いったん休憩しようと焚火を離れて椅子に座ると、スッとジュースが差し出された。
たくさん動いて喉が渇いたので、ありがたくちょうだいする。
「アンちゃん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
林檎のジュースが喉を通り抜けていく。
冷たくて美味しい。
「城からわざわざ冷たいジュースを持って来てくれたんですか?」
「ううん。飲み物は魔法でシリウス様が冷やしてるよ」
それもシリウス様の仕事なのか。
踊っていないのに、ダンスパーティーではシリウス様が大活躍している。
「あーあ、今回もアンがクイーンになれると思ったのに」
「え? もうキングかクイーンが決まったんですか?」
「まだだけど、絶対クレア様だもん」
アンちゃんは頬をぷくっと膨らませている。
私はその頬を指先でツンとつついた。
「アンちゃん、可愛い」
「アンは可愛いけど、可愛いだけじゃあのダンスには勝てないよぅ」
「ふふっ。拗ねるとほっぺたプニプニですね」
「拗ねてないもん。悔しいだけだもんっ」
ぷんぷんと地団駄を踏む姿も可愛らしい。
気が済むまで地面を踏んだアンちゃんは、キッと私を睨みつけた。
「いっぱい練習して、次はアンが勝つんだからっ」
「こーら、クレア様に噛みつかないの」
そう言いながらどこからともなくやって来たマリーさんが、アンちゃんの首根っこを掴んで回収していった。
「すみません、クレア様。アンはまだ幼稚で」
「平気ですよ。可愛いだけでしたから」
拗ねても睨みつけても地団駄を踏んでも可愛いなんて、才能を感じてしまう。
アンちゃんは使用人ではなく、可愛さを売りにした仕事をした方がいいような気がする。
「あっ、あの唄が始まりましたね」
曲の始まりを聞いたリアがそんなことを言った。
「あの唄?」
「ダンスパーティー中に一曲だけ、みんなで合唱する唄があるんです」
「へえ」
「クレア様も知っていたら歌ってくださいね」
そして使用人たちの大合唱が始まったが、生憎私の知らない唄だった。
♪惑わしの森の死神は、今日も人を惑わせる。
銀の髪に蒼い目の、麗しい姿で惑わせる。
魔法使いに出会ったら、男かどうかを確かめろ。
銀髪碧眼美形なら、その男が死神だ。
「これって……シリウス様のことを歌ってるんですかね」
「そうだ」
間近でシリウス様の声が聞こえて振り返ると、ワインを持ったシリウス様が隣に立っていた。
独り言のつもりだったが、思いがけず答えが返ってきてしまった。
「なんていう唄なんですか?」
「……そなたは『惑わしの森の死神の唄』を知らぬのか。人々に語り継がれているはずだが」
「知らなかったです」
シリウス様はあごに手を当てて、それはおかしいと言いたげな顔をした。
「この国では広く知られている唄のはずだが。友人の誰からも聞かないなど、そんなことがあり得るのか?」
「だって私、友だちがいなかったので」
「…………それは、何と言うか、すまん」
謝られてしまった。
今は、リアとピーターという友人がいるから、別に悲しくはないのだが……悲しくはないのだが!
「私、人間の友人が一人もいない……?」
「安心するがいい。余も人間の友人はいない」
せっかくフォローしてくれたところ申し訳ないが、人間の私の言う「人間の友人がいない」と、死神のシリウス様の言う「人間の友人がいない」は、意味が違うような気がする。
シリウス様がフォローをしてくれたという事実は嬉しいけども。
「やはり粘土でそなたの友人を作るべきだったか」
「リアとピーターという友人が出来たので遠慮しておきます。それに粘土の友人は雨で崩れてしまいますから」
「雨がネックよな」
「……あの、お二方。前にも言いましたが、友人は粘土で作るものではありませんよ」
唄を歌い終わったリアが、可哀想なものを見る目で私とシリウス様を見ていた。
「そうなんですか!?」
「そうなのか!?」