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第49話 称賛のための生贄


「人間に人間を殺させる……『力が欲しいか』のやつですね」


「そうだ。“死を司る能力”で人間を殺すのではなく、人間の手で人間を殺させる。余はその手伝いをする」


 殺人教唆。シリウス様のことを全肯定したい私でも、これが良くない行為だという判断は出来る。


「シリウス様は『力が欲しい』と答えた者に、何をしているんですか?」


「その者が望む、もしくはその者に適切であろう凶器を渡している。先日の男児には毒薬を渡した」


「あくまでもシリウス様は、殺人を実行はしない、ということですか」


 シリウス様が自ら魂を狩り取る……殺人を行なうわけではない。

 しかしある意味では、“死を司る能力”を使うよりもたちが悪い。

 この方法の場合、被害者と同時に加害者も生み出すことになるのだから。


「人を殺したナイフでも、ナイフ自身に罪はありません。ナイフは林檎を切るために生み出されたもので、それを使って人を刺した人間が悪いんですから。ですが、シリウス様は『これは人を殺す力だ』と説明しながらナイフを渡していますよね」


「……その通りだ」


 冥界の住人視点から考えると、一人を殺すことで大勢が助かるのだから、これは善行なのかもしれない。

 でも人間である私からすると、殺した人も殺された人も、自分の人生を懸命に生きている人間だ。

 大勢を助けるための殺人と説明されて、はいそうですかとはならない。

 人間はただの数字ではない。

 一人一人が自分だけの人生を歩んでいる。生きている。

 魂の数だけで考えてはいけないはずだ。


「そなたの言いたいことは分かる」


 冥界の住人だったシリウス様に、人間である私のこの考えをどう伝えれば通じるのか考えていると、私が口を開く前にシリウス様が言葉を紡いだ。


「余も進んで人間を殺したいわけではない。天変地異を起こさせないために、一定数の人間を選出して殺すことが、いかに身勝手で残酷か分かっているつもりだ。これではまるで、天変地異を起こさないよう生贄を捧げるも同じだ」


 生贄……か。言い得て妙だ。


「今は他に方法が無いためこれを行なっているが、余もこのままではいけないと考えている」


「そうですね……そもそもシャーロットが人間を蘇らせなければ、代わりの人間を殺す必要も無いわけですよね」


 現在の状態は、シャーロットが生かしたい人間を生かすために他の人間を生贄にしている、とも言える。

 生贄に選ばれた者からすると、あまりにも理不尽だ。

 これを止める場合、根本であるシャーロットをどうにかしないといけない。


「例えばですが、シリウス様が民衆に圧倒的な魔法を披露してから、冥界の住人であることを説明するのはどうですか? 人間業ではない魔法を見たら、みんなシリウス様の言葉を信じると思うんです。その上でシャーロットの行いの結果を説明すれば……」


 これにシリウス様は疲れたような表情を見せた。


「それはすでに行なった。そして失敗した」


「失敗した? なぜか聞いてもいいですか?」


 森全体に幻惑魔法を掛けられるシリウス様なら、民衆を納得させるだけの魔法を使うことは容易いはず。

 それなのに失敗しただなんて、信じられない。


 シリウス様は当時のことを思い出しているのだろう。

 悔しそうに拳を握っている。


「民衆は余ではなく、シャーロットの言葉を信じたのだ。余もシャーロットも不思議な力を持っている。その両者が真逆の発言をしたとき、民衆は耳障りの良いシャーロットの言葉の方を信じることにした。それにシャーロットは皇家との繋がりが深く支持者も多かった……余が勝てるはずもなかったのだ」


「そんな……シリウス様の方が真実を話しているのに」


「時として、都合の良い虚構は真実に勝ってしまう」


 シリウス様が自嘲気味に嗤った。


「そして余は聖女を陥れようとする悪しき死神として、また民衆から石を投げられる結果となった」


 シリウス様は人間を助けようとしているのに、その人間がシリウス様に石を投げるだなんて。

 助けようとした相手にそんな扱いを受けたら、私なら拗ねて二度と関わろうとなんかしない。

 それなのにシリウス様はまだ人間を天変地異から救おうとしている。とんだお人好しだ。


「みんな何も分かってない! 目が節穴の馬鹿ばっかり!」


「そう熱くなるな。余の立ち回り方が悪かっただけだ」


「こんなのってないですよ。シリウス様はみんなを救いたいだけなのに」


「世の中とは、ままならないものだ」


 それにしたって限度がある。

 どうしていつもシリウス様がハズレくじを引かされてしまうのか。


 悔しさなのか悲しさなのか、潤んできてしまった自分の目を、私は強く拭った。




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