目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第36話 ピーターのセンスって……いや別にいいけど……


 朝陽に照らされた畑の前で、大声で叫ぶ者が二人。


「シリウス様不足です!」


「オイラに言われても困るッス!」


 早朝に目が覚めた私は、寝ぼけ眼を擦りながら、シリウス様が城内にいないか探し回っていた。

 ホールにも執務室にも寝室にもいないことを確認した後、城の外に出て畑の前まで行ったところでピーターと出会ったため、とりあえず文句を言ってみた。


「シリウス様、少しの間遠出をすると言ってましたけど、少しの間って何日間のことですか!?」


「だから俺に言われても困るッス!」


「使用人なのに何も聞いてないんですか!?」


「クレア様こそ何も聞いてないんスか? いつもシリウス様大好き!ってくっついて回っているのに?」


 イライラをぶつけたら、嫌味が返ってきた。

 ピーター、侮れない。


 それにしても、どうしてこんなにイライラするのだろう、と考えたところで、ある説に辿り着いた。

 侯爵様は、「煙草が切れた」と言ってイライラしていることがあったが、今の私もそんな感じなのかもしれない。


 きっと私は、シリウス様が切れている状態なのだ。

 早くシリウス様を摂取しないと、どんどん嫌な奴になってしまう。


「そんなに心配しなくても、そのうち帰って来るッスよ。ここの苗がつぼみを付ける頃には戻るはずッス」


「それは何日……ここってかなり立派な畑ですよね」


 植物の話をされたため周囲を見渡すと、広い畑には様々な野菜の苗が植えられているようだった。


「城で食べている野菜は、ここで作ったものッスからね」


「サラダのことですね。新鮮で美味しいです」


「サラダだけじゃないッスよ。料理に使っている野菜は、全部この畑のものッス」


「えっ。あの料理は、シリウス様の魔法で作り出したものじゃないんですか?」


 料理はシリウス様が作っていると言っていたから、てっきり魔法で出した料理なのだと思っていた。

 驚く私を見て、ピーターが楽しそうに笑った。


「これまでクレア様は勉強漬けでしたから、知らないことがいっぱいあるッスね」


「あんなに勉強を頑張ったのに、勉強漬けのせいで知らないことがいっぱいあるなんて、何だか皮肉ですよね」


 四年もこの城にいたのに、マリアンヌのことを知ったのはつい先日だし、サラダ以外の料理にも畑の野菜が使われていることを知ったのは、今だ。

 時として勉強は、学ぶことを阻害するみたいだ。


「さっきの話ですが、魔法はそこまで万能じゃないッス。どんな魔法を使うにしても、材料を用意する必要があるッス。無から有は生み出せないんスよ。いくら魔法が得意でも、この大前提は変えられないッス」


 魔法は思っていたよりも万能ではないらしい。

 魔法を使うことで、洗ったり切ったり煮込んだりしなくてもいいというのは時短になるが、逆を言えば、時間をかければ魔法が無くても出来ることだ。

 魔法はあったら便利だが、私が想像していたほどには、すごいものでもないのかもしれない。

 そう言えばこの前シリウス様も、服を作るために糸と布を用意する、みたいなことを言っていた気がする。


「いつも美味しい野菜をありがとうございます」


「これがオイラの仕事ッスから」


「畑仕事って大変そうですよね。ここの畑は広いし。こっちもですよね?」


 私が畑の横にある温室に入ろうとすると、ピーターに腕を掴まれた。


「温室にはシリウス様の薬草や毒草が植わってるから、入っちゃ駄目ッス。触るだけで手が真っ赤になる草もあるらしいッス」


「じゃあシリウス様は、ここの薬草を使って回復薬を作っているんですね」


 過去に回復薬を作って売ったと言っていたから、たぶんそう。

 私が怪我をした際にかけてもらった回復薬も、きっとシリウス様お手製のものだ。


 そして毒草は……うん。

 世の中には知らない方が良いこともある。


「あの回復薬、よく効きますよね」


「シリウス様の回復薬は、よく効くなんてレベルじゃないッス。市販の回復薬を束にしてもあの薬の足下にも及ばないッスから」


 私自身、傷の回復は早い方だが、それでもあんな早さで傷が治癒する回復薬は初めて見た。

 市場であの回復薬を買った場合、いくらになるのか考えるのが怖い。


「町で売ったらいい稼ぎになりそうですよね。それとも、すでに売っているんでしょうか?」


「それが……気が向いたときだけ売ってるみたいッスけど、量産しようとはしてくれないんスよ。お金は足りてるから、これ以上働くのが面倒くさいんスよ、きっと」


 城の料理は、狩りで得た肉と畑の野菜、手に入らないものだけは町で買って作っている。半自給自足だ。

 その上この城では、客を招いてのパーティーが開かれないどころか、誰も訪れすらしない。

 さらに使用人たちに給料を渡してはいるだろうが、それは人間のお金ではないだろう。


「ここではお金を使う機会がありませんからね。無理して稼がなくても良いんじゃないですか?」


「でも、城が地味すぎるッス。もっとお金をかけて、金ぴかギラギラのお城にしてほしいッス。シリウス様、鉱山なんか買ってないで、そのお金で城をゴージャスにしてくれればいいのに!」


「何の得があるんですか、それは」


 誰も訪れない城を豪華にする必要性を感じない。

 それどころか下手にシャンデリアを飾ったり、置物を増やしたりすると、掃除が大変だ。


「クレア様までシリウス様と同じことを言うなんて。がっかりッスよ!」


「ほう。お前は今まで余の考えにがっかりしていたのか」


「そりゃあそうッスよ。夢が無いと言うかケチ臭いと言うか……って、シリウス様!? いつお戻りに!?」


 城に戻ってきたばかりのシリウス様が、ピーターの後ろに立っていた。

 己の失言に気付いたピーターは顔を真っ青にしている。


「あははは。倹約家って意味ッスよ!? 城を金ぴかにしないシリウス様はさすがだなあと思っていたところッス」


「……そういうことにしておいてやろう」


「オイラ、いつもより頑張って畑仕事をしたくなったッス。うおおお、頑張るッスよおお!」


 ピーターは己の失言を取り戻すが如く、ものすごい勢いで地面を耕し始めた。

 すでに広い畑だが、さらに畑の範囲が拡大しそうだ。


「畑が広がったら、ぜひ花畑を作ってほしいです。きっと綺麗ですよ」


「じゃあネギを植えるッス。ネギの花は可愛いッスよ」


「そういう意味じゃないんですがね……」


 ピーターが畑を管理している限り、畑が花畑になることはなさそうだ。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?