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第63話 町こわい


「……で。どうしてシリウス様まで店にいるんですか? これでは私が店番をする意味がありませんよ」


 店番をする話をした数日後、晴れて私はシリウス様のお店で働くことになった……のだが、なぜか店内にはシリウス様がいる。

 これではシリウス様が自分で店を営業するのと大差ない。


「意味はある。そなたが接客をするのであれば、余は誰にも邪魔をされずに作業が出来る」


「わざわざ店内で作業をしなくても……」


 私が苦い顔をすると、シリウス様が呆れたように溜息を吐いた。


「はあ。そなたは世間知らずで困る」


「私、世間知らずですか?」


 ずっと城で暮らしていたから、多少は世間を知らないかもしれないが、世間知らずと形容されるほどではないと思う。

 しかしシリウス様は、そう思ってはいないようだった。


「上質な回復薬や大きな宝石の付いたアクセサリー、珍しい魔法道具が並んでいる店に、女性店員一人しかいなかったらどうなると思う」


「えっと……応援したくなる、ですかね?」


 店員一人でよく頑張っているね、と励ましてくれるような気がする。


 しかし私の発言を聞いたシリウス様は、額に手を当てて脱力していた。


「そなたはたまに、ものすごく愚かになるな」


「愚かって、どうしてですか」


 シリウス様は今や可哀想なものを見る目で私のことを見ている。


「高級店を女性一人で店番していたら、強盗が現れるに決まっているであろう」


「町こわい」


 強盗が現れるに決まっているの?

 強盗ってそんな気軽に現れるものなの?


「強盗も泥棒もたくさんいる。余もまさかあれほど悪党が町に溢れているとは思っていなかった。過去、店に侵入しようとした人間の数は両手では足りない」


「そんなにですか!?」


 強盗も泥棒も気軽に現れるものらしい。


「余が不在の間は、店に保護魔法をかけている。その保護魔法を破ろうとした人数だけでそんなものだ。保護魔法に気付いた時点で盗みを諦めた人数を含めると、もっとずっとたくさんの人間が盗みを働こうとしたことだろう」


「なるほど。世の中は、机に向かって勉強をしているだけでは分からないことだらけですね」


「余が店にいる間に現れた強盗もいた」


 なんと恐れ知らずな。

 強盗はシリウス様のことをよく知らないからこそ、そんな真似が出来たのだろうが。一般人とシリウス様では力量が違い過ぎる。


「その強盗はどうなったんですか。まさか殺……」


「余は暴力を好まない。着ている服を切り裂いて、裸で店の外に放り出しただけだ」


 割とえげつない撃退法だ。

 しかし再犯防止の観点で考えると、正解なのかもしれない?

 相手にものすごく恨まれそうだが。


「ところでそなたの姉には、何を贈るつもりだ?」


「急に話が飛びますね」


「そこまで飛んではいない。そなたは姉への礼を買うために働きたいのだろう?」


 シリウス様は私の考えを全部お見通しのようだ。

 確かにその通りなのだが……貰った賃金で何を買うかはまだ決めていない。


「無難にアクセサリー……あっ、恋人がいると言っていたので、指輪は避けた方がいいかもしれませんね」


 恋人の独占欲が強い場合は、指輪だけではなくネックレスも、自分が贈った以外の物をイザベラお姉様が着けることを嫌がるかもしれない。

 お礼の品がもとで、恋人との仲を悪くさせるなんてことはあってはいけない。


「そうなると、うーん……いきなりドレスを渡されても邪魔でしょうし、お菓子はこれまでのお礼にしては軽すぎる気もしますし」


 それに私ならお菓子で大喜びするが、イザベラお姉様はそうではないかもしれない。

 そういえばイザベラお姉様は、シルエットが綺麗だからとコルセットのきついドレスを好んで着ていた。

 お菓子のような太るものは、貰ってもかえって困るかもしれない。


「では、髪飾りはどうだ」


 いい案が思いつかず考え込んでしまった私に、シリウス様が最高のアドバイスをくれた。


「シリウス様は天才ですか!?」


「知っている」


「……シリウス様って、そういうことを言うタイプでしたっけ?」


「そなたの真似をしてみた」


 なぜかシリウス様は得意げにしている。

 そして真似をされた私もなぜだか嬉しくなってしまった。


「私たちって似たもの同士ですね! きっと相性ピッタリですよ!」


「……自分で天才を名乗るのは、やはり滑稽か」


 待って。急に冷めるのはやめてほしい。


「では、余は奥の部屋で髪飾りを作るゆえ、何かあったら呼ぶといい」


 シリウス様はそれだけ言うと、店の奥にある従業員用の部屋に引っ込もうとした。


「へ? イザベラお姉様に渡す髪飾り、シリウス様が作るんですか?」


「余は、その辺の店で売っている物の十倍は上質なものを作ることが可能だ」


「それは……その通りですね」


 この前町に来たときに、私は通りを歩きながらいろんな店を眺めていた。

 通りからでは店内の商品までは見えなかったが、店の外にも見えるように置かれている商品のいくつかは見ることが出来た。

 そのどれもが、シリウス様の作るものよりも劣っているように見えた。

 技術力の違いもあるだろうが、一番の理由は金銭面だろう。

 商売である以上「売れる商品」を作らなければいけない。いくら上質であろうとも、高額すぎて誰も手が届かないようなものを作ってもお金にはならないのだ。


 一方でシリウス様は商売のためにものを作っているのではなく、趣味で作ったものを、いわば聖女を見分ける原石を触らせるためのエサとして置いているだけだ。

 そのため商品が売れなくてもたいして困らない。売れなくて困ることと言えば、研究部屋が片付かないことくらいだ。


「では、今日の賃金は髪飾りで問題ないか?」


「いいんですか!?」


 町に不慣れな私でも、物の価値くらいは知っている。

 シリウス様の作る髪飾りが、店番一日分の給料ではとても買えないものだということも。


「いいも何も、労働に対する報酬だからな」


「ですが、さすがに働きと報酬が釣り合っていないと思います」


「あー……あれだ。従業員割引だ」


 従業員割引……割引した後の髪飾りと、私の労働が釣り合うということだろうか。

 髪飾りを九割引にでもしないと釣り合わないとは思うが……せっかくのご厚意だ。存分に甘えよう。


「頑張っていっぱい商品を売りますね!」


 私が力いっぱい宣言すると、シリウス様は満足した様子で奥の部屋へと消えてしまった。




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