世界はイメージで出来ている。
ここにいる私も、そこにいるあなたも、〝そこにいる〟と認識しているからそこにいるのだ。
この世界が光にあふれているのか、それとも闇に包まれているのか。それは全て、この世界を認識している私達ひとりひとりの心次第で変わってくる。
あそこに町があることも、遠くに見える大きな水の揺らめきが湖であることも、地平線をねじ曲げて空に向かって突き出している土の塊を山と呼ぶのも、全ては〝私〟の認識によるものなのだ。
そして、この世界に生きる全ての生物にはイメージの力で世界に変化を起こす力がある。
――それが、魔法。
◇◆◇
「お嬢様、お気を確かに!」
「クラリーヌ様!」
侍女達の悲鳴にも似た心配の声が耳に届いた。あれ、私いま何してたんだっけ……?
確か、いつものコンビニでメロンパンと缶チューハイを買って、外に出たら凄い勢いで車がバックしてきて……。
いや、違う!
私はクラリーヌ・ヴァルウーチ。ヴァルウーチ男爵の今年で六歳になる娘。そういえば、階段で足を踏み外して転がり落ちたんだ。
なんだろう、凄く変な感覚。自分が誰なのか分からなくなってきたっていうか、自分が本当は別の世界の人間で、しかも三十過ぎの大人だったみたいな……あっ、頭の中に知らない映像が!?
――魂に刻まれた記憶が蘇る。私は日本という国でなんの取り柄もない庶民の娘だった。三十過ぎて恋愛経験もなく、一人暮らしのアパートで好物のメロンパンを肴にチューハイを飲むのが日課のおひとりさま(ちょっと楽しい)。
そうだ、私はブレーキとアクセルを間違えてバックで突進してきた車に轢かれて命を落とした。
それがどういうわけか、この地球ではない世界で下級貴族の娘として生まれてきた。そういえばこの世界の名前を知らないけど、魔法があるから地球じゃないことはわかる。
この世界で生まれた私、クラリーヌは物心ついた時から凄い魔法使いになるのを夢見ていて、今年ついに王立魔法学院に入学することが決まったのだ。
喜んだ私は思わずスキップしながら階段を降り……ようとして足を踏み外し。
我ながら、なんてしょうもない行動を取ったのだろうと恥ずかしくなるけど、さっきまでは正真正銘の六歳児だったのだから仕方ないよね。
今の私は中身がアラサー……いや、この世界で六年ほど過ごしているのだからアラフォ、そっそんなことはどうでもよくて!
これってあれでしょ、異世界転生ってやつ。漫画でもアニメでもよく目にしてた。なんかどれも同じに見えてろくに触ろうともしてなかったけど、こんなことになるならちゃんと観ておけばよかったなあ。
なにはともあれ、地球の私はもう死んだ。今の私はヴァルウーチ家の長女クラリーヌなのだ。立ち上がって乱れたスカートを手で直すと、侍女達に笑いかけた。
「だいじょーぶ、ちょっとびっくりしただけ」
「ああ、よかった! クラリーヌ様に何かあったら、私達みんな路頭に迷ってしまいます」
えっなにそれ、この世界のお父様はそんなに怖い人だっけ?
「ヴァルウーチ家は財政難ですから、お嬢様が王立魔法学院で上級貴族のご子息とお知り合いになっていただかないと潰れてしまいますから」
そっち!? いや、六歳児にそんな生々しい話をするんじゃないよ!
だいたい、私は魔法を極めたいんだから。大貴族のご令息だろうがガキンチョに愛想振りまいてる場合じゃないのよ。そういうのは弟のロイに期待してて。
「あれ?」
落ち着いたところで庭の方を見ると、町の子達が遊んでいる。ヴァルウーチ家の屋敷は庭を開放しているので庶民の子供達の遊び場になっているのだ。セキュリティとかどうなってんのと思わなくもないけど、そこは置いといて。
子供達はどうやら魔法を使おうとしているらしい。赤毛の男の子が両手を向かい合わせながら顔も真っ赤にしている。あれは難しい魔法を無理して使おうとしてる顔ね。私も何度あんな顔して執事になだめられたか……。
「むむむ、カミナリでろー!」
「むりだってー」
おや、雷の魔法を使おうとしてるみたい。一緒にいるブロンドの女の子が呆れた顔をしている。
雷ねー、地水火風の基本的な属性と違って、難しいから使い手がいないらしいのよね。魔法はイメージだから、雷がどうやって発生するのかって仕組みを理解してないとイメージできなくて使えないんだって。
私もさっきまでは全然分からなかったんだけど……なんと、いまなら前世の知識で分かっちゃうんだ!
雷って空気中で目に見える電流だから、要するに電子が大量に流れてるわけよ。その電子はあらゆる物質で原子核の周りをぐるぐる回ってるやつでしょ。よくある原子のイメージ図を思い浮かべて、と。
「いけ、カミナリ!」
大量の電子が空気中を移動するイメージを頭の中に浮かべ、私は自分の手のひらから庭に建ってる金属製の悪魔像(魔除けのためのオブジェ)に向かって雷を放った。ズドーンと大きな音を立てて、思い描いた通りに雷が悪魔像にぶち当たる。
これはこれは、前世の記憶なんてなんの役にも立たないダメなオバサンの経験だと思っていたけど、とんでもない! 日本じゃ誰もが当たり前に持っているような大したことのない知識でも、ここでは誰も知らない自然の摂理を解き明かしているのと同じことなんだ。これぞ、知識チート!(義務教育レベルすら覚えてるか怪しい)
これなら、誰よりも多くの魔法を使いこなして賢者になれる!
ああ、賢者。素敵な響き。みんなから賢者様賢者様とチヤホヤされて、ちょっと難しい魔法を使うだけでいくらでも貢いでもらえる。愚民どもよ、メロンパンを持ってくるのだ!
「旦那様、大変です!」
あ、妄想に浸ってる間に侍女達がお父様を連れてきた。まあ、六歳児がいきなり高度な魔法を使っちゃったら、大騒ぎになるのも仕方ないよね。いやー、困っちゃうなあ。秘められた才能がいきなり開花しちゃいましたよ、お父様!
「お嬢様が、お嬢様が! 伝説の勇者様しか使うことができないないという、雷の魔法をお使いになられました!!」
……へ?