とは言えさすがにこの歳で人類の敵になるのは嫌なので、当面は『核の魔王クラリーヌ』は秘密にしておこう。パンデモニウムが勝手に言ってるだけかもしれないし。
「なんか、パンデモニウムってところに魔王が集まってるって」
とりあえず必要な情報だけみんなに伝える。これも常識だったりして。
「なんだそれは。パンデモニウムなんて聞いたことがないぞ! どこにあるんだ」
常識ではなかった。そういえばどこにあるんだろうね? 場所が分からないと集まりたくても集まれないよ。
『アタシは空の上にありますよ。日が昇ったら空を見てください』
空の上……飛んで行けばいいのかな。
「そんなに魔王が集まっているところに乗り込んでも軽く蹴散らされるだけでしょう。単独行動している魔王を狙うべきです」
パンデモニウムの場所を伝えたら、アルスからこの上もない正論が飛び出した。そりゃそうだ。
「今日はもう寝ましょ。疲れちゃったわ」
そうだね。町が瓦礫の山になってるけど、私達のやるべきことはやったからね。ちょっと敵が強すぎたね。
「賛成!」
そんなわけで私達の実質初戦闘を勝利で終え、宿に帰るのだった。
◇◆◇
次の日。ニコニコ笑顔で私達をテーブルに案内した宿屋の主が、トーラスピンの盛られた皿を持ってきながら感謝を伝えてきた。まあ感謝されるのは当然だね。ついでにメロンパンも作ってちょうだい。
「あのフェンリルを倒すとは、さすが勇者パーティーの皆様ですね」
「もっと早く対処できればよかったのですが」
町がボッコボコになってたもんね。さすがのエイブリーも神妙な面持ち。
「何をおっしゃいます。フェンリルを消し去っただけでなく、破壊された建物も全て直していただいて、誰もが感謝しておりますよ。犠牲者もいませんでしたし」
なぬ? 少なくとも私は建物なんか直してないけど、誰かやった?
周りを見ると、全員が同じような顔をしてお互いを見つめている。心当たりのある仲間はいないようだ。
そんな中で、アンナだけはしれっと誇らしげな顔をしている。
「勇者様と聖女様の集まりですもの。どんな脅威からも人々を守って下さいますわ」
こら、テキトーなことを言うな!
そういえばアンナは現場にいなかったんだっけ。本当に私達が町を修復したと思ってるのか。おかげで宿の人がキラキラした目で見てきてとても居心地が悪い。
「やれやれ、さっさと次の町だか村だかに行こう」
出されたトーラスピンを残さず食べると、すぐに荷物を用意してトーラスの町を後にした。確かに昨晩はフェンリルが暴れて瓦礫の山になっていた町が、元通りの綺麗な姿を取り戻している。いったい何があったのだろうか。
「なるほど、あれがクラリーヌ様のお話しになったパンデモニウムですね」
町を出るあたりでアルスが空を指差した。そちらに目を向けると、遠い空の上に浮かぶトゲトゲした城のようなものが見える。あんなの今まで見たことないんだけど。
これはあれかな、フラグを立てると出てくる仕組み。
『アタシはずっとここに在りますよ。存在を知らない者には見ることができないだけで』
へー。
「今は無視して勇者ルートを進みましょ」
『そんなー』
無駄におしゃべりな空飛ぶ城を無視し、次の宿へ向かう。ロボ鉱山までは何日もかかるらしいし、道草食ってる場合じゃないね。
何より、精霊から多くのことを学びたい気持ちが強い。魔王達の凄い知識も気になるけど、順序としては精霊が教えてくれる基本的な知識を身に着けてからでしょ。いきなり難しいこと言われてもたぶん分かんないし。
「それでは次のカラシ村へ向かいましょう」
次はカラシ村か。辛そう。
「カラシ村の名物は美しい銀細工だ」
なにそれ全然興味が湧かない。エイブリーは何故か得意げに教えてくれたけど、銀細工好きなの?
「うふふ」
アメリアがまた楽しそうだ。上級貴族の子供はそういうのを好むのかしら。下級貧乏貴族の我が家は花より団子だけど。食べてたのは草だけど。
『よくぞ試練を乗り越えた、勇者達よ』
また急に変な声が聞こえてきた。パンデモニウムより低い、なんか機械音声っぽい響き。
みんなでキョロキョロと周りをうかがうと、ガシャーンと大きな音を立てて進行方向の街道上にそいつが降ってきた。
それを一言で表現するなら、人型ロボ。角ばった身体は金属的な光沢があり、やたらと装飾過多なフォルムは実用性より見栄えを重視した美術品のようだ。
そして、この姿は国王ハーバード三世が語ったミラマー神の説明と一致している。
「あなたが王様にお告げをしたというミラマー神ですか?」
『いかにも。クラリーヌよ、お前は私の期待通りに秘めた力を解放し続けている。褒美に勇者スキルを与えよう』
うーん、怪しい。ていうか神々しさの欠片もない。あと勇者スキルってなに? また新しい用語が出てきたんだけど。
「やっぱり神に選ばれた勇者はクラリーヌだけなんだ」
アメリアがよくわからない納得の仕方をしている。この変なロボットが神様に見えるの?
「勇者スキルってなんですか?」
とりあえずなんでも質問だ! 六歳児だから何を聞いても許される。
『その名も勇者スキル「思い出す」だ! 忘れた記憶もこのスキルを使えば少しずつ思い出すぞ』
なにそれ聞いたことある。一気に思い出せないんかいというツッコミはおいといて、まさに私にぴったりのスキルだった。ちょっと神様ポイント上がったね!
「ずっと気になっていたんですけど、なぜ魔王を倒す必要があるんですか?」
せっかくだから質問攻めにするよ。何でも聞いていいよね、私六歳児なんですけど!
『魔法は世界を改変する力である。その
それって風の精霊が言ってた勇者が恐れられた理由と同じじゃない? あと私も変な城から魔王認定されたんですけど。そこんとこどうなの? 秘密だから聞けないけど。
「悪さをしたからではなく、いつか悪さをするかもしれないから倒すんですか?」
『魔王が増えすぎれば世界は滅亡に近づく。適度に間引かなければならないのだ』
間引く? 魔王栽培でもしてるのかな? 善悪ではなくシステム的な話なのかもしれない。ロボットだし。
『このスキルを活用して魔王の数を減らすのだ。期待しているぞ、クラリーヌよ』
一方的に話すと、ミラマーはすうっと姿を消してしまった。勇者スキルとやらを覚えた実感がないんですけど。どうやって使うの?
「……とりあえず、カラシ村に着いたら何か思い出そうとしてみては?」
アンナの提案に同意し、私達は街道を歩き始めた。
「あれがミラマー様なんだ。なんだか思ってたのと違うね」
「神を疑うようなことを言うな、アメリア。お前も一応聖女なんだぞ」
「私の信じる神はクラリーヌ様だけです」
君達もたいがい変わらないね。
「いいねそれ。私もクラリーヌ派の信者になろうかな」
「いいですね、派閥を立ち上げてクラリーヌ様に献上品が届くようになれば一生食べるのに困りませんよ!」
やめなさい。このうえ神の肩書まで付いたら収集がつかないでしょ! もうとっくについてない気もするけど。
女達の悪ふざけ(と約一名の狂信者)に辟易しつつ、カラシ村を目指して足を進めるのだった。なんだか生ぬるい風が頬をなでていく。