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第59話 町には人さらいがいると言っていましたね、そういえば


 イザベラお姉様が去った後、混乱した頭を冷やしたくなった私は、外の空気を吸いに行くことにした。


「お嬢様、どちらへ行かれるのですか?」


「外の空気を吸って来ます。すぐに戻りますので」


「では入れ違いで旦那様が戻られたら、そのようにお伝えしておきますね」


 店主の女性に頭を下げてから、店の外に出た。

 もう空は暗かったが、イザベラお姉様に貰った帽子を目深に被って歩く。


「私、イザベラお姉様に酷いこと……してないよね?」


 てっきりイザベラお姉様のことを意地悪な姉だと思っていたから、今までは私も酷い対応を……ん?

 そういえば私はイザベラお姉様のことを意地悪な姉だとは思っていたが、それ以上にちょろい姉だと思っていた。


「イザベラお姉様に対しては、酷い対応というよりも、褒めて調子に乗せていたような気がする」


 イザベラお姉様は褒めておけば大丈夫、くらいのテンションで接していた。

 だから私がイザベラお姉様に対してやったことと言えば、主におだてることだけだ。

 内心ではちょろいなんて思っていたが、結果的に良い対応をしていたのではないだろうか。


「よかったー! 復讐しようなんて考えなくてよかったー!」


「ご機嫌だね」


 安堵感から口を出た独り言に反応をされて固まった。

 シリウス様の声ではない。

 振り返ると、数メートル後ろに二人の男が立っていた。


「お姉さん、一人?」


「……どなたですか」


「一人で路地裏を歩くなんて、お姉さんは不用心だねえ」


 相手は私の質問には答えなかった。

 嫌な予感がしたため、片足を後ろに引いて、重心を落とした。


「どなたかと伺っているんですけど」


「名乗るほどの者じゃないさ。お姉さんが知る必要も無い」


「レディには自分から名乗るのが紳士だと思いますよ」


「俺たちは紳士ではないからなあ」


 笑顔を張りつけつつ尋ねたが、相手に名乗る気はないようだった。

 ふと「町には人さらいがいるから、シリウス様から離れないように」というリアの言葉を思い出した。


「それでも名乗ってほしいです。カッコイイお兄さんたちが誰なのか知りたくなっちゃったので」


「ハッ。この暗さじゃあ、カッコイイかどうか分からねえだろ」


 私がじりじりと後ずさると、男たちはその分近付いてくる。

 そしてついに。


「痛い目見たくなけりゃ大人しくしな!」


 男たちが距離を詰めてきた。

 私は向かってくる男たちに向けて、後ろに下げていた足を蹴り上げる。その勢いで、履いていた靴が男目がけて飛んでいく。

 同じように、もう片方の靴も別の男に向けて素早く飛ばした。


「痛っ、こいつ!」


 ひるんだ男たちが動きを止めた間に、くるりと向きを変え、全力で地面を蹴ってトップスピードで走り出す。


 先程の店に避難しようと思うものの、夜道を適当に歩いていたからここがどこだか分からない。

 だから私が目指すべきは、人の多い場所。大通り。明るい道。


 しかしどこへ行けば大通りに出られるのかが分からず、とにかく走った。

 すると、気付かないうちに裏通りの奥深くへと入り込んでしまったようだった。


「…………あっ」


 その上、向かった先にあったのは壁。つまり行き止まり。絶体絶命。


「手こずらせやがって!」


「とはいえ、ここまでだなあ」


 私に追いついた男たちが距離を縮めてくる。


「へえ。可愛い顔してるじゃねえか」


「大きな宝石の付いたネックレスや腕輪もしてるぜ。金になりそうだ」


 今や、着けているアクセサリーが見える距離まで男たちは迫ってきている。


 それにしても、シリウス様からもらったアクセサリーが狙われるなんて。

 何をされてもこれだけは死守しないと。


「こっちに来ないでください!」


 大声を出して牽制してみたが、効果は無い。


「こんな裏路地に来る奴はいねえよ。観念しな」


「そうそう。仮に誰か来たとしても、そいつはおこぼれを狙うハイエナだぜ」


 もうダメだ。

 そう思って目を瞑った瞬間。


「ぐはっ」

「うげっ」


 大きな音とともに、二つの短い呻き声が聞こえてきた。


「…………へ?」


 目を開けると、二人の男が地面に倒れていた。

 完全に伸びている。


「どういうこと?」


 あたりを見渡してみたが、私を助けに来てくれたヒーローらしき人の姿はない。

 ということは、勝手に転んで伸びたの? 二人同時に?


 私が状況を飲み込めずにいると、自分のはめている腕輪が光を放っていることに気付いた。


「もしかして、腕輪の防御魔法が働いたの?」


 ………………。

 これ、防御魔法じゃなくて攻撃魔法なのでは?


「二人とも気絶してるだけ、だよね?」


 不安になって確認すると、二人とも息はしているようだった。




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