学院に入ると、いかにもな長い口髭を生やして大きな杖を持ったお爺さんが出迎えてくれた。これこれ、こういうの求めてたの! もっとちょうだい!
「よく来たのう。儂は学院長のシルヴォック・ダーボルンじゃ。ヴァルウーチのお嬢さんは王立魔法学院の総力をもって立派な勇者様に育ててみせるから安心しなされ」
むう、ここでも勇者様か。
「私、勇者じゃなくて賢者になりたいんです。魔法を極めて!」
ちょっと口を尖らせながら学院長に言うと、シワだらけの顔をさらにしわくちゃにして笑う。
「ほっほっほ、変わらんよ。勇者が戦う魔王とは、魔法を極めた者達のこと。奴等を倒すということは、すなわち魔法を極めるということじゃ」
むむ、そうかもしれないけど、別に魔王と戦う必要はないよね?
入学に伴う手続きはアンナがやってくれたので、あてがわれた寮の部屋に入ってくつろぐまではやることもなくブラブラしていた。生徒は全員貴族の子女なので寮も個室で侍女は一緒の部屋だ。前世の知識としてもこの世界の感覚としても珍しい形だけど、子供達がなるべく暮らしやすいようにする目的だろうか? 一人じゃ何もできない大人を量産しそうな気がしたけど、よく考えたら貴族は一人じゃ何もできない大人だらけだった。
「明日の入学式にはヴァルウーチ男爵も来られますよ」
「今日見送ったばっかりなのに?」
「学院の入学式は生徒の親同士が交流するためにやるのですよ。ここで上級貴族とコネを作っていざという時に借金できるようにしておくのです」
「なるほど!」
コネは大事だよね。コネがないと私みたいに三十過ぎて一人暮らしで酒浸りの生活になるよ。それはコネの問題じゃないとか言わないで!
◇◆◇
入学式は主席のエイブリー君が意気込みを述べた。テストとかした覚えないんだけど。主席ってなんやねんと心の中でツッコミを入れつつ、保護者の皆さんは二階席でくっちゃべるのに夢中で誰も聞いてないからどうでもいいか。あっ、お父様の周りにめっちゃ貴族が群がってる。
「さすが、勇者様と繋がりを持ちたい大人達が沢山いるわね!」
隣に座ってた女の子が話しかけてきた。この子も勇者と繋がりを持ちたいらしい。みんなそうか。そちらに目を向けると、赤毛のショートカットが目を引く自信に満ちた感じの子だ。この年齢の貴族の娘がショートカットというのは珍しい気がする。実は珍しくないのかもしれないけど、私は見たことがない。
「私はアメリア・モンペールベルク。よろしくね、クラリーヌ」
まだエイブリーが喋ってるのに隣の子とおしゃべりを始めて握手まで求めてくるこの子は相当な強者と見た。エイブリーはどうでもいいので握手を返して笑顔で応える。
「よろしく、アメリア」
「勇者様ってもっと強そうな子かと思ったけど、とっても可愛らしいのね! ピンク色の髪の毛もすっごく綺麗」
ピンク? 私の髪はお母様譲りのプラチナブロンドだったはずだけど……自分の髪をひと房つまんで目の前に持ってくる。よく分からないけど、確かに薄っすら赤っぽい色が混じってるような?
◇◆◇
入学式も終わり、オリエンテーションの後にさっそく魔法の授業が始まった。待ってました! 余計なイベントが多すぎるのよ、もう。
「初めまして、皆さん。魔法理論担当のシルヴァニアです。これから一緒に魔法のことを沢山学んでいきましょうね!」
シルヴァニア先生はお母様と同じぐらいの年頃に見える、若い女性の先生だ。紫色のウェーブがかかった長髪が三角帽子から垂れて黒いローブの背中側に流れる。このいかにも魔女です! って感じの服装がたまらない。
「早速ですが、魔法とはどういうものでしょう?」
シルヴァニア先生がいきなり質問を投げかける。勢いよく手を上げるエイブリー。他に手を上げた生徒はいない。分からないというより、積極性がない感じ。
「はい、エイブリー君」
先生が
「魔法とは、世界に干渉する力です」
そうだね。魔法は世界に干渉し、世界に変化を起こすもの。私が魔法を極めたいと思うのは、そうすれば何でも思いのままになるからだ。そう、まだ三歳だったあの日……私はお父様に買ってもらったレモネードアイスを持って大喜びでベンチに向かっていたら、突然飛来した何かの鳥にアイスを奪われてしまったのだ! 貧乏貴族のお父様にはもう一個買うお小遣いもなく……泣く泣く諦めたあの日、私は誓った。魔法を極めて、アイスを盗む鳥をこの世から消し去ってやると!
「いい答えですね、エイブリー君。では、この中の誰よりも魔法が得意なクラリーヌさん」
思い出に浸っていたら、シルヴァニア先生の杖が私に向けられた。途端に跳ね上がるように立ち上がり、直立の姿勢になる私。これも魔法だったの!?
「はっ、はい! 魔法は夢を叶える力です」
「かわいい!」
クラスメイトの女の子からそんな声が上がると、クスクスと笑い声が広がる。えっ、私そんなに可愛い? あのお母様の娘だから、将来は美人になると思うけど!
「人の回答を笑わない! あなた達はただ魔法を使うだけの人間ではありません。将来は貴族の一員として領地領民の手本とならなくてはいけないのですよ。人としての礼儀も学んでもらいますからね」
シルヴァニア先生がピシャリと言ってクラスメイト達を静かにさせた。ああ、私は笑われてたんだ。〝夢を叶える〟って言葉の意味、お子ちゃま達には難しかったかしらね。
「せんせー、わたし雷の魔法見てみたい!」
何故か急にアメリアがそんなことを言い出した。雷の魔法って私しか使えないはずだよね? なんで先生に言うの? 他の子達もアメリアに触発されて「見たい見たい」と騒ぎ出した。
「静かに! 雷の魔法は勇者様の特別な魔法ですから、皆さんが見たいと思うのも無理はありませんね。クラリーヌさん、みんなの『夢』を叶えてもらえるかしら?」
上手いこと言うね、先生。雷の魔法はもうあんまり見せびらかしたくないんだけど、同級生にナメられてばかりもいられないし。仕方ないなあ。
私が「分かりました」と言って教室の脇にある魔法実技用の的に向かうと、さっき笑っていたクラスメイト達が目を輝かせて注目する。あのエイブリーも興味津々だ。ああ、アメリアと先生はこれを狙っていたのね。いい人達だ。
カカシのような的に向かい、自分の周りに大量の電子が集まるイメージを心に思い浮かべる。集まった電子は抑えきれなくなり、逃げ場を求めて的に向かっていく、その流れが雷となる。私が心の中で雷発生のトリガーを引くと、私の身体からカカシの的へと凄まじい光が一瞬にして生まれ、同時に大きな雷鳴が響きわたった。
「キャアアアア!」
「ほ、本物だー!」
クラスメイト達が叫び声を上げて盛り上がる。恐怖の叫びではなく、歓声が上がったのだ。ちょっと優越感。
「凄い……」
エイブリーが漏らした呟きを耳にして、私は彼に笑顔を向けた。顔を真っ赤にしてそっぽを向くエイブリー。うーん、素直じゃないなあ可愛い。
「はい、ありがとうございました。皆さん、これが勇者様しか使えない『光属性』の魔法です」
先生がパンパンと手を叩いて子供達を静かにさせると、授業を再開させた。ん? 雷が、光属性……?