ある朝のことだった。
「おはようございますぅ〜!今日もみんな素敵ですよぉ〜!」
満面の笑みで登校する麗奈。
そのちょうど反対側の門から――
「くだらないわね、この程度の集団心理で群れてるとか」
まるで全体主義を唾棄するような目で校舎を見つめる、“もう一人の麗奈”。
「……二人いるぞ!?二人とも“麗奈”だぞ!?」
翔太郎が目をこすりながら叫んだ。
「夢じゃないよね!?俺、今“表麗奈”と“裏麗奈”を見てるよね!?」
璃桜が唖然とした顔で言う。
「“人格乖離型アニマ”……自己内包していた“対立する意識”が、エネルギーの臨界を超えて物理的に分離された……つまり、“建前”と“本音”が別個体として同時に存在してしまっているわ……!」
「うわあああああああああ!!!俺らが一番見ちゃいけないものを見てるぅぅぅぅぅ!!!」
翔平が叫んだ瞬間、二人の麗奈が鉢合わせた。
「あら、おはようございます、“わたし”さん♡今日も嘘で固めたご機嫌取り、絶好調ねぇ♡」
「まぁ、裏の“わたくし”さんも今日も毒舌冴えてますねぇ?人の失敗しか見てないその目、ほんと笑えるわぁ♡」
「笑顔でマウント合戦してるぅぅぅぅぅ!!怖ええええええ!!!」
「ていうかこれ、どっちが本物なんだよ!?」
「どっちも本物よ。片方が“社会対応型麗奈”、もう片方が“内面意思型麗奈”」
璃桜が淡々と解説する。
「でもさ、もしこのまま分離したままだと、バランス崩れてどっちかが暴走するんじゃ……?」
そのときだった。
裏・麗奈がにっこりと、極めて悪意に満ちた笑顔を浮かべて言った。
「ふふ。せっかくだから、ちょっと“試して”みようかしら。ねえ、“表のわたくし”。あなた、他人に何をされても“怒らない”のよね?」
「ええ、“裏のわたくし”。わたしは“誰にでもニコニコ”を忘れませんから♡」
「じゃあ――ビンタでもしてみる?」
パァン!!
「……ありがとう♡」
「いやホラーだろこれ!?新ジャンル“感謝ビンタ”かよ!!」
翔太郎が叫ぶと同時に、翔真が手を合わせて感心した。
「すごい……あの笑顔、本当に痛みを肯定してる……」
「いや褒めるな褒めるな!この状況、おかしいから!!」
そのころ、職員室では担任が目を丸くしていた。
「一人の生徒が、出席簿に“二人”記載されてる……どういうことだこれは……?」
その背後で、裏・麗奈がささやいた。
「先生、昨日の居眠りの件、バラされたくなかったら“両方出席扱い”にしてくださいな」
「ヒィィィィ!!!」
「裏、支配力つよぉぉぉ!!」
そんな中で、表・麗奈は変わらず給食を配っていた。
「翔太郎くんには“とっておきのハンバーグ”入れておきましたぁ♡」
「うわ、笑顔の裏に“毒入ってるんじゃないか”って疑ってしまう罪悪感が半端ない!!」
両側から微笑まれながら、翔太郎は脳内バグと戦っていた。
昼休みの校舎に、二人の「麗奈」が歩いていた。
表の麗奈はあいかわらず優雅にお辞儀しながら廊下を進み、すれ違う人全員に「こんにちはぁ♡」「今日も髪型素敵ですね♡」と、微笑みを絶やさない。まさに学園の天使そのもの。
だが、その一歩うしろを並行して歩く裏・麗奈は、ため息を吐きながらぼそりとこぼした。
「……ほんと、よくやるわね。そんなに自分偽って、疲れないの?」
「ふふっ、裏の私こそ、もう少し愛想というものを学ぶべきじゃありませんかぁ?」
「必要ないわ。だって、笑っても無駄な人間関係ばっかりなんだから」
「まぁ、それはそれでかわいげがありませんねぇ♡」
「かわいげ?そんなもの、生き延びる上では邪魔よ。好かれるより、恐れられた方が有利なの」
「本音すぎるうぅぅぅう!!」
翔太郎が追いかけながら悲鳴を上げる。
「お前ら会話するたびに“社会性の定義”壊してんだよ!!」
璃桜も額に手を当てて呟く。
「二人とも“正論の刃物”みたいになってきたわね……」
「というかさ、このままじゃ周囲が混乱しまくるだろ!?教師陣は混乱、クラスメイトはどっちに敬語使えばいいかパニック、挙げ句“裏の麗奈”が購買で“返金要求”し始めたって聞いたぞ!?」
「当然よ。賞味期限切れのパンを売るなど、軽犯罪に等しいでしょ?」
「それは正論だけど“怒鳴りながら”言うなって!!購買のおばちゃん泣きそうだったわ!!」
一方で、表の麗奈は、給食の余りをこっそりクラスメイトに配っていた。
「内緒ですよ〜♡でも、みんなが嬉しいなら、わたしそれだけで満足なんですぅ〜♡」
「怖い怖い怖い!!今の裏の麗奈のあとにこの笑顔見ると“人格の乖離”を直視する羽目になるからやめて!!」
その瞬間、裏・麗奈が教室の黒板に文字を書き始めた。
『建前に殺される前に、自由になりなさい。――裏・麗奈』
「お前はどこかのカルト教団か!!生徒指導案件になっちまうだろそれ!!」
翔太郎がツッコむそばから、表の麗奈が可愛くうつむいて言う。
「でも、わたし……ほんとは、裏の私がうらやましいんです。“言いたいこと、何でも言えていいなぁ”って……」
裏・麗奈も呟く。
「逆に私は……あんたのあの笑顔、すごいと思ってる。心にもないことを“あんな綺麗に”言えるなんて、演技力の極みだもの」
「皮肉に聞こえるけど、ちょっと感動的なやりとりになってんじゃん!」
翔太郎が思わず感嘆すると、璃桜がさらに言葉を重ねる。
「ふたりとも、自分にないものを持ってて、それを“武器”にして生きてきた。でも、いまは“剥き出し”になったからこそ、お互いの強さに気づいたのね」
翔太郎が言う。
「じゃあ、どっちも“大事な麗奈”ってことじゃねぇか」
その瞬間、二人の麗奈が静かに向き合った。
「……融合するか?」
「ええ。もう一度、“本音と建前”で“ひとつの私”に」
光がふわりと包みこみ、二人はゆっくりと溶け合った。
そして――
「ふふっ、今後はねぇ、“言いたいことも”言わせてもらいますからねぇ♡」
「いや、なんか“怖さ”が倍増して戻ってきたぁぁぁぁぁ!!」
麗奈は微笑みながら、翔太郎に耳打ちする。
「次、給食のハンバーグ減らしたら、“裏”だけで行きますから♡」
「運用切り替え機能やめろ!!」
教室中に笑いと寒気が広がった。
(第48話 完)