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進路選択

 ちょっと情報をまとめよう。


 まず、勇者の定義は雷の魔法が使えること。これは二百年前に魔王を倒した勇者フルモ以外に、雷の魔法を使える者がいなかったから。雷の魔法は特別な才能の持ち主しか使えないと勘違いされていたのが原因。


 次に、聖女の定義は治癒魔法が使えること。これも勇者フルモと共に魔王を倒した聖女しか治癒魔法を使えなかったから。ついでにこの聖女が何者なのかは分かっていない。


 そして魔王。魔術の王という意味で、よく人間を襲うモンスターとは無関係な存在。何かの術を極めるとパンデモニウムが勝手に魔王認定してくる。世界の真理を探究する人達らしい。人間だけど少なくとも二百年以上は生きるっぽい。


 この世界の神々。最高神のミラマーと色々な神がいるらしい。ミラマーは人型の機械みたいな見た目で、魔王の数を減らしたい。魔王が増えると世界が滅びるというのがミラマーの言い分。そのわりに私を魔王にしようとしていたように感じる。魔王には魔王をぶつけるということなのだろうか。


 モンスターは人間と生存競争をしているこの世界の住民らしい。この前倒したフェンリルは邪悪な神の影とのことなので、厳密にはモンスターではないのかも。ゴブリンは大量に仕留めたけど絶滅する気配はない。


 魔法は世界を改変する力で、引き起こしたい現象の発生する仕組みを知っていると使いこなせる。半端にしか知らないと思い通りにならない。全く知らないことは魔法で実現できない。


 全ての人間が自然現象の仕組みを理解すると、神の存在を否定するようになる。これは前世の記憶から考えても事実だと思う。存在を否定された神や精霊は存在できなくなるらしい。こちらはいまいち信じにくい。ついでに魔法も使えなくなるらしい。そんなことになられたら私が困る。


 で、さっき見た夢からすると勇者フルモは人間に絶望して魔王になったわけではなく、神への反発とか世界の安定のために魔王としてパンデモニウムに招かれた。話していた〝私〟はフルモと共に魔王マルプレーノを倒した女性で、フルモと同じくパンデモニウムから魔王認定されたけど、人間と共に生きると宣言した。


「これまでの情報を総合すると、あれは勇者の仲間にいた聖女で、しかも治癒の魔王テラピオとみた」


「いきなりどうしたんですか、お嬢様?」


 同じ部屋で寝ていたアンナが、起きるなり魔王がどうのと喋り出した私に怪訝な顔をしてきた。


「あっ、なんでもない。ちょっと変な夢を見ただけ」


 あの夢は誰かに話しても意味が無いような気がする。夢で見ただけで神の目的とか魔法が無くなるとか伝えても信憑性に欠ける。私も半信半疑だし。


 あと気になるのは魔王の数。もともと八人の魔王がいて、勇者フルモが一人倒して七人、そのフルモが魔王になってプラマイゼロの八人。そこに治癒の魔王テラピオが加わったなら九人になるはずだけど、魔王は八人のまま。人間の歴史に残らない形で誰か欠員が出た?


「うーん、考えても仕方ないか」


 知らない情報はいくら考えても知ることができないのだから、あれこれ考えても意味がない。それよりも今の私には真剣に考えないといけない重大な課題がある。


 それはつまり、どこに向かうかということ。このまま勇者として魔王を倒す旅を続け、ミラマーの狙い通りに魔王を何人か倒して数を減らすか。それとも魔王としてパンデモニウムに向かい世界の安定とやらを目指すのか。


 そもそも私は賢者になりたいという夢を持って魔法学院に入学したのに、前世の記憶を思い出したせいで勇者になったり聖女になったり学院を出て魔王を倒す旅をしたりと散々だし。とはいえ前世の記憶がないと賢者にはなれそうもないのだけど。


 それに……今の人生は楽しい。みんなと一緒に色々なところに行くのも、魔法を使ってチヤホヤされるのも楽しいし、お世話になった人達のことはみんな大切に思ってる。だからこそ、どういう選択をすればみんなが幸せになるのかを知りたい。現状ではどれが正解なのかが分からない。


「ねえアンナ、どうして人間は魔王を倒したいのかな」


 神が魔王を邪魔に思っているのは分かった。でも人間社会が魔王を倒したがっている理由がいまいち分からない。信仰が定着していると言っても、神の声を聞くことができる人間はほとんどいない。教義として魔王を倒せと伝えている派閥があるような話も聞かない。


「それは、二百年前に世界を滅ぼそうとした魔王がいたからでしょうね。その事実がある以上、魔王は全て恐ろしいものと思うのは当然です。いま攻めてきてなくても、いつかは二百年前と同じように攻めてくるかもしれないという不安は永遠に消えないでしょう」


「なるほど。それもそうか」


 どこか達観したように語るアンナの言葉は、この上もなく人間の性質を正しく捉えていると思う。私だって、大した力も持たない一般人だったら魔王が怖くて仕方なかっただろうし。


 朝の準備を終え、朝食が出る食堂に向かうと、もう他のメンバーは揃っていた。


「おはようクラリーヌ、今日はゆっくりなのね」


「お前が食事の時間に遅れるなんて珍しいな」


 幼児組が何の変哲もない笑顔で迎えてくれる。そうだ、この仲間達を無視して一人で答えを出すわけにはいかなかった。


「ねえ、エイブリーはもっと幼い頃から勇者になりたかったんだよね。魔王を倒したかったの?」


「なんだいきなり。勇者は魔王を倒すものだろ」


 そんなもんか。男の子が勇者を目指すのに明確な理由があるわけないよね。


「えー、勇者様はみんなを守ってくれる人でしょ。魔王を倒したのはみんなを守るためだもの」


 アメリアはちょっと違う意見だけど、これもよくある考え方だよね。


「アルスは勇者になって魔王を倒したいって思ってたことある?」


 私のことになると決まったことしか言わないので、アルス本人のことを聞いてみる。


「勇者ですか……幼い頃は憧れていましたね。雷どころか、通常の魔法も上手く使えなかったのですぐにそんな夢は捨てましたが」


 おおう、普通だ。これが〝持たざる者〟の一般的なルートよね。前世の自分を思い出して胸が締め付けられてしまった。


「魔王は倒すべきだと思う?」


「クラリーヌ様の思うままに」


 ですよねー。


「なんだ、まだ『魔王を倒す理由が分からない』とか言ってるのか。そんなこと考える必要ないだろ」


 エイブリーが呆れたようにため息をついた。むむ、私は取り返しのつかない選択をしたくないから悩んでいるというのに。


「いいか、よく聞け。お前は王様から百万ゴールド貰って魔王を倒しに行くと約束した。約束を破るなら金は返さないといけないし、更に罰金も取られるだろう。払えるのか、貧乏貴族の娘が。雑草食ってるようなやつが」


 そ、そうだったーーっ!!


「よーし、頑張って魔王を倒そう!!」


 私は大切なことを思い出し、決意も新たに食事のテーブルについたのだった。

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