「シリウス様、あーんしてくださいっ」
今日は無理やり自分の椅子をシリウス様の隣に持っていっての朝食だ。
とれたて野菜をフォークに差して、シリウス様の口元へと運ぶ。
「食事は自分で出来る」
「知ってますよ。でも食べさせたいんです、私が」
満面の笑みでもう一度「あーん」と言ってみる。
しかしシリウス様は状況が飲み込めずに固まってしまった。
ホールにいる使用人たちも私の行動に固まっている。
「シリウス様は、私のピンチを救ってくれたヒーローなんです。惚れるに決まってるじゃありませんかぁ」
「だとしても、食事は自分で出来る」
「じゃあ私は自分で出来ないので、シリウス様が食べさせてください」
シリウス様は私の手から食べる気がないようなので、路線を変更して私が食べさせてもらう流れに持って行くことにした。
私が口を開けて待っていると、意外なことにシリウス様がスプーンですくったスープを私の口に入れてくれた。
まさか本当にやってくれるとは思っていなかったので、誰よりも私が驚いてしまった。
「おいひいれす。ありがとうございます」
「…………」
シリウス様は私が料理を飲み込んだことを確認すると、またスプーンを私の口の前に差し出した。
そして私が飲み込むと、もう一回。
「あ、あの……?」
「余は、餌付けの楽しみを知ってしまった」
あれ!?
「あーん」してるのに、甘い要素が皆無だ!?
* * *
十分に準備運動をしてから、城壁に『オノボリさん』をくっ付けた。
『オノボリさん』はシリウス様がくれた軍手のような魔法道具で、指先に付いている吸盤をくっ付けることでどんな岩壁でも登ることが出来る。
吸盤のくっ付かなさそうな素材でも、魔法の力でペタッとくっ付く。城壁には蔦が絡まっているが、そんなものはものともしないようだ。
「シリウス様って発明家ですよね」
「確かにすごいものを作るッスけど、ネーミングセンスがちょっと……って思うッス」
「私は好きですけどね。安易で」
ピーターとお喋りをしながら、城壁をどんどん登っていく。
「やっぱりクレア様は身軽ッスね。」
「毎日ピーターさんに鍛えてもらっているからですよ」
「それほどでも……だけど防御魔法があるからって、あんまり高いところまで登っちゃ駄目ッス」
ピーターの声が聞こえにくいと思って下を見ると、いつの間にかピーターの姿はかなり小さくなっていた。
どうやら私は調子に乗って城壁を登りすぎたらしい。
「うっかりしてました。今、降ります」
今度は城壁をゆっくりと降りていく。
シリウス様にもらった防御魔法の掛かった腕輪をしているから落ちても死ぬことはないのだろうが、痛いのは嫌なので慎重に降りる。
無事に地面に着地すると、ピーターが拍手をしてくれた。
「オイラが運動の先生ってことになってるッスけど、もうクレア様にはそんなもんいらなそうッスね」
「ええー? まだ教わり足りないですよ」
「一人であれだけ城壁を登れて、何が教わり足りないって言うんスか?」
両手から『オノボリさん』を外しながら考える。
より速く走る方法も、より高く跳ぶ方法も、受け身の取り方も、ボールの投げ方も、そして壁の登り方まで習った。
あと習っていないのは……。
「ダンス?」
私の言葉を聞いたピーターは、ぽんと手を打った。
「そういえばクレア様が城に来てから開かれてないッスね」
「開かれるとは、何がですか?」
「ダンスパーティーッスよ」
ダンスパーティーというのは、あのダンスパーティーだろうか。
貴族たちが高級なドレスに身を包んで踊る優雅な催し。
「やっぱりここも城なだけあって、ダンスパーティーが開かれるんですね。私の寝ている間に、みなさんダンスの練習をしていたりするんですか?」
「城なだけあって? 練習? ……ああ、違うッスよ」
私の想像するダンスパーティーに思い至ったピーターが、笑いながら首を振った。
「この城でのダンスパーティーは、形式なんかない庶民的なやつッスよ」
「庶民的、ですか? でもダンスパーティーなんですよね?」
「各自が音楽に合わせて好きに踊るダンスパーティーッス。団体で合わせるダンスもあるッスけど、基本はパッションのままに踊るッス」
決まったダンスの形が無く、音楽に合わせて心のままに勝手に踊っていい、ということだろうか。
貴族たちのダンスは難しそうだが、それなら私にも出来そうだ。
「ダンスパーティーはいつ開かれるんですか!?」
「特に決まってないッスよ。誰かがやりたいと言った日がダンスパーティーの日になるッス」
私がうずうずしている様子がおかしかったのだろう。
ピーターが笑いながら私の肩を叩いた。
「オイラ、急にダンスパーティーがしたくなってきたッス。あとでシリウス様にお願いに行くッス」