シリウス様はたっぷりと溜めてから、言葉を発した。
「余は、偽の聖女であるシャーロットを、引きずり下ろしたい」
「偽!?」
いきなり飛んで来たのは、予想外の単語だった。
本にも載っているシャーロット様が、本当は聖女ではない!?
「彼女は聖女ではない。彼女は……いや、ある意味では聖女なのだが」
「どっちですか!?」
私が聞き返すと、シリウス様は何とも曖昧な物言いをした。
聖女ではないが、ある意味では聖女。
何だか、なぞなぞを主題されている気分だ。
「シャーロットは聖女だが、人間の求めている聖女ではない、という意味だ」
「はあ、なるほど?」
分からん。
人間の求めている聖女ではない聖女とは、これ如何に。
「うーむ。どう説明したものか……そうだ」
シリウス様は机の一番大きな引き出しを開けると、宝石の原石を取り出した。
磨かれた宝石ほどの輝きは無いが、これはこれで置物としてとても美しい。
「綺麗な緑色……」
「これは聖女を見分ける宝石の原石だ。聖女が触ると光る」
「へえ。そんなものがあるんですね」
しかし、どうして今これを取り出したのだろう。
私のその疑問には、すぐにシリウス様が答えをくれた。
「シャーロットがこれに触っても、原石は光らない」
「聖女じゃないからですか?」
「その通りだ」
なるほど。
シャーロット様が聖女ではない、という部分は意味が分かった。
「余は、本物の聖女を探している」
シリウス様が、原石を撫でながら呟いた。
「聖女……この原石を光らせることの出来る人ということですね」
「その通りだ」
「…………あっ」
ピンと来てしまった。
もしかして、もしかするのでは。
だからこそ、城で私を大切に育ててきたのでは!?
「……触ってみても、いいですか?」
私の言葉に頷いたシリウス様が、原石を私の前に置いた。
その原石にゆっくりと手を伸ばす。
自身の鼓動が高まっていくのを感じる。
一旦大きく深呼吸をして…………そして、触れる。
「………………」
「何も起こらんな」
びっくりするほど、何も起こらなかった。
「なんでですか!? 今の、私が聖女の流れじゃなかったんですか!?」
絶対に私が聖女だと思ったのに!
肩透かしもいいところだ。
「そなたが聖女ではないことは知っていた。寝ている間に確かめたことがある」
「それなら真顔で原石を差し出さないでくださいよ!?」
聖女の可能性がゼロなのに、期待に胸を高鳴らせながら原石を触ったことが、急に恥ずかしくなってきた。
「すまない。原石に触れる者が皆、楽しそうに触れるものだから、そなたから楽しみを奪っては悪いと思ったのだ」
「確かに楽しかったですけど、上げて落とされた気分です」
…………ん?
原石に触れる者が皆、楽しそうにしている?
「余は町へ行くついでに、この原石を様々な人に触らせて聖女を探している」
「なるほど」
最高に効率が悪い。
「シリウス様が、滅茶苦茶地道に聖女を探していることは分かりました」
それにしても、どうやって原石を触らせているのだろう。
まさか原石に「ご自由にお触りください」と書いた紙でも貼っているのだろうか。
「話を戻しますが、シャーロット様が聖女ではないということの意味は分かりました」
「理解してくれたか」
「でも、シャーロット様がある意味では聖女、というのはどういうことですか?」
聖女を見分ける原石に、聖女ではないと判断されたなら、聖女ではない。
ある意味も何もないと思うのだが。
「……その話をするには、まず余の過去について話さなければならん」
「どんとこいです」
「長くなるぞ」
「望むところです」
シリウス様が私の目をまっすぐに見つめてきた。
シリウス様の蒼い瞳には、真剣な表情の私の顔が映っている。
「……分かった。では茶と茶菓子を用意するとしよう」
シリウス様が、机に置かれていたベルを鳴らして合図をすると、すぐに使用人がやって来た。
やって来たのは、リアのお父さんだ。
「茶と茶菓子を二人分、頼む」
「かしこまりました」
少し待っていると、すぐに熱々の紅茶とクッキーが運ばれてきた。
ふわりと紅茶の良い香りが執務室内を満たしていく。
「席に着くといい」
リアのお父さんは紅茶とクッキーをテーブルの上に置くと、一礼をして執務室から出て行った。
その様子を見届けたあと、シリウス様と私はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「これから話すのは余の過去について。余は地上を生きる者とは別の理で生きているため、理解しがたい部分も多々あるだろう。それでもどうか、口を挟まずに聞いてほしい」
「前置きが長いです。早く話してください」
「そなたはたまに辛辣よな。その度胸は好むところだが」
そして一つ咳払いをしてからシリウス様が話を始めた。
「これはまだ余が……“俺”が、冥界にいた頃の話だ」