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第29話 シリウスの過去①


 陽の当たらぬ冥界には、溢れんばかりの魂が浮かんでいる。

 蛍の光のように淡く輝く魂が無数に浮かんでいるおかげで、新月の夜を思わせるはずの冥界は今や薄明るい。

 しかしそれは望ましいことではなく。


「どうしてこんなに魂が!? 予定になかったじゃない!」


「戦争だってさ。まったく。のんびり生きればいいものを」


「また戦争なの!? 人間は飽きないわね。命を粗末に扱うなって教わらなかったのかしら!?」


 冥界に運ばれて来た魂をチェックしながら、同じ地区担当のマリアンヌと雑談を交わす。

 雑談の内容は、ほとんどが仕事の愚痴だ。


「戦争のせいで俺たちは休日返上だ。勘弁してほしいよな」


「よりにもよって、担当地区内の二国が戦争を起こすなんて。嫌になっちゃうわ」


 戦争をしている両方の国が俺たちの担当地区なせいで、どちらの国の兵士が死んでもここに魂がやってくる。

 どちらの国が勝とうとも、俺たちの仕事は増えるばかりだ。


「そもそも担当地区が広すぎるのが問題だよな。何ヶ国担当させるんだよ」


「どこの地区もこんな感じみたいよ。人手不足が深刻すぎるわ」


 手伝ってもらおうにも、冥界の誰もが他人を手伝える状況ではない。

 俺たちだって別の地区の手伝いを頼まれても、手伝う余裕などない。


「ああっ!? また魂が来たみたい。いい加減にしてほしいわ。もっと生きなさいよ!」


 マリアンヌは魂の光を浴びて輝く金髪をなびかせながら、魂をシッシッと追い払うジェスチャーをしている。

 そんなことをしても意味が無いとは分かりつつも、やらずにはいられないのだろう。

 今や彼女の大きな紫色の目の下には、くっきりとクマが出来ている。


「マリアンヌ、やつれたな」


「誰だって働き続けたらやつれもするわ。シリウスだって大概な顔をしてるわよ」


「俺、顔だけが取り柄なのに。困るなあ」


 ナルシストな冗談を言うと、マリアンヌが力いっぱい肩を叩いてきた。


「力強っ!?」


「ごめん。力加減ができなかったみたい」


「それも仕事が多すぎるせいか?」


「たぶんね」


 俺たちは冗談を言い合って気を紛らわせながら、ひたすらに魂のチェックを行なっていた。

 行なっても行なっても終わりの見えない、確認作業を。




「こら! 暴れるな!」


「また喧嘩なの?」


「今ここにいる多くの魂は、元が人間だからな。集まれば喧嘩をするのは道理だ」


「魂だけになってまで、何をしてるんだか」


 俺は激しくぶつかり合う二つの魂を、無理やり引き剥がした。

 そして両方の魂をつねりつつ、説教をする。


「ただでさえ忙しいから喧嘩なんか放置したいけど、この前喧嘩を放置したら、どんどん喧嘩に参加する魂が増えて、喧嘩が大きくなっていったものね」


「ああ。喧嘩が小さいうちに叱らないとだな」


 この前の喧嘩は、本当に酷かった。

 二つの魂がぶつかり合いの喧嘩を始め、喧嘩に巻き込まれた別の魂がさらにぶつかり合いを始め、その喧嘩に巻き込まれた魂がさらに……と収拾がつかなくなってしまったのだ。

 ただでさえ仕事が多く時間が足りないのに、この喧嘩を止めるのにずいぶんと時間を費やした。

 もう二度とあんな事態はごめんだ。


「戦争をしている二国の兵士同士が喧嘩しやすいから気を付けてね」


「……はあ。ここはいつから託児所になったんだろうな」


 俺が喧嘩を起こした魂を説教している間にも、マリアンヌは魂のチェックを進めていた。

 作業を止めると、冥界が魂で埋め尽くされてしまうからだ。


 それほどに、今の冥界は魂で溢れていた。




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