「こんなところにいたのか」
二人をこのまま放っておいてもいいのか悩んでいると、聞き慣れた声が降ってきた。
「シリウス様!」
「いい子で待っているように言っただろう」
服屋に私がいなかったためか、シリウス様はご立腹だった。
「いろいろあったんです。シリウス様のいない間に」
イザベラお姉様と再会したり、イザベラお姉様が悪い人じゃなかったことが判明したり、男たちに追われたり、男たちを倒したり。
「……それよりも。この腕輪、防御魔法じゃなくて攻撃魔法が掛かってますよ!?」
「いいや。防御魔法で合っている」
「男二人を倒す魔法は、攻撃魔法ですよね!?」
「攻撃は最大の防御だ」
言わんとすることは分かるが、防御魔法の腕輪で攻撃魔法が出るのは話が別だ。
今回は相手が悪者だったからいいが、これではうっかり身内を傷付けかねない。
例えばリアが転んで私の上に倒れかかってきた際に今の魔法が発動したら、私の意志とは関係なくリアに大怪我をさせてしまう。
「こんな危険なものを気軽に渡さないでくださいよ」
「危険?」
「触れもせずに相手を気絶させる魔法は危険ですよ」
シリウス様が気絶している男たちをちらりと見た。
「こいつらは魔法で気絶したのではなく、魔法で飛ばされた先にあった壁に頭をぶつけて気絶しただけだろう。腕輪は襲ってきた相手を吹き飛ばして、そなたを守っただけだ」
「それを魔法のせいと言うんだと思います……」
どちらにしても、防御魔法にしては強すぎる魔法だ。
「ここまで強い魔法にしなくてもよかったのに」
「そもそも、その腕輪は何に使ったものか覚えているか?」
困惑する私にシリウス様が尋ねた。
「この腕輪は森での追いかけっこのときに渡されたものですが……それが今の状況と何か関係あります?」
「腕輪に掛かっている魔法が強い理由だ」
シリウス様の言いたいことが分からずに首を傾げると、シリウス様はさも当然のように答えた。
「追いかけっこの際にも話したが、この腕輪に掛かっている魔法は……森全体に掛かっている幻惑魔法、に勝つ、無力化魔法、に勝つ、防御魔法だ。強い魔法なのは道理であろう」
なるほどそれなら納得だ……とはならない。
これほど強い魔法の掛かった腕輪なら、軽く平民の年収を越える額で売買されるはずだ。
それを、あの遊びのためだけに作った!?
「分かったであろう?」
「はい。追いかけっこのためだけにこんなとんでもない魔法道具を作ったシリウス様に常識を求めても無駄だということが分かりました」
シリウス様といつものやりとりをしたことで張っていた緊張の糸が切れたのか、自分の足が痛いことに気付いた。
私が足を見たことで、シリウス様も私の足の状態に気付いたようだった。
「靴はどうした」
「あの男たちに投げつけました」
「靴は履くものであって、投げつけるものではないのだが……」
「緊急事態だったので、つい」
シリウス様は傷の状態を確認するために、私の足を何度も撫でた。
痛くて、くすぐったくて、心配されていることが嬉しくて、不思議な感覚だ。
「早く帰って回復薬をかけるとしよう。このままでは痛むだろう」
「そうだ、あの回復薬もおかしいですからね。絶対に擦り傷にかけるものじゃないですよね!?」
シリウス様の作る回復薬は、流通している回復薬とは比べ物にならないほどの効能がある薬だ。
深い傷に使うべきものであって、擦り傷ごときに使う代物ではないことくらい私でも分かる。
「今日のそなたは文句ばかりだな。ご機嫌斜めか?」
そう言いながらシリウス様が、私を持ち上げた。
いつものように俵担ぎ……ではなく、お姫様抱っこで。
「シリウス様!? これ、お姫様抱っこ!?」
「されたかったのであろう」
「いいんですか!? うわあ、夢みたい!」
喜んだのも束の間、私たちはすぐに転送魔法で城に到着し、ものの三分でお姫様抱っこは終わってしまった。
それでもシリウス様にお姫様抱っこで運んでもらったことが私を興奮させ、明け方になるまで全く眠ることが出来なかった。