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【第三章】

第51話 髪色隠して美形隠さず


「わあ! お店がいっぱいありますよ!」


「あまり騒ぐな。田舎者丸出しだぞ」


「仕方ないじゃないですか。実際に田舎者なんですから!」


 私はシャーロット討伐作戦を手伝うか否かを、一旦保留にすることにした。

 返事をする前に、判断材料として町のことを知る必要があるため、今日はシリウス様の仕事にくっついて町へやって来たのだ。


 シリウス様は執務室にこもって仕事をしていることが多いが、仕事で町へ行くこともしばしばある。

 執務室での仕事は何度も見たが、町での仕事を見るのは今日が初めてだ。


「それにしても。変装中のシリウス様も素敵です」


 数十年前に『聖女を陥れようとした死神』として民衆に覚えられてしまったシリウス様は、町へ行く際には変装をしているらしい。

 髪と目の色を変えて眼鏡を掛けただけだが、ずいぶんと印象が変わる。

 いつものシリウス様は銀髪碧眼で『神秘的な超絶美形の死神』そのものだが、今日は『真面目で美形な近所に住むお兄さん』といった雰囲気だ。


 そんなシリウス様の隣を歩いても恥ずかしくないように、今日は私もリアに頼んでおめかしをしてもらった。

 仕上げに、シリウス様にもらった大きな宝石の付いたネックレスを首に下げている。


「いつものシリウス様が一番ですが、変装をした茶髪のシリウス様も親しみやすくていい感じです」


「正体がバレると面倒くさいからな」


「ですが……」


 確かに印象は変わるが、顔の造形はシリウス様のままだ。

 『聖女を陥れようとした死神』とされた際、幸いにも似顔絵は描かれなかったらしい。

 しかし『惑いの森の死神の唄』では、美形だと歌われている。

 美形のままでは、魔法で目と髪色を変えている死神ではないか、と疑われるのではないだろうか。


 それなら、いっそ。


「美形で疑われないよう、魔法で不細工な顔に変えた方がいいんじゃないですか?」


 不細工な顔に変えてくれたら、死神だとバレない上に、悪い虫も寄り付かない。

 私としては一石二鳥だ。


 しかし当のシリウス様は、不愉快この上ないと言いたげだった。


「余は長年この顔で過ごしている。美しいことが当然の余が、不細工な顔になるなど短時間でも耐えられるはずがないであろう」


 あ。そこは譲れないところなんだ。



   *   *   *



「見てください、お菓子屋さんがありますよ! シリウス様って意外と甘い物がお好きですよね? 紅茶を飲むときはセットでお菓子が付いてきますし、夕食時には必ずデザートが出てきますし。ねっ、入りましょう!」


 さっそく勝手に店に入ろうとする私の手を、シリウス様が引っ張った。


「余は仕事で町に来たのだぞ」


「休憩も大事ですよ!」


 そして休憩には糖分が必須。

 よってお菓子屋さんに入ることは何もおかしくない。おかしだけに。


「来た途端に休憩もないだろう」


「長旅の疲れを癒さないと!」


「……ここへは余の魔法で飛んで来たはずだが?」


「到着地は町の入り口付近だったじゃないですか。町の中心まで少し歩いたので、いっぱい休憩しましょう!」


 お菓子屋さんに、玩具屋さん、レストランに、宝石店まである。

 うわあ、休憩が捗っちゃうなあ。


「初めて町へ来てはしゃいでいるのは分かるが、今日は観光で来たわけではない」


「え? 私に町のことを教えてくれるんですよね?」


 私が信じられないと言いたげな顔を向けると、シリウス様も信じられないと言いたげな顔を返してきた。


「町を見せるとは言ったが、町で遊びまわるとは言っていない」


「同じようなものじゃないですか」


「全く違う。時間が余ったら遊んでも構わないが、先に仕事だ。でないと日が暮れてしまう」


 確かにもともとシリウス様は仕事で町へ来ていて、私に町を見せるのは、そのついでだ。

 仕事を優先するのは当然のことだ。


「そうでした。仕事で町に来たんですもんね…………あっ、あっちに劇場がありますよ!」


「行くぞ」


 店に引き寄せられて、あっちへふらふら、こっちへふらふらする私の手を引いて、シリウス様はどんどん目的地へと進んでしまう。


「んもう。融通が利かないんですから。そんなところも好きですけど」


 迷子防止なのだろうが、手を引かれたことに思わず頬が弛んでしまう。


「えへへ。融通の利きすぎる軟派な浮気者よりは、硬派な方が浮気の心配が無くて安心できます」


「……余が浮気をしようとしなかろうと、そなたには関係ないだろう」


「関係大ありですよ。だって私は、シリウス様の未来の恋人ですから。えへへ」


 そして、いつか「未来の」を取りたい。


「シリウス様は、もし私が浮気をしたらどうします? 嫉妬してくれます? 相手の男と私を取り合って決闘しちゃったりして……って、私の話聞こえてますかー!?」


 シリウス様は私の手を離し、一人でどんどん進んで行ってしまった。

 その後を小走りで追いかける。


「大丈夫ですよ、私はシリウス様一筋ですからーーーっ!」




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