最初こそ問題を起こしてしまった俺たちだが、その後はこっそりと“生を司る能力”を使うことで、大きなトラブルを回避することが出来た。
そうやって仕事をしつつ、魔法書を読破し実際に魔法が使えるようになった頃、俺たちは住処を森から町へ移すことにした。
俺たちは森で採った薬草から回復薬を精製し、それを売った金を使って宿に泊まった。
冥界の住人だった俺たちは、不老不死な上に食事も睡眠も必要ない。
だから森で野宿をしていても問題は無かったのだが、俺もマリアンヌも、自分たちとそっくりな造形をしている「人間」に興味津々だったのだ。
「夜になると人間は寝るらしいわよ、シリウス」
「知ってる。人間の生活は魂の記憶で見たことがあるから」
「睡眠は、私たちにも出来るかしら?」
「食事もやってみたら出来たから、出来るんじゃないか?」
森にいる頃も人間の真似をして食事をしてみたことがある。
木の実に果物、その辺に生えている草も食べてみた。
どうやら俺たちは、食事をする必要は無いが、食べようと思えば食べられる身体構造のようだった。
「ねえ、明日は町で買い物をしてみない? お金はいっぱい手に入ったし」
「それなら服屋へ行こう。流行りのデザインが見たい。その後、糸と布を買う」
「シリウスは服に興味があったの?」
不思議そうに首を傾げるマリアンヌに、俺は現実を突きつけた。
「ここで暮らすなら、毎日宿賃とやらを払うんだろ? 回復薬で得た金を元手にもっと稼がないと」
「えー!? 買いたい物を買いたいだけ買っちゃダメなの?」
「ダメだろ。ここを追い出されたら、また森に戻らないといけなくなる」
渋々マリアンヌは俺の意見に賛同した。
賛同しつつ、自分の希望も通そうと悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「分かったわ。でも、売る用の服を作るついでに、私の服も作ってほしいなぁ。買い物出来ない代わりに。ね、お願い?」
「はいはい。じゃあ欲しい服の絵を描いておいて」
「やったー! ありがとう、シリウス」
それからは、マリアンヌには冥界の仕事をこなしてもらって、俺は魔法で流行りの服を作って売り金を入手して、生活した。
幸か不幸か、俺の“死を司る能力”の出番は、しばらくの間、無かった。
同じ宿屋に何十年もいると、姿が変わらないことを怪しまれると気付いた俺たちは、数年ごとに住む町を移動した。
そうして暮らしているうちに、地上と冥界の魂のバランスは安定し、俺たちはただ地上での日々を楽しむようになっていた。
マリアンヌは町の人々と親交を深め、ともに語り、ともに笑い、どの町へ行っても人気者になっていた。
マリアンヌが美人だったことも影響したのだろう。
人気者のマリアンヌに声をかける男は多かった。
当のマリアンヌは、のらりくらりとかわしていたが。
一方で俺は魔法を研究し、新しい魔法を次々に生み出したことで、大魔法使いと噂されるようになった。
そのせいか定期的に弟子入り志願者が訪ねてきたが、すべて断った。
独学だったこともあり、俺以外の者が俺の生み出した魔法を使った場合にどうなるのか不明だったからだ。
俺が使っている魔法は、人間の身体では耐えられない魔法である可能性も考えられた。
そんなこんなで、俺たちの地上での日々はとても充実していた。
……あの戦争が起こるまでは。