店番をするにあたり、改めて店内を確認することにした。
商品の前には値札が置かれているから、この金額通りに売れば問題ないだろう。
値札の置かれていない店も多いという話を聞いたことがあるが、シリウス様が値札を置いている理由は何となく分かる。
値段を忘れるからだ。
何にでも適正価格というものがあり、それを大幅に下回った価格で商品を販売してしまうと、適正価格で販売している他店を潰すことになる。
見栄を張りたい一部の貴族は別として、同じ商品なら誰だって安く売っている店で買いたいものだ。
商品を安く売ることで他店から客を取ってしまうと、客を取られた店で働く者の生活は苦しくなってしまう。
それはシリウス様の望むところではないはずだ。
しかし逆に値段を高くし過ぎると、店の敷居が高くなり、気軽には入れない店になってしまう。
聖女を見分ける原石を触ってほしくて店を出したのに、それでは本末転倒だ。
そのため商品には適正価格を付けるべきなのだが、そこで出てくる問題は、シリウス様自身が物の価値に頓着がないことだ。
適正価格と思しき金額を書いておかないと、すぐに適正価格を忘れてしまうのだろう。
「…………あれ。私って、シリウス様マスターかな?」
すべて憶測だが、大きく外れている気はしない。
私の知るシリウス様はそういう男だ。
店内の商品と値札を確認してから、シリウス様のいる店の奥の部屋をノックした。
「なんだ。もう問題が起こったのか?」
「問題は起こっていませんが、確認したいことがありまして」
私は商品棚に置かれていた回復薬と値札を見せつつ、質問をした。
「回復薬だけ相場よりも安い気がしますが、いいんですか?」
私の知識はあくまでも本で得たもののため、現在は相場が変わっている可能性もあるが、それにしても安いと思う。
いや金額的には決して安くはないのだが、あのレベルの回復薬なら、交渉次第で家一軒を差し出す貴族もいるだろう。
しかしそこまでの金額には設定されていない。
「この町で売られている一番高級な回復薬よりも高い金額に設定しているから問題ない」
「それでも安いんですよ。だって回復薬の質が段違いですから」
やっぱりシリウス様は他店をリサーチして商品価格を決めていたらしい。
しかし、どう考えても回復薬の価格がおかしい。
町で一番高級な回復薬がどの程度の効能のものかは分からないが、一つだけ分かることがある。
それは、シリウス様の作る上質な回復薬が、平民の手の届く価格であるはずがないということだ。
「こんな価格で売っていたら、悪い人に転売されますよ」
「そうならないよう、お一人様一つ限りと書いてある」
「そりゃあ、書いてはありますが……」
抜け道などいくらでもある気がする。
変装して来店したり、別人におつかいを頼んだり……まずシリウス様がいちいち客の顔を覚えているとは思えない。客に初めて回復薬を買うと言われれば、鵜呑みにしてしまいそうだ。
シリウス様は私のことを世間知らずだと言ったが、私からするとシリウス様の方が危なっかしく見える。
だってシリウス様は、あまりにも善性の生き物だから。
悪意に満ちた人間たちの中で生きていくには、心が綺麗すぎる。
「この店で回復薬が売れても、他店の回復薬が売れなくなることはあるまい。人間は弱いからすぐに傷を作る」
「そうかもしれませんが……」
「あと回復薬は、魔法道具のように保存がきかない。効能の高いうちに使ってもらった方がいい」
「そうなんですか?」
私が怪我をするとシリウス様はすぐにあの回復薬をかけるが、効能が消えるのならその前に使うのは理にかなって……いやさすがに擦り傷に家一軒買える回復薬を使うのはおかしくない!?
いくら効能が落ちるとは言っても、放っておいても治る擦り傷にあの回復薬を使うのはどうだろう!?
「この回復薬を作るために、相当高価な薬草を使用してますよね?」
「確かに高価な薬草ではあるが……庭のビニールハウス内に大量に生えている。むしろ育ち過ぎて困っている」
「なんで!?」
回復薬に使う薬草は、栽培が難しいはずだ。
さらに回復薬は大量の薬草から少量しか精製出来ないからこそ高価なのだ。
それが、育ち過ぎて困っている!?
「いつだったか戯れに、薬草に与える肥料に余の魔力を混ぜてみた。すると、薬草がすくすくと育ち過ぎるようになった」
「戯れに……」
「もちろん肥料はあのビニールハウス内でしか使っていない。あの肥料を与えた薬草が野に放たれると、生態系を壊す恐れがあるからな」
戯れにとんでもないものを生み出している割に、変なところで真面目だ。
「もう無料で回復薬を配ってしまおうかとも思ったが、さすがに他店が困ると思い、こうして細々と売っている。一般の回復薬と比べて上質なのは、一つの回復薬における薬草の使用量が通常の倍だからだろう」
「どれだけ育ち過ぎてるんですか……」
「ひと月ほど収穫しないで放っておくと、ビニールハウスが破裂する」
もはや雑草以上の逞しさだ。
それでも一つの薬草から抽出できる回復薬の量を考えると、貴重なことには変わりない。
「収穫した薬草は、たまに料理にも混ぜている」
「なんで!?」
「身体に良さそうであろう? ピーマンやほうれん草など、緑色の野菜は大抵が身体に良いからな」
貴重な薬草を野菜と同等に扱うとは。
シリウス様らしいといえばシリウス様らしいが、薬屋が聞いたら泣き出しそうだ。
「定期的に薬草を食していたおかげで、そなたは風邪一つ引かないであろう?」
「私は最初から身体が強いんですよ。回復も早いですし」
「人間の回復力など、大した個体差はないと思うぞ」
「実際ジャンに殴られても次の日にはケロッとしてましたからね、私! ……って、私のことはいいんですよ。身体に良さそう、などという不確かな理由で薬草を料理に混ぜるのはよくないと思います」
シリウス様は少し考えてから、別の切り口で薬草を食す利点をあげた。
「……あの薬草、美味だったとは思わないか?」
シリウス様は、貴重な薬草を最高に無駄遣いしているようだ。