――アーケイン王国とアンレスト王国の国境付近。木々が生い茂る森の中を男女の二人組が歩いていた。
「なぁなぁ、ユインさんやい。いつになったらこの森は抜けるんだい? 本来、アンレスト王国につくのに3日ほどの予定が既に倍の日数がかかっている気がするんだが?」
腰に二つの剣を携え、前髪が目に被るか被らないかぐらいの癖っ毛の茶髪。暗い茶色の瞳でやる気も覇気も感じない見た目のその男性は、だるそうにアクビをしながらもう一人の女性に声をかける。
女性はスラッとした体型で右耳に紫色の小さい花のピアス。手にはレイピアを持ち、襟足だけ残してポニーテールにした黒髪。整った顔立ちに大きめの眼鏡と赤い瞳がアクセントとなって可愛さを引き立たせている。
「はぁ……。だから、大人しく洞窟を突っ切ればよかったんですよ。レイスが『崩落の危険あり』って看板にビビって迂回しようなんて言うから……」
「当たり前だろッ!? 崩落だよ? 崩落! 生き埋めになったらどうすんのさっ!」
「生き埋めになるような人じゃないでしょ」
ブーブーと文句を言うレイスをユインは軽くあしらいながら歩いていると急にレイスの表情が変わりユインの手を掴み足を止める。
「えっ……? ちょ、レイス!?」
急に手を掴まれて少し頬を赤らめて照れるユインにレイスは軽くデコピンをかます。
「ウブか。そういうんじゃねーよ。正面から血の匂いがする、悲鳴も微かだが聞こえた。なんかあるぞ」
「悲鳴?そんなの聞こえなかっ――」
ドォオオオオンッ!!!
その直後、レイスの言う方角から一つの火柱が上がる。明らかにそれは魔法によるものだと分かった。つまり誰かが戦闘しているという証拠。
火柱が上がった方角を目を細めて見つめるユイン。
「迂回しますか?」
「いや、突っ切るさ。俺の行く道を阻むなら斬り伏せる」
二人は武器に手をかけ、いつでも戦えるように戦闘体勢に入りながら足を進めた。
◆
森を抜けると、木々の先で火の粉が舞っていた。
黒煙の向こうに倒れた馬車と、血まみれの鎧姿が何人も転がっているのが見える。
その中心では、赤髪の女騎士らしき人物が数人を率いて、後ろの女性を守るように立ちふさがっていた。
「おいおい……また面倒くせぇタイミングで鉢合わせちまったな」
レイスが肩をすくめると、ユインがすかさず小声で問う。
「あの女性、ただ者じゃなさそうですね。護衛が騎士団レベルです」
その時だった。騎士たちを取り囲むように、数十の人影がじりじりと迫っていた。
盗賊か、それとも傭兵か。何にせよ、魔法詠唱の声まで聞こえるあたり、ただの野盗じゃない。
「はぁ……、いくか」
「初手、打ち込みます」
ユインは一歩踏み出し、森の影からその場に現れ魔法を発動させる。
大きな爆発が起こり、数人の盗賊と魔導士達が吹き飛ぶ。
「何事だッ!」
盗賊の首領が振り返り爆発の方を見つめると土埃が舞う中、二人の人影がその中から姿を現した。
「おー、ユインさん容赦ないねぇ……。あー、えっと、なんだ。お前ら、何者か知らねぇけど、喧嘩するなら他所でやれ。ここは今から俺が通るから死にたくなきゃ、さっさと失せろ。な?」
「レイス、それじゃただの通り魔です」
「通り魔? ははっ、いいねぇ! 一回そういうのやってみたいって思ってたんだ」
砂埃の中から現れたのは、レイスとユインだった。突然の事に指揮を執っていた女騎士は呆気に取られる。
女騎士は戸惑いを見せるが、反対に盗賊達は仲間を殺られ怒りを露わにした。
「てめぇ、よくも仲間をッ! おめーら! こいつもやっちまえ!」
首領の命令が出るやいなや、盗賊達がレイス達に襲いかかる。
「おせぇ……」
レイスが剣を抜いた瞬間――
一閃の光が集団の中を駆け抜け、盗賊達全員の首が一斉に飛ぶ。
首から飛び出た血飛沫が辺りに降り注ぎ地面を赤く染める中、静かに騎士達を見つめるレイスとユインの姿があった。
一瞬の出来事に驚きつつも、敵か味方か見極めようと高鳴る鼓動に逆らいながら女騎士が口を開く。
「あ、ありがとうございます! 助かりました! 私は――」
「喋るな、興味ない。行くぞ、ユイン」
話しかけた女騎士の言葉を切り捨て、レイスはその横を通り過ぎる。ユインも小走りで駆け寄るとレイスの横に並びその場を後にした。
生き残った騎士達は守っていた女性の安全の確認と生き残りが他に居ないか確認する中、女騎士は去り行く二人の後ろ姿が見えなくなるまで目が離せなかった。
そして、それは守られていた女性も例外ではなかった。
「レイス、そんなんじゃ女の子にモテませんよ?」
「うるせぇやい、こちとら剣聖様だぞ? モテるに決まってんだろ?」
「”元”剣聖、ですけどね」
「あー! そういうこと言っちゃうんだねっ!? レイス君泣いちゃうよ? まじで」
「はいはーい」
またブーブーと文句をいうレイスと軽く受け流しながら笑うユイン。
ユインはいつも通り、レイスの隣を歩いていた。
その横顔をちらりと見ながら、レイスは小さく鼻を鳴らす。
(仇だとか魔族だとか――今の俺には、正直どうでもいい。
ただまあ……こいつがいつか俺を斬るって言うなら、それも悪くねぇ)
そう思いながら、彼は今日も肩の荷を下ろすことなく、静かに前を見据えた。
これは、クズ冒険者で最凶の”元”剣聖レイスと、そんな彼に付き従うユインの自分勝手で自由過ぎる物語――。
二人がどんな過去を背負い、どんな未来へ向かうのか、物語はまだ始まったばかりだ。