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いざ、王立魔法学院

 この世界には八人の魔王がいるという。王立魔法学院はそいつらの脅威から人類を守るために魔法を学ぶ場所だ。なおこの『魔王』とは魔族の王という意味ではなく、魔術の王だという。魔法と魔術は何が違うのかというと、特に違いはない。強いて言えば魔術とは魔法を扱う技術を指すことが多いらしい。


「……その魔王のうちの一人を二百年前に打ち倒したのが伝説の勇者、フルモ様なのだよ」


 家族の揃う食卓でそんな昔話を私の父であるパスカエル・ヴァルウーチ男爵が話してくれた。初めて聞く話だけど、まだ六歳だから知らなくても当然か。なんかそれっぽいおとぎ話は聞いた覚えがあるけど……。


「でも、なんでそれで雷の魔法を勇者しか使えないってことになるの?」


「それはもちろん、人類史上フルモ様以外に雷の魔法を使えた人間はいなかったからさ」


 ええーっ!? 単に雷の仕組みを人類が解明できてないだけでしょ。


「そうよ勇者、あなたは選ばれし者。魔王と戦う運命にあるのよ」


 ってお母様、私の呼び名が勇者になってる!?


「勇者って呼ばないで! 魔王と戦うなんて嫌だよ」


「ええ、私も可愛い娘にそんな危険なことをさせたくはないわ」


 美しいプラチナブロンドを煌めかせ、輝く青い目を伏せるお母様。私の前世もこんな美人だったらもっと違う人生を送っていたんだろうなー。


「でもね、聞いてクラリーヌ。我が家の家計は真っ赤っ赤の火の車! 国に納める税金も来年分の見通しが立たないほどなのよ! でも我が家から勇者が出れば、税金は免除! 学費も免除! それどころか毎年多額の支度金が与えられるのよ!!」


「世知辛い!」


「そうだぞ勇者、人類のため、ついでに我が家の家計のために魔王を倒してくるのだ」


 それ絶対ついでの方がメインでしょ! ていうかお父様まで勇者呼びになった!?


「おねえちゃ、がんばえー」


 そして100%曇りなき眼で私を応援する弟のロイである。なんという四面楚歌!


「私は魔法を極めて賢者になりたいの! 王宮とかウロウロしてて何やってるのか分からない生活してるのに王様からも尊敬されてみんながチヤホヤするアレに!」


「魔王を倒せばアレになれるぞ!」


 それはそうだろうけど、そうじゃない! 私の人生薔薇色計画が、始まった瞬間に破綻するなんて……くっ、雷なんか出さなきゃよかったーっ!


◇◆◇


 なにはともあれ、私は予定通りに王立魔法学院へ向かう日を迎えた。変なケチはついたけど、夢にまで見た魔法の学び舎だ。自然と顔が緩むのを感じる。


「お嬢様、いい男をつかまえるのもお忘れなく!」


 そっちも継続中なの!?


 家族と侍女達に見送られ、王家から勇者用に賜った最高級の馬車に乗り込む。座席がフカフカだ!


「さすが、勇者様の待遇は別格ですね!」


 私の身の回りの世話をしてくれる専属の侍女、アンナがウキウキと隣に座る。黒く艷やかな髪を編み込んだ頭に白い帽子を被り、黒と白のエプロンドレスに身を包んだ彼女は、まるで上級貴族に仕える女官だ。この辺の人達は前世の私の感覚だと全部メイドさんだけど。


「勇者かー、どうせなら屈強な戦士を十人ぐらい仲間にして、戦いは全部任せたいな」


「それはいいお考えですわ! どこでも美味しい料理が楽しめるように、シェフを雇うのはどうでしょう?」


「いいねー、メロンパンを作らせよう」


「メロンパンってなんですか?」


「クッキー生地を乗せて焼いた白パン」


「あら美味しそう」


 しょうもない会話に花を咲かせながら、王立魔法学院へと馬車を走らせた。


「とうちゃーく!」


 窓から見えるのは、ヴァルウーチ家の屋敷とは比べものにならないほど大きな建物だった。なんともファンタジーなお城、というのが第一印象。でもお城じゃなくて学校だよ!


 大きな門の前で馬車から降りると、同じく馬車に乗ってやってきた他の子供達が集まっている。どの子も身なりの良い、いかにも貴族の子女といった感じ。


「勇者様だ!」


 私が馬車から降りた途端、誰かが叫んだ。瞬く間にザワつきが広がっていく。ああ、こういう反応嫌いじゃないけど、勇者扱いされるのは嫌だわー。


 すると、ひときわ高そうな服を着た、ブラウンヘアーの男の子が近づいてきた。いかにも不機嫌そうに私を睨みつけている。まあだいたい何が言いたいのかは分かるけど。


「エイブリー様よ……」


 ザワザワ。周りの子達が噂している。エイブリーっていうと、たしか侍女が話してたような……アンナの顔を見ると、そっと耳打ちしてきた。


「ロンド公爵家の嫡男、エイブリー・ロンド様ですわ」


 なるほど、大貴族のご令息ね。私が勇者扱いされてるのが気に入らないみたいだけど、私も私が勇者扱いされてるのが気に入らない。気が合うね。


「ごきげんよう、エイブリー様」


「ふんっ、お前みたいな貧乏貴族の娘が勇者だと? 俺は認めないぞ!」


 私がスカートの端を持って恭しくお辞儀をすると、エイブリーは顔を背けて悪態をついた。絵に描いたようなお決まりの展開に、思わず笑いがこみ上げてくる。私の中身が大人だからかな、敵意を向けてくる男の子の仕草が、いちいち可愛くって仕方がない。


「あら、エイブリー様は勇者になりたいのですか?」


 クスクスと笑いが漏れる口に手を当て、エイブリーに話しかける。


「当たり前だろ!」


「私は勇者になんてなりたくないですよ、魔王と戦うなんて怖くて仕方ないです」


 勢いよく私に顔を向け、怒気のこもった返事をするエイブリーに、私は淡々と正直な気持ちを語った。だって嫌だもん。


「……弱虫めっ!」


 私の言葉を聞いたエイブリーはサッと顔を紅潮させたかと思うと、吐き捨てるようにそう言って走り去っていった。


 やれやれ、これからどうなることやら。私はアンナと共に門をくぐり抜けて学院の建物に入って行った。

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