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第19話 マリーさんは口が軽い


 この城に来て分かったことがいくつかある。


 まずは惑わしの森のこと。

 城のあるこの森は「惑わしの森」という呼び名通り、どれだけ森の中を歩いても、人間は城には近づけない。しかし城が消え失せているわけではなく森に幻惑魔法を掛けているだけのため、嗅覚の鋭い動物なら辿り着くことが出来る。

 嗅覚で城に帰ってくることが難しい者は、幻惑魔法を打ち消す無力化の魔法が掛けられたリングを持って城の外に出掛けることになっている。リアがカラスの姿のときに足首に嵌めていたアレだ。

 そして追いかけっこの際に私が貰った腕輪にも同じ効果がある。


 次に使用人のこと。

 この城の使用人は、狼とカラスと蜘蛛。

 狼の使用人は狩りを行なって獲物を調達したり、力の必要な畑仕事を担当している。まれに狼車を引くこともある。

 カラスの使用人は城内の雑用と町での調査を担当している。

 蜘蛛の使用人は基本的に城にはおらず、町で仕事をしているらしい。


 そしてシリウス様のこと。

 超絶美形でどこかズレていること以外は、ほとんど何も分からない。


 ……そう、私はシリウス様のことを何も知らないのだ。



「唯一分かったことは、シリウス様は全ての姿絵を焼き払うくらい三代目聖女シャーロット様のことが嫌い……でも、なんで?」


 聖女という存在自体が嫌いなら、初代や二代目の姿絵も焼き払っているだろうから、三代目聖女シャーロットのことだけが嫌いっぽい。


「シャーロット様と個人的な付き合いがあったとか?」


 しかし使用人にそれを知る者はいないという。

 変わってはいるものの温厚なシリウス様が聖女の姿絵を焼き払ったことに、当時城の使用人たちは動揺した。

 そしていつの間にか三代目聖女の話は城内でタブーとなったらしい。


「帝国の歴史を聞く限り、シャーロットが粗相をしたわけでもなさそうだし……」


「あーーーっ!」


 大声がしたため振り返ると、雑巾を持ったマリーさんが私のもとに駆け寄ってくるところだった。


「クレア様ったら、またマリーたちの仕事を奪っているのですか!?」


「仕事を奪うなんて、そんなつもりは……ただ、頭の整理には掃除が効果的なので」


 最近の私は、早朝に城の掃除を行なっている。

 シリウス様には家事は必要ないと言われたし、実際に必要なさそうだが、それでも何かお礼をしなければいけない気がするからだ。

 つまりは単なる自己満足なのだが、自室でモヤモヤを抱えているよりはいい。


「シリウス様のために何かをしたいなら、言いつけられた通りに勉強をなさってください」


「勉強もしているんですよ。今だってこれで帝国の歴史をリスニングしています」


 そう言って、耳に付けていた小さな魔法道具をマリーさんに見せた。


「これはシリウス様が新しく下さった『オトナリさん』という魔法道具で、ここから『まねっこちゃん』の音声が聞こえるんです」


 マリーさんが怪訝な顔をしたので、『オトナリさん』を三回押してスピーカーモードにした。

 途端に大音量で、帝国の歴史を解説するリアの声が響き渡る。


「『オトナリさん』には、音声を集約するモードと拡散するモードがあって、三回押すと大きな音で拡散するモードになるんです。シリウス様って天才ですよね」


「シリウス様はまた変な物を作ったんですね」


「ちなみに今流れている音声は、昨日の授業でリアが聞かせてくれた帝国の歴史です。こうやって音声を聞いて復習しているんです」


 オトナリさんをまた三回押して再びイヤホンモードに戻してから、ポケットにしまう。


「あの、マリーさん。質問してもいいでしょうか」


「勉強なら、リアの方が得意ですよ」


「勉強ではなくて……聖女シャーロット様のことです」


 マリーさんは私が名前を言うや否や、慌てて私の口を両手で塞いだ。

 そして辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、手を離す。


「どこでその名前を?」


「リアに聞きました。帝国の歴史を説明する流れで」


「そう、歴史の勉強で……帝国の歴史からは切り離せるものではないですからね」


 タブーになっていると聞いてはいたものの、マリーさんのあまりの過剰反応ぶりには少し驚いた。

 名前を出しただけでこの反応とは。


「マリーさんは、どうしてシリウス様が聖女シャーロット様を嫌っているのか知ってますか?」


「…………」


 私の質問にマリーさんは考え込んでしまった。

 おそらく私に話していいものか判断に困っているのだろう。


「マリーさんが言ったっていうのは秘密にしますので」


「……ですが、マリーも詳しくは知らないのです」


 マリーさんはなおも渋ったが、私はもう気付いている。

 リアよりもマリーさんの方がよっぽど口が軽いことに。


「ちょっとだけでいいんです。ほんの少し、ヒントだけでも」


「うーん、マリーが話したことは秘密ですからね?」


「もちろんです!」


 マリーさんは再度周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、小声で言った。


「これはマリーが偶然知ってしまったことですが……シリウス様は、シャーロット様を聖女の座から引きずり下ろそうとしているのです」


 聖女を、聖女の座から引きずり下ろす?

 あまりにも現実味の無い話だ。


「聖女様は、奇跡の力があるから聖女様なはずです。引きずり下ろすのは無理なのではないでしょうか」


「マリーもそう思うのですが、シリウス様はシャーロット様のことがよほどお嫌いなようで……」


 嫌いだとしても、出来ることと出来ないことがある。

 聖女ではない一般人が聖女になれないのと同じように、聖女もまた一般人にはなれない。


「シリウス様は聖女を引きずり下ろして、帝国を滅ぼそうとしているのでしょうか?」


「そんなはずはありません。シリウス様は人間が好きですから」


「では……シャーロット様のことが嫌いだから、嫌がらせをしたいのでしょうか?」


 まさかそんな馬鹿な。

 …………いや。シリウス様は何をするか分からない人だ。無いとは言い切れない。


「この件はシリウス様の過去に関係がありそうなのですが、深くは聞けていないんです。シリウス様は重い過去をお持ちなので……だからクレア様も軽率にこの話題を口に出してはいけませんよ」


「……はい、分かりました」


 やはり私は、シリウス様のことを知らなすぎる。




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