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第57話 イザベラ・クランドルとの再会


 私を見つけるなり、すごい勢いで近付いてきたイザベラが、私の腕を掴んだ。

 そして私の腕を掴んだまま、自身の被っていた帽子を私の頭に被せた。

 ぐいぐいと被せるからちょっと痛い。


 咄嗟のことで反応の遅れた私は、完全に逃げそびれてしまった。


「ねえ、店員さん。この子、あたしの知り合いなの。二人で話せる場所は無いかしら?」


「それでしたら奥のテーブルをお使いください」


「ありがとう」


 イザベラは私の意見を聞くつもりはないようで、さっさと店員と話をつけてしまった。


「二人きりで話したいの。あなたたちも下がってちょうだい」


 そして一緒に店に来た使用人たちを遠ざけると、私を連れて先程私とシリウス様が使っていた店の奥にあるテーブルへと進んだ。




「イザベラお姉様、お久しぶりです。偶然ですね」


 イザベラが何を話す気なのかは全く分からないが、とりあえず愛想良く挨拶をしておいた。

 逃げられないのなら、少しでも好感度を上げておいた方が良い。

 今さら挨拶くらいで好感度が上がるかは甚だ疑問だが。


「偶然ですね、じゃないわよ! どうしてあんたが町でのほほんと買い物をしているのよ!?」


 やはり挨拶程度では好感度は上がらなかったようで、イザベラは目を吊り上げながら怒鳴ってきた。


「すみません。私なんかが買い物をするなんて贅沢ですよね」


「そういう意味じゃないわよ! ああもう! せっかく屋敷を逃げ出したのに、こんなところで呑気に買い物をしていたら見つかって連れ戻されるって言っているのよ!」


 イザベラがどうして怒っているのか分からず首を傾げると、わざとらしい大きな溜息が聞こえてきた。


「はあー。あんたはまったく。肝が据わっているとは思っていたけれど、据わりすぎるのも問題ね!」


 何故かイザベラは頭を抱えている。


「屋敷にいた頃も、いくら意地悪をしても逃げ出さないから、危ないところだったじゃない」


「…………もしかして。イザベラお姉様は、私のことを心配しているんですか?」


 イザベラの発言は、私の危険な行為を注意しているように聞こえた。

 そんなわけはないと思うものの、それ以外には聞こえない。

 私が不思議そうにしながら尋ねると、イザベラは気分を害したようにそっぽを向いてしまった。


「なによ、その意外そうな顔は。あたしがただの意地悪な姉だと思っていたの?」


「はい。ただの意地悪な姉だと思っていました」


「正直ね!?」


 そしてイザベラはまた大きな溜息を吐いた。


「あたしだって苦労したのよ。あんたが娼館に売られるって聞いてから、あんたを屋敷から追い出そうとしたり、あんたが醜いという印象を付けようとしたり……効果が無かったから、最後にはあんたに事実を伝えたけれど……」


「どうしてそんな回りくどいことを」


 ここにいるのが私とイザベラだけだからか、日頃の鬱憤が溜まっていたのか、イザベラはうんざりした顔を隠そうともしなかった。


「あたしはあの屋敷で暮らし続けなければいけないのよ。あんたの逃亡に手を貸したとなったら、あたしの立場が悪くなる……特にお兄様が黙っていないわ。あの人は邪悪そのものだもの。きっとあんたの代わりに、あたしを殴る」


「だから周りにバレないように、私を助けようとしたんですか?」


「悪い!?」


 悪くはない。悪くはない、が……。


「不器用すぎません!?」


 思わず叫んでしまった。


「仕方ないじゃない。十六歳の令嬢に出来ることなんて限られているのよ」


「それはそうですが」


 意地悪な姉だと思い続けていた相手が、実は不器用なだけの善人だったといきなり知らされた私の身にもなってほしい。

 十年近く持っていた認識が、たった一日で引っ繰り返ってしまった。

 思い返してみると、確かにイザベラは私を助けようとしていたようにも受け取れる。

 ……それにしてはあまりにも不器用だが。


「でもね、あんたは勘違いをしているわ。あたしは不器用なんじゃなくて……怖かったのよ。自分可愛さにあんたのことを堂々とは助けなかったの。あのお兄様と兄妹なだけあるわ。最低な人間よ」


 イザベラは……イザベラお姉様は、自嘲気味にそう言った。




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