ダンスパーティーは室内で行なうものだとばかり思っていたが、会場は森の中だった。
広々とした草むらの真ん中では、大きな焚火が燃やされている。
そして少し離れた位置に、テーブルと椅子が置かれ、テーブルの上には飲み物や料理が並んでいる。
「焚火の周りで好きなように踊り、お腹が減ったらご飯を食べ、また踊るのが、この城でのダンスパーティーです」
「焚火って……森であんなに火を燃やして火事にならないんですか?」
「クレア様はおかしなことを言いますね。誰が焚火の管理をしているとお思いですか?」
この言い方から考えるに、焚火を管理しているのはシリウス様なのだろう。
森で焚火をしても火事にならないなんて、魔法は万能だ。
当のシリウス様は、何故かワインを片手にドラム缶に寄りかかっていた。
「あのドラム缶は何ですか」
「中に水が入っているのです。火が燃え移った際に、水で鎮火しないといけませんから」
……燃え移りはするのか。
魔法はそこまで万能ではないのかもしれない?
「火が木に燃え移った瞬間に、シリウス様がドラム缶の水を的確にぶつけて鎮火してくださるのです」
「そこまでして焚火をしなくてもいいような気がします」
「何を言っているのですか。焚火の無いダンスパーティーなんてジャム抜きのジャムパンのようなものですよ」
私もリアが何を言っているのか分からない。
ダンスパーティーをジャムパンに例えるなら、ジャムはダンスだと思う。
ともかく城の住人たちにとっては、ダンスパーティーと焚火が切り離せないことは伝わった。
「曲が始まりましたよ。自分が躍りたい曲になったら、焚火の前に行って踊るのですよ」
「初参加なので、最初は様子を見ようと思います。リアは自由に踊りに行ってくださいね」
「いいえ。狼の使用人たちが大勢焚火の前へ行ったので、今は遠慮しておきます」
リアの言う通り、狼の使用人たちが焚火の前で踊り始めた。
普段、連携して狩りをしているからだろうか。全員で息の合ったダンスを披露している。
「すごいですね!」
「毎回狼の使用人たちは、見事な集団パフォーマンスを披露します」
「こんなにすごい集団でのダンスに、個人は勝てないんじゃないですか?」
私の質問にリアは首を振った。
その間も目は狼の使用人たちのダンスに釘付けになっている。
「確かに狼の使用人がキングになることは多いですが、前回選ばれたのはアンでした」
「アンちゃんは、ダンスが得意なんですか?」
「ダンスが得意と言うより……あっ、踊るみたいです。実際に見た方が早いと思います」
言われて焚火の前に視線を移すと、狼の使用人たちの集団でのダンスが終わり、焚火の前には個人で踊る狼の使用人と、アンちゃんがいた。
フリルのたくさん付いた可愛らしいドレスを着たアンちゃんが、くるくると回っている。
アンちゃんの動きに合わせてフリルがフワフワと舞う。
そしてアンちゃんは、ダンスの合間にみんなに手を振っている。
「わあ、可愛い」
「そうなのです。アンのダンスは可愛いのです。上手いとか下手とかではなく、とにかく可愛いのです」
踊りながらもアンちゃんは、投げキスをしたりハートを作ってみせて、みんなを魅了している。
「確かにこれは……ファンになっちゃいそうです」
「実際にファンが多いのです」
リアが森の奥を指さした。
森の奥に目を凝らすと、何匹もの動物たちがアンちゃんの踊りを見つめている。
「いつの間にか森の動物たちがダンスパーティーを見に来るようになったのです。そしてアンのときだけ観客が異常に多いのです」
「人気者なんですね」
「ですが、狼の使用人がいるので、動物たちはあれ以上近付いて来ません」
今は人間の姿をしているものの、狼の使用人たちは森で狩りを行なっている。
姿は違っていても動物たちは匂いで分かるのだろう。
「あれ。使用人のみなさんは、城の中と城の周りでしか人間の姿になれないんじゃなかったでしたっけ?」
「今はシリウス様が変化の魔法を使ってくれているのですよ」
「焚火の管理に変化の魔法にダンスの審査に……このダンスパーティー、シリウス様の役目が多くないですか」
だから踊らないのだろうか。
ダンスを踊って浮かれている間に魔法が解けるといけないから。
そうだとしたら少し可哀想かも、と思ってシリウス様を見ると、満足げな表情でアンちゃんのダンスを眺めていた。
「単に自分が躍るより、他人のダンスを見る方が好きなだけかも」
焚火に視線を戻すと、いつの間にかリアが踊り始めていた。
リアのお父さんやお母さん、マリーさんも加わって、カラスの使用人たちが勢ぞろいしている。
しかし狼の使用人とは違い、各々が好みのダンスを披露している。
集団で同じ動きをするパフォーマンスは圧巻だったが、全員が好きなように踊っている姿もこれはこれで見ていて楽しい。
「クレア様は踊らないんスか?」
料理が山盛りに乗った皿を持って来たピーターが、質問をした。
「みなさんのダンスに見惚れていました」
「キングとかクイーンとかあるッスけど、一番の目的は楽しく踊ることッスからね。気楽に踊ればいいッスよ」
「そうですね。あまり気負わないように踊って来ます」
私も焚火のそばに行くことにした。
今はカラスの使用人たちが下がり、また狼の使用人数人が躍っている。
そこに加わって、踊り始める。
アンちゃんのような可愛いことは出来ないが、その代わり私に出来ることは……。
「えいっ」
思いっきり地面を蹴って高く跳ぶ。
リズムに合わせて上下左右に力強く身体を動かす。
身体中のバネを使ってしなやかに軽やかに。
「私、身体を使うのは得意ですから!」
ダンスが終わると同時に、拍手が起こった。
息を切らしながらお辞儀をすると、さらに大きな拍手が起こった。