彼は筆談ボードを取り出した。
そこには、でかでかとマジックでこう書かれていた。
『ツッコミ、筆談にしていい?』
「お前……その手があったか!!!」
「言葉の力じゃなく、“意思としてのツッコミ”を残せるなら、まだ続けられる……!」
翔太郎はボードを高く掲げ、次々と現れる現象に“ツッコミ”を書き続ける。
『鏡の中にいる自分がガッツポーズするな!』
『天井から下校ベルは出さない!』
『猫に点呼取らせるな!!』
街中がガクン、ガクンと揺れながら、少しずつ“いつもの景色”へ戻っていった。
ラスト、“校門に生えた謎の“マヨネーズの木”を見つけ、翔太郎はこう書いた。
『育成に失敗しすぎだろそれは!』
ズゴォォォォンッ!!!
世界は“修正”された。
翔太郎は、静かにボードを伏せ、膝をついた。
「喉……潰れても……言葉は……残るからな……」
「お前はほんと、世界一うるさくて、世界一優しいよ」
璃桜が、微笑んだ。
(第42話 完)