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第56話 やっぱりドレスは金になる


 次の目的地に着く前にシリウス様はまた路地裏に入って、転送魔法を使用した。

 どうやら今回は城に物を送るのではなく、その逆のようだった。


「……馬車? どうして馬車?」


 路地裏に送られてきたものは、馬車だった。

 馬車というか、狼車というか。車を引く狼がいないので、この場合は馬車と言うのだろうか。馬もいないが。


「量が多いから、昨夜のうちに荷物を馬車に積んでおいた」


 私がよく分からないことに頭を使っていると、シリウス様が馬車を転送魔法で飛ばした理由を教えてくれた。

 というか、これは馬車呼びなのか。


「大量の荷物ですか」


 馬車の窓から中を覗くと、馬車の中には大量の箱が積まれていた。


「この箱は何ですか?」


「すぐに分かる」


 そう言うと、シリウス様は自ら馬車を引っ張り始めた。


「あの……シリウス様。馬車を自分で引っ張るのは、あまりにも目立つと言いますか、奇行と言いますか」


「しかし余の馬車は馬ではなく狼に引かせているからな。町に狼を連れて来るわけにはいくまい?」


 町に狼を連れて来ることはおかしいと思えるのに、どうして自分で馬車を動かすことはおかしいと思えないのだろう。

 シリウス様の基準はよく分からない。


「荷車は無かったのですか?」


「無い」


「そうですか……」


 仕方がないので、私も微々たる力だが、シリウス様と一緒に馬車を引っ張って歩いた。

 途端にあちらこちらから視線を感じて恥ずかしい。


「あの、シリウス様。ものすごくみんなの視線を感じるのですが……」


「先程そなたが余の腕にくっ付いていた際も、このような状態だったが?」


「すみませんでした!」


 私はやっと自分の行ないが悪目立ちしていたことに気付き、猛反省をした。




 幸いなことに目的地はすぐそこだった。


「新作のドレスを仕立てたのだが、買い取ってくれるか」


 店の前に馬車をとめて、店内に入ったシリウス様がそう告げると、すぐに甲高い女性の声が響いてきた。


「旦那様! お待ちしておりました。旦那様の作るドレスでしたら、喜んで買い取らせていただきますわ」


「今日は、これだ」


 シリウス様が馬車を指すと、女性は先程よりもさらに高い声を上げた。


「まあこんなに! 旦那様の新作を楽しみにしている常連客も多いので、明日から忙しくなりますわ。みんな、荷物を店内に運んでちょうだい!」


 女性が手を二回叩くと、店員たちが次々と馬車から箱を運び始めた。


「さあさあ、旦那様。中へお入りになって。お嬢様も中へどうぞ」


 促されるまま店内に入ると、どこを見ても色とりどりのドレスが並んでいた。

 軽めの茶会用と思われるドレスからパーティードレスまで品ぞろえの良い店だ。


 そのまま私たちは店の中を通り過ぎ、店の奥に置かれたテーブルまで案内された。


「今回も美しいドレスですわ。すぐにでも売れてしまいそう」


 先程の女性が箱から一着のドレスを取り出して、上機嫌な声を出した。

 女性の持っているドレスは、私が城に来た初日に着て苦しんだ、コルセットのきついタイプのデザインだ。


「あれが町で流行っているデザインらしい。以前この店で聞いた」


「コルセットが苦しいのに、都会の人は頑張りますね」


 頑張れなかった私はあれ以来、コルセットを使わない服で過ごしている。

 いわゆる平民がよく着るタイプの服だが、あれはあれで可愛らしいと私は思っている。


「ああっ、旦那様! 今回は本当にたくさん持ち込んでくださったのですね。査定に時間がかかると思いますので、お食事でもして時間を潰して頂いた方がいいかもしれません」


 口を動かしながらも、女性の手はてきぱきとドレスの検品を行なっている。


「へえ。服屋って個人が作ったドレスを買い取ってくれるんですね」


「誰でも売れるわけではなく、お抱えのデザイナーが作ったドレスを買い取って売るらしい。余もそのお抱えデザイナー扱いらしい。作りたいときに作りたいものしか作らないが」


 なるほど。シリウス様の主な収入源はこれか。

 材料を仕入れて、それらを加工して、店に卸す。

 気軽に店を買ったり鉱山を買ったりしている様子を見るに、同じようなことを別の店でも行っているのだろう。

 魔法の天才であるシリウス様が作れるのはドレスだけではない。

 材料さえあれば、武器でも調度品でもアクセサリーでも、何でも作れる。

 すごい。お金の匂いがプンプンする!


 そして作ったうちの一部を、気まぐれに自分の店に並べているのだろう。

 こっちに関しては営業時間から考えても雀の涙ほどの儲けしか無さそうだが。


「今日中に査定は終わるか?」


「夜までには終わらせてみせますわ」


 シリウス様の質問に、女性はハキハキと答えた。


「ではそれまで、これを預かってもらえるか?」


 シリウス様が私の肩に手を置いた。


「これって……え、私のことですか!? 嫌です。シリウス様と一緒にいたいです」


「余はこれから酒場に情報収集をしに行く。治安から考えて、そなたは連れて行けない」


 酒場は治安が悪いことが多いと何かの本で読んだが、シリウス様が隣にいるなら問題ないような気がする。


「私も連れて行ってくださいよぉ。酒場でもちゃんといい子にしてますからぁ」


「……いい子にするのだな?」


「はい。私、いい子にします!」


「ではこの店で、いい子で待っているように」


 そう言い残して、シリウス様はさっさと店から出て行ってしまった。



   *   *   *



 シリウス様が去ってから、手持無沙汰な私は店内のドレスを見て回っていた。

 最初こそ私がドレスに悪戯をするのではないかと監視していた店員も、その様子が無いと分かってからは自由にドレスを見させてくれている。

 そもそも店主の女性はシリウス様の持ち込んだ大量のドレスの査定で忙しく、他の店員もお客様対応をしているため、私に構っている余裕が無いのだろう。




「いらっしゃいませ、イザベラお嬢様!」


 突然、姉と同じ名前が聞こえて、思わずそちらに目をやった。


 ……同じ名前ではなく、名前を呼ばれていたのは姉だった。

 急いで隠れようとしたが、時すでに遅し。

 ばっちり目が合ってしまった。


「どうしてあんたがここにいるのよ」




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