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第24話 クイーンの願いごと


 何曲も踊り夜も更けてきた頃、大きな岩の上に立ったピーターが声を張り上げた。


「いよいよみなさんお待ちかねの、キングクイーンの発表ッス!」


 その場の視線が一斉にピーターへと集まり、拍手が巻き起こる。


「今回のダンスパーティーは、いつにも増して盛り上がったッスからね。きっと該当者ナシにはならないはずッス。発表をするのは……もちろん、シリウス様! シリウス様、よろしくお願いしますッス!」


 ピーターが手でシリウス様を指し示す。


「今回のクイーンは……」


「おっと! 今回はキングじゃなくてクイーンみたいッス!」


 シリウス様が一言喋った途端に、ピーターが煽りを入れてきた。

 もったいぶって発表を劇的なものにしたいのだろうか。


「ちょっとピーター、邪魔をしないでちょうだい」


「これは失礼したッス。では気を取り直して、今回のクイーンの発表ッス」


 すかさず文句を言ったマリーさんに軽く頭を下げたピーターは、再びシリウス様に手を向けた。

 発表を促されたシリウス様が口を開く。


「あー、今回のクイーンは…………幼児だ」


 その場が一瞬ざわついた。

 そういえば私がシリウス様に幼児と呼ばれていることは、狩りに出ている狼の使用人たちには知られていなかった。

 ざわつく狼の使用人たちに、リアやマリーさんが説明をしている。


「幼児っていうのは、アンちゃんのことッスか?」


「クレア様のことですよ」


「クレア様は幼児じゃないと思うッス」


「実際には幼児じゃなくても、シリウス様が幼児と言ったらクレア様のことなのよ」


「なるほど、ニックネーム的なことッスか。でも、なんで幼児?」


「マリーが知ってるわけないじゃない。きっと指しゃぶりでもしていたのよ」


「指しゃぶりッスか。それは幼児ッスね」


「指しゃぶりをしていたからと言って、クレア様を見下すことはリアが許しませんよ」


 いつの間にか私が指しゃぶりをしていたことになっている。

 噂が大きくなる前に訂正しなくては。


「えー、つまり今回のクイーンは、幼児ことクレア様ッス!」


 ざわつきを鎮めるようにピーターが大きな声で宣言をすると、使用人たちは途端に静かになった。


「クレア様、シリウス様の前へ」


 促されるままに、シリウス様の前へと向かう。


「素晴らしい踊りを披露したそなたが、今回のクイーンだ」


「ありがとうございます」


 お辞儀をする私の頭上に、花で作った冠が乗せられた。

 シリウス様は大体のものを手作りするが、花冠はより手作り感があって、何だかくすぐったい気持ちだ。


「さて。副賞として、そなたの願いを一つ叶えよう」


 頭の上に乗る花冠の感触を楽しんでいると、シリウス様が副賞の話をしてきた。


「願いを申すがいい」


「私の願いは……」


 そのとき、ふと思い出した。

 シリウス様とシャーロット様の関係が気になっていたことに。


 この機会を利用すれば、使用人たちが触れるに触れられないシャーロット様との関係を聞けるかもしれない。

 でもあまり直球で質問をすると、情報の出どころとしてリアやマリーさんが怒られるかもしれない。

 それなら……。


「シリウス様の秘密を一つ、教えてください」


 これなら角が立たないはずだ。


「余の秘密……だと?」


「私、もっとシリウス様のことが知りたいんです」


 私の申し出にしばらく悩んでいたシリウス様だったが、少しして私を手招きし、耳元で囁いた。


「余は、声が高い」


「……は?」


 予想していた回答とかけ離れすぎていて思考が追い付かない。

 というか。


「いやいやいや、シリウス様は低くて渋い声をしてるじゃないですか!」


 城の主と呼ぶに相応しい、重低音の声をしている。

 この声のどこが高いというのか。


「魔法で声を変えている」


「ええっ!? どうしてですか!?」


 私の疑問に対してシリウス様はシンプルな答えをくれた。


「低い声の方が、死神としての威厳が出るであろう」


「それ……だけですか?」


 そんな理由で声を変えたのか。

 わざわざ声を変えなくても、死神という人智を超えた存在である時点で、威厳があるような気がするのに。


「信じていないな?」


「いえ、信じていないわけではありません。ただ、今のシリウス様の声しか聞いたことがないので、イマイチ想像が出来なくて」


「では本当の声を聞かせてやろう」


 シリウス様が杖を自身の喉にかざしてから、再度私の耳元に口を近づけた。


「これが余の本当の声だ」


 聞こえてきたのは、繊細な少年を思わせるテノールの澄んだ声だった。

 あと少しシリウス様の見た目が幼かったら、透明感のある銀髪碧眼の“完璧な美少年”だっただろう。


「いい声じゃないですか!」


「この声だと幼く見られるから、な」


 確かに声が変わっただけで、今までのシリウス様よりも若く見えた。

 しかし威厳が無くなったかというと、透明感が人間離れした神聖さを強調していて、これはこれで崇めたくなる。


 シリウス様が自身の喉にもう一度杖をかざすと、声はいつものシリウス様のものに戻った。


「何でも叶えてやるというのに、願いはこんなもので良いのか?」


 シャーロット様のことは全く聞くことが出来なかったが、シリウス様の本当の声を聞くことが出来たのは、嬉しい誤算だった。

 威厳が出そうだから声を変えているという可愛い一面を知ることが出来たのも嬉しい。


「はい。私は満足……」


「クレア様は、シリウス様と踊りたいそうです!」


「リア!?」


 満足したと伝えようとしたところで、後ろからリアの大声が響いてきた。


「クレア様、シリウス様と踊れなくて残念がっていましたよねー?」


 リアが満面の笑みで、みんなに聞こえるように質問をした。

 お酒は飲んでいないはずなのに、酔っぱらいのような絡み方をしている。


「それは、そうですが」


「いいだろう」


「……へ?」


 言うが早いかシリウス様が私の手を取って歩き出した。

 そのまま焚火の前まで歩いたところで、今度は両手を掴んだ。


「わ、わ、わ」


 そして私の手を取ったまま踊り始めた。

 これは、私の想像していた貴族のダンスパーティーでのダンスだ。

 男女で手を取り合って優雅に踊る……優雅に……優雅……。

 駄目だ、どうしてもシリウス様の足を踏んでしまう。


「すみません。私、何度もシリウス様の足を踏んでしまって」


「構わん。気にせずに続けるといい」


 言葉通り、シリウス様は足を踏まれることなど何でもないという様子で踊り続けている。

 足を踏まれたことを動きに出さずに踊り続けるのは、相当難しい気がする。


「シリウス様って、ダンスも上手かったんですね」


「ダンスなど数百年振りだが、意外と踊れるものだな」


「私はこういうダンス、初めてです」


「通りでステップが滅茶苦茶なわけだ」


 シリウス様に怒っている様子はなく、私のことをからかっているようだった。


「すみません。何度も足を踏んでますよね」


「そなたは軽いから、踏まれたうちに入らん」


「軽くても踏んだ事実は変わらないかと」


「そなたは蟻に踏まれたことをいちいち気にするのか」


「それは気にしませんけど、私は蟻ではないですし」


「同じようなものだ」


「分類が大雑把すぎます」


 羽のようだという表現があると聞いたことはあるが、蟻のようだという表現は初めて聞いた。

 少しロマンチックさに欠けるような気がする。

 シリウス様らしいといえばシリウス様らしいけども。


「不思議だな。毎日あんなに食べているのに、なかなか結果が伴わない」


「結果は伴ってますよ。私、背が伸びましたから」


 この城に来てから、毎日美味しいご飯を食べているおかげか、私はこれまでにない速度で背が伸びていた。

 まだまだ同年代と比べると小さいが、このままいけばすぐに追いつくだろう。


「まだまだ蟻に近い小ささだな」


「あははっ。優雅なダンスをしているのに、しょうもない会話をしてますね、私たち」


 私はついに吹き出してしまった。


「滅茶苦茶なステップのダンスにはちょうどいい会話であろう」


「確かに。優雅に見えて、ステップは滅茶苦茶ですからね」


 滅茶苦茶な会話をしつつ、滅茶苦茶なステップで、滅茶苦茶なダンスを踊る。

 死神の愛玩動物になるという滅茶苦茶な人生を歩んでいる私にはピッタリだ。


「初めてのダンスパーティーは、満足するものであったか?」


「はい。とっても楽しいです!」


「楽しい、か。ならばダンスパーティーを開催した甲斐があったな」


 月の光に照らされたシリウス様の顔は、朗らかに微笑んでいるように見えた。




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