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第21話 ダンスパーティーのことで頭がいっぱい


 先程から本のページがめくられていないことに気付いたリアが、私の顔の前で手を叩いた。


「うわっ!?」


「クレア様、集中力が切れているのです」


「ごめんなさい。今夜が楽しみすぎて」


 ピーターは約束通り、昨夜のうちにシリウス様にダンスパーティーのお願いをしに行ってくれた。

 そして翌日である今日、ダンスパーティーが開かれることが城の全員に通達された。


「ダンスパーティーの件ですか。さすがに昨日の今日で開催するなんて、急すぎるとリアは思うのです」


「いつもは違うんですか?」


「……いつもこんな感じでしたね。むしろ当日いきなり開かれることの方が多かったです」


 リアは過去を思い出したのか溜息を吐いた。


「どうして溜息を吐くのですか。楽しいことなら早くやりたいと思いませんか?」


「こんな急に開催されたのでは、練習をする暇がないのです」


「練習? ピーターは練習がいらないと言っていましたよ」


 貴族のダンスパーティーとは違い、この城のダンスパーティーは心のままに踊ればいいと言っていた。

 それならば練習はいらないはずだ。


「リアは、ダンスパーティーのクイーンになりたいのです」


 しかしリアは初耳な単語を口にした。


「何ですか、それ」


「ダンスパーティーで一番目立っていた人に贈られる栄誉です。男ならキング、女ならクイーンです」


 城にいるのはシリウス様とカラスの使用人と狼の使用人だけだから、頑張って練習をすれば、ナンバーワンになれる可能性も十分にある。

 リアはダンスパーティーが急に開かれることにより、その機会を逃したことが悔しいのだろう。


「でもちょっと意外です。リアが栄誉を欲しがるタイプだったなんて」


「リアが欲しいのは栄誉ではなく、クイーンに与えられる副賞です」


「副賞があるんですか?」


 この城の住人だけという小さな規模のダンスパーティーでの副賞とは、どんなものだろう。

 大型連休とかだろうか。


 私がささやかな副賞を想像していることを察したリアは、すごいですよ、と口の端を上げた。


「クイーンになると、シリウス様が願いを一つ叶えてくれるのです」


「シリウス様が、願いを!?」


 規模の割に副賞がものすごい。

 魔法を自由自在に扱うシリウス様のことだ。大体の願いは叶えられるだろう。


「ですが、毎回キングやクイーンが出るわけではありません。シリウス様のお眼鏡に適うダンスを披露した者がいない場合は、該当者ナシになります」


「シリウス様が選ぶんですね」


「はい。シリウス様はみんなのダンスを眺めながら、ワインを飲みつつ審査をします」


 似合う。

 しかしせっかくなら、シリウス様と踊ってみたい。


「キングやクイーンを選ぶ役目はあっても、シリウス様も踊るんですよね?」


「踊りませんよ」


「ダンスパーティーなのにですか?」


「シリウス様は自分が躍るよりも、使用人たちのダンスをつまみにワインを飲む方がお好きなのです」


 ダンスパーティーと聞いたときからシリウス様と踊る想像をしていたため、これにはガッカリしてしまった。


「シリウス様と踊れると思ったのに……ほんのちょっとも踊らないんですか?」


「ほんのちょっとも踊りません」


 残念だ。

 それなら頭を切り替えて、シリウス様に私のダンスを楽しんでもらえるようにしよう。


「ねえ、リア。今日は授業内容を変更して、ダンスの練習にしませんか?」


「……ですが、学習予定が」


「この前、授業が予定よりも進んでいると言っていたじゃないですか」


「それは……はい……」


 リアは困ったような返事をしつつも、ダンスの練習の方に心が傾いているようだった。

 あとちょっと揺さぶれば、堕ちそうだ。


「私、シリウス様が目で見て楽しめるようなダンスが踊りたいんです」


「それは素敵な心掛けです、が……」


 リアの心がグラグラに揺れている。

 これはイケるぞ。


「リアだって、きちんと練習をすれば、クイーンだって夢じゃありません」


「リアも練習をすれば……」


「クイーンになりましょう!」


 リアの顔を覗き込み、満面の笑みで「クイーンになりましょう」ともう一度誘惑をしてみた。

 リアは長考の末、私の右手を固く握った。


「…………クイーンを目指しましょう!」


「やったあ」


 こうして午後の授業は予定を変更して、ダンスの練習になった。




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