「とにかく。変装も無しに町をうろつくなんてどうかしているわ。以前よりも肉がついたし成長もしているけれど、見る人が見れば一発であんただって分かるんだから!」
「そりゃあ気まずいですが、気まずいだけで……」
「気まずいだけじゃ済まないでしょ。町にはお父様もお母様も、お兄様だって来るのよ!?」
言われてから気付いた。
私には同じ帝国内に、見つかってはいけない相手がいたのだ。
「確かにイザベラお姉様の言う通りですね。次からはシリウス様に、私も髪と目の色を変えてもらいます」
「シリウス様って誰よ」
「超絶美形の恋人です」
本人がいないのをいいことに、「未来の恋人」から「恋人」にランクアップさせて伝えておいた。
「はあ!? 恋人!? あんたは、これだから!」
私の言葉を聞いたイザベラお姉様は、また頭を抱えてしまった。
「昔からあんたは、あたしとは違った。飄々としているのに度胸と決断力があって、それに時々ずる賢さもあった。将来大物になると思っていたわ…………本当、あんたを助けたいけれど、代わりに自分がいじめられるのは嫌だとまごまごしていた卑怯で小心者のあたしとは大違い」
「……私、今、めちゃくちゃ褒められてます?」
今日まで知らなかったが、イザベラお姉様の私に対する評価はものすごく高いようだ。
「もうっ!」
イザベラお姉様は私に向かって手を伸ばし、そして私の両頬をつまんだ。
「にゃにすりゅんですか」
「ええそうよ! あたしはあんたが羨ましかったの! ずっとあんたみたいに生きたかったのよ!」
イザベラお姉様は開き直ったのか、本音を隠そうともせずに告げてきた。
まさかイザベラお姉様が私みたいに生きたいと思っているなんて、考えたこともなかった。
てっきり母親に売られた私のことを見下していると思っていたのに。
少しして私の頬から手を離したイザベラお姉様が、軽く咳払いをした。
「そういうことだから。これからはきちんと変装をしてから町に来なさいよ。可能ならもっと離れた地域で暮らしてほしいけれど、この付近に恋人がいるなら難しいでしょうし」
「…………私が今、どうしているかは聞かないんですか?」
「嫌よ。聞いたらまたあんたが羨ましくなりそうだもの」
私が羨ましくなる?
侯爵家で暮らしているイザベラお姉様が?
「私は今も、クランドル家での扱いと同じような扱いを受けているかもしれませんよ?」
私のことを羨ましがるイザベラお姉様への違和感が拭えずそう言うと、イザベラお姉様は鼻を鳴らした。
「今のあんたの姿を見て、誰がそう思うのよ。あたしの目は節穴じゃないわ」
イザベラお姉様は、私の首に光るネックレスを見ているようだった。
そういえばシリウス様の隣に並んでもおかしくないように、今日はおめかしをして町へ来ていたのだ。
「あんたはきっと、素敵な人に愛されているんでしょうね」
「えへへ。そういうイザベラお姉様は恋人いないんですか? もしくはもう結婚してたりします?」
軽い気持ちで聞き返してみると、途端にイザベラお姉様は顔を曇らせた。
「貴族の家に生まれた以上、政略結婚は覚悟しているわ。結婚は家のためにするのが当然って。でも……あたしだって恋がしたかったのよ」
「イザベラお姉様は、結婚が嫌なんですか?」
「貴族の娘は、好きな相手と結婚できるわけではないの。あたしの器量ならもっと上を狙える、なんて言って結婚を先延ばしにしてはいるけれど」
イザベラお姉様は今年、二十歳になったはずだ。
婚約者がいてもおかしくない。
それを先延ばしにしているということは、言葉通りにもっと上の相手を狙っているか、そうじゃなければ……。
「もしかして、好きな相手がいるんですか?」
「まあね。家族に隠れて付き合っているけれど、相手は貴族ではないから。あたしの結婚が決まったら別れないといけないわ」
イザベラお姉様は、隠しもせずにそう言った。
貴族ではない恋人とはいつか別れないといけないことを理解してはいるものの、なるべく長い期間を一緒に過ごしたいのだろう。
だからこそ、理由を付けて婚約を先延ばしにしているのだ。
「いろいろとしがらみがあるんですね」
「貴族の家に生まれた宿命だと割り切っているつもりでも、辛いものは辛いわね」
「……駆け落ちしちゃえばいいんじゃありません?」
私の短絡的な提案に、イザベラお姉様は首を振った。
「侯爵家にも相手の家にも迷惑がかかるわ。彼には仕事もあるし……って、どうしてあたしはあんたと恋バナをしているのよ。はあ」
そう言ってイザベラお姉様は、長い溜息を吐いた。
久しぶりに会ったイザベラお姉様は溜息ばかりだ。
「イザベラお姉様の恋バナは他の令嬢には話せない内容なので、胸の中にたまっていたんじゃないですか? ほら、私になら話しても今の話が広まることはありませんし」
私には人間の友人がいないからね!
噂を広めようにも、話す相手がいない。
自分で言っていて悲しくなってきたが、紛れもない事実だ。
「……あれから四年も経ったのに、あたしは何一つ変わっていないわ」
イザベラお姉様は、また長い溜息を吐いた。
「あんたを羨みながら、あたしは何も変われなかった。この人以外考えられないと思うほどの恋をしているのに、駆け落ちする勇気はなくて、ただ逃げ続けているだけ」
「誰でも嫌なことからは逃げるものじゃありませんか?」
「それが普通なのかもしれないけれど、あたしはこんな自分が大嫌いよ。大嫌いなのに、変わる勇気もない」
イザベラお姉様がこんな悩みを抱えていたなんて、考えたこともなかった。
いつも綺麗な格好をして、発言だって強気で、自分に自信があるように見えていたのに。
「人には人の悩みがあるんですねぇ」
「あんたには縁遠い悩みかもしれないわね。あんたは誰よりも豪胆だったから」
そしてイザベラお姉様は、その帽子はあげるわ、と言いつつ席を立った。
「あれっ!? 私の恋バナは聞いてくれないんですか!?」
「惚気を聞く気分じゃないの。あんたは愛し愛される相手と一緒になったんでしょ」
イザベラお姉様はまた私のネックレスを見て、今度は腕輪にも視線をやった。
腕輪もシリウス様から貰ったものだ。
「愛されてるだなんて、えへへ。しかもシリウス様は何でも出来ちゃう天才なんです」
「あっそ。どこの誰と付き合っているのかは知らないけれど、お幸せに。言われなくても幸せになるでしょうけれど、あんたは」
去ろうとするイザベラお姉様に慌てて声をかけると、イザベラお姉様は顔だけを私に向けた。
「なによ」
「あの、もし私に会いたくなったら、あっちの通りにある小さな店に来てください。回復薬とアクセサリーと魔法道具を売っている店です。気まぐれで営業しているので、たまにしか開いていませんが」
「はいはい」
あと、イザベラお姉様に言っておかないといけないことは……。
「イザベラお姉様」
「まだ何かあるの」
「お姉様もお幸せに」
「…………フン。ありがとね」