シリウス様目当ての女性が帰ったことに安堵していると、すぐに別のお客さんが店にやってきた。
「いらっしゃいませ」
「やっと営業中に来れたぜ」
やって来たのは男性と女性の二人組だった。
男性の方は筋肉が服の上からでも分かるほどの屈強な見た目だ。
この人が強盗だったら太刀打ちできないな、と失礼なことを思いつつ、営業スマイルで対応する。
「何かお探しですか?」
「この店にものすごい効果の回復薬が売っていると聞いて、営業するのを待ってたんだ」
「ああ。この店は気まぐれ営業ですからね」
店の営業が不安定にもかかわらず、シリウス様の作る回復薬は噂になっていたらしい。
「回復薬を見せてくれ!」
男性は待ちきれないとばかりにそう言うと、私に頭を下げてきた。
屈強な見た目から、もしかすると怖い人かもしれないと考えてしまった自分が恥ずかしい。
その間、女性は黙って男性の後ろに隠れるように立っていた。
この女性は人見知りなのかもしれない。
「頭を上げてください。これが回復薬です」
私はすぐに商品棚から回復薬を見つけ出し、男性に手渡した。
「………………」
「いかがしましたか?」
「どうして回復薬がジャムの瓶に入ってるんだ?」
「どうしてでしょうね……」
やっぱりそこが気になるか。
中身は間違いなく上質な回復薬なのだが、入れ物がジャムの空き瓶。
シリウス様らしいといえばシリウス様らしいのだが、見た目に頓着しなさすぎだ。
これではお隣さんに渡すおすそ分けの手作りジャムにしか見えない。
「中身は上質な回復薬なのでご安心ください」
「う、うーん……すごい回復薬だと聞いていたが、これは……信じていいものなのか? 俺は騙されているのか?」
その気持ちはよく分かる。
私だって他人にこの状態の回復薬を渡されたら、使うことを躊躇する。
「今度からそれっぽい瓶に入れるように伝えておきます」
「……うーむ、どうしたものか」
回復薬を買う気満々で店に来ていた様子の男性は、ジャム瓶入りの回復薬を見て迷っているようだった。
「どの傷に使いたいんですか?」
「俺じゃないんだ。妻が顔に傷を作って落ち込んでいて……外に出るときもこの通り、スカーフで顔を隠して誰とも話さなくなってしまったんだ」
店に来てからずっと黙ったままの女性の肩に、男性が手を置いた。
なるほど。女性が先程から一言も喋らないのは、そういう理由があったのか。
「妻に元気になってほしくて回復薬を探してるんだ。俺は顔の傷なんか気にしないが、妻は気が滅入ってしまったみたいだから」
「仕方ありませんよ。女性にとって、顔の傷は一大事ですから」
「みたいだな。だから、変な薬を塗って傷を悪化させるわけにはいかないんだよ」
とっても良い人だ!
最初に、もし強盗だったら勝てない、とか考えてごめんなさい。
でも、良い人だからこそ、ジャム瓶入りの怪しい回復薬を買うか慎重になっているのだろう。
万が一にも奥さんの顔に変な薬を塗って傷を悪化させてしまったら、元気になるどころかさらに落ち込ませてしまう。
そういう事情なら、なおさら他店の回復薬よりもシリウス様の作った上質な回復薬を使ってほしいところだが……私から見ても、ジャムの瓶に入れられた回復薬は胡散臭さを感じる。
なんとかして回復薬の効果を信じてもらう方法はないものだろうか。
「…………そうだ! お兄さんの身体に傷はありませんか!?」
今は服を着ているため見えないが、この男性はきっと身体中に傷があるはずだ。
ここまで屈強な身体つきなら、軍人である可能性が高い。
それに回復薬を渡す際に、男性の手のあちらこちらが何度もマメが潰れたせいで固くなっていることを確認した。
「俺の傷? ここに切り傷があるけど、それがどうした?」
男性が腕まくりをすると、腕には大きな傷跡が残っていた。
かなり前に出来た傷のようで、もう痛みは無さそうだが……こういった傷にもシリウス様の回復薬は効くのだろうか。
……考えても分からないので、とりあえず試してみよう。
「よっ、と。これが一番小さい瓶かな?」
私は商品棚から一番小さい瓶を手に取った。
回復薬の中身はどれも同じもので、量によって価格が決められている。
万能すぎるがゆえに、用途によって薬の種類を分ける必要がないのだろう。
「見ててくださいね」
私は瓶のふたを開けると、男性の腕の傷に回復薬をかけてみた。
すると、みるみるうちに傷が薄くなっていく。
ついには傷があったことさえ分からなくなってしまった。
「傷が消えたぞ!? 古傷なのに!?」
シリウス様の回復薬が古傷に効くかは賭けだったが、私は賭けに勝ったようだ。
「これで回復薬の効果はお分かりいただけましたか?」
「もちろんだ。こんな回復薬は見たことがない! ぜひ売ってくれ!」
男性は一番大きな瓶に入った回復薬を購入すると、ご機嫌な様子で店を後にした。
少し後ろから男性についていく女性は、店を出る直前、私に向かって深々とお辞儀をした。
「またのお越しをお待ちしております」
うん、労働って気持ちが良いかも。