「シリウス様、シリウス様、シリウス様ー!」
一昨日ぶりにシリウス様の執務室に突撃すると、シリウス様は今日も水晶玉を使って覗き見をしていた。
「シリウス様、私、気付いてしまいました!」
「……静かな日は、一日だけであったか」
シリウス様は、水晶玉から顔を上げた。
何だかその顔が寂しそうに見えたので、おちゃらけて場を和ませることにした。
「きゃっ、シリウス様と目が合っちゃいました。きっと私たちが運命の恋人だからですね!」
「……ふざけるなら執務室から締め出す」
どうやらおちゃらけすぎたようだ。
私は締め出されないように自身の口を両手で覆った。
「それで、何に気付いたのだ?」
「わひゃひはでひゅね」
「手を離してから話すように」
シリウス様に言われて自身の口から両手を離す。
そして流れるようにシリウス様の膝の上を陣取った。
昨日みたいにシリウス様が私と距離を置かないように、とりあえず物理的な距離を縮めておきたかったのだ。
すぐに降ろされるかと思ったが、意外なことにシリウス様は何も言わなかった。
そのためこのままの体勢で話し始めることにした。
「私はですね、確かに例の男の子がジャンの友人を殺したと聞いて動揺しました。でもそれは、殺されたのが兄であるジャンの友人であり、私も会ったことのある人物、いわゆる『私と近い人間』だったからだと思うんです」
「…………ほう?」
私の言葉を聞いたシリウス様の蒼い瞳が、興味深げに光った。
「あれが、私の生まれていない時代の、全く知らない人だったら、『ふーん』で終わりだったと思うんです。実際、帝国の歴史を学んだとき、誰が誰に暗殺されても『ふーん』としか思いませんでした」
長い歴史の中で暗殺された皇子の数は数えきれないほどだった。子どもの頃に暗殺された皇子たちは特に可哀想だと思ったが、それでご飯が喉を通らなくなることは一度も無かった。
自分と関係のない者の死は、ただの歴史でしかないのだ。
「だから過去の話をされても大丈夫です。どれだけ人が死のうとも、その死は私にとって歴史でしかありません」
「自分と関係のない人間なら死んでも何も思わないと? ……戦争が無くならないわけだ」
シリウス様の目が見たことのない色に濁るのを見て、不安に襲われた。
私は、彼の欲しい答えとは違う答えを出してしまったのかもしれない。
「私、よくないことを言いましたか?」
「いいや。とても人間らしい答えだった……羨ましいほどに」
私でも今の「人間らしい」が良い意味ではないことくらい理解できる。
しかしこの考えは、本当によくないものだろうか。
「シリウス様。今の発言は嫌な感じです」
「嫌な感じ……だっただろうか」
「今この瞬間にもどこかで誰かが死んでいます。ですが、それらすべてを悲しんでいたら、人生は悲しいばかりのものになります」
冷たいことを言うようだが、私たちは、どこかの誰かの人生よりも自分の人生を優先するべきだと思う。
別に知り合いの死を悲しまないと言っているわけではない。
知らない人の死を悲しむほど、人間の寿命は長くないのだ。
「どこかで折り合いをつけることが必要です。そして私は、シリウス様の過去の話に出てくる人物には、感情移入しないことに決めました」
「そうか……そういう考え方もあるか」
シリウス様は納得したような、納得していないような、どちらとも取れる絶妙な表情を浮かべていた。
「さあ、愛するシリウス様の過去の話を聞かせてください!」
「覚悟は出来ている、ということか」
「もちろんです!」
シリウス様がベルを鳴らすと、執務室に紅茶とお茶菓子が運ばれてきた。
「いいだろう。この前の続きを話すことにする」
ティーカップに紅茶が注がれたのを合図に、シリウス様は昔話を始めた。