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第67話 良いニュースと悪いニュース


 シリウス様の作業部屋の扉を開けた私は、開口一番、二択をせまった。


「シリウス様。良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいですか?」


「ほう。この短時間で二つもニュースがあるのか」


 私の言葉を聞いたシリウス様が口角を上げた。


「では、良いニュースから聞くとしよう」


「回復薬が売れました」


 良いニュースの方は躊躇する必要が無いため、さらりと告げた。

 むしろ早く伝えて、シリウス様に褒めてほしかった。


「なんだと。まだ開店して少ししか時間が経っていないはずだぞ」


「でも売れたんです。一番大きな瓶の回復薬が」


 一番大きな瓶と聞いて、シリウス様はさらに驚いているようだった。

 きっとこれまで、大きな瓶の回復薬はほとんど売れていないのだろう。

 それはそうだろう。だってあのジャムの瓶に入った胡散臭い回復薬を見て、一番大きな瓶を選ぶ猛者はなかなか現れないはずだ。


「そなたには商才があるのかもしれんな。誇るといい」


 シリウス様は心底驚きつつ、私を褒めてくれた。

 嬉しい。頑張って良かった。


「……で、この短時間で起こった悪いニュースとは?」


 もうそっちに行っちゃいます!?

 個人的にはもう少しだけ褒められた余韻に浸りたかったが、悪いニュースを報告しないわけにもいかない。


「シリウス様の回復薬が怪しい薬じゃないかって疑われたので、試しに回復薬をかけちゃいました。ダメでした……よね?」


 いくら薬草がたくさん採れると言っても、回復薬を抽出するためには大量の薬草を必要とする。

 しかもシリウス様の作る回復薬は通常の二倍の回復薬を使っているらしい。

 さらにシリウス様は何も言っていなかったが、回復薬を作るためには、相当の魔力と技術が必要になる。

 希少性から考えても、作成技術から考えても、市場の需給から考えても、回復薬はとても貴重なものなのだ。


 それを許可無くお客さんに使ってしまった。

 他店で買った回復薬を使用して奥さんの傷が酷くなったら可哀想だから、という私の個人的な感情で。

 叱られるべき案件だ。


 そもそもたとえ回復薬が貴重なものではなかったとしても、店の商品を勝手に使用してはいけないことくらい、店番が初めての私でも分かる。

 分かるのに……やってしまった。


「ふむ。実際に回復薬の効果を見せると売れるのか」


「売れましたね……」


 しかしシリウス様は、そんなことなどまるで気にしていないようだった。

 私に回復薬を使用されることは、シリウス様にとっては些細なことなのかもしれない。

 でも…………全く叱られないのは、それはそれで困る。

 教育によくない。


「では先ほど使用した一瓶は試供品とする。販売の際にそなたが自由に使用するといい」


「あの……私が言うことではないのは百も承知なのですが、悪いことをした際には叱ってください。甘やかされると良くない人間に育ってしまうので」


 シリウス様はあごに手を当てて少し考えてから、口を開いた。


「悪いことをしたと自分で分かっているのなら、自らを叱ればいいであろう。わざわざ余に叱る手間をかけさせてどうする」


 うわあ。ものすごく人間の出来た人の意見だ。

 自分に厳しく出来る人の考えだ。


 そして自分を厳しく叱るのは難しいことなのに、出来て当然と言いたげだ。

 ……帰ったら、罰としてお城の外壁を掃除しようかな。


「勝手に店の商品を使ってごめんなさい」


 私が謝罪をすると、シリウス様は少し心配そうな顔をした。


「くれぐれも他店では勝手に商品を使用しないように。捕まるからな」


「はい。肝に銘じます」


 普通なら、自分が働いている店の商品も勝手に使用してはいけないのだが……シリウス様に普通を求めても無駄なのだろう。

 とはいえ、いくらシリウス様が許しても、良くない行為には違いない。

 ……外壁の掃除、しばらくは毎日やろうかな。

 城の中は綺麗なのに、外壁は蔦が絡まってすごいことになってるし。


「しかし余の回復薬が怪しい薬と疑われるのは心外だ。ここが純粋な薬屋ではないからだろうか」


「ジャムの空き瓶に入っているからだと思います」


 この店が薬屋ではないせいも多少はあるだろうが、そんなことを吹き飛ばすほどのジャムの瓶の胡散臭さ。

 ちなみにどの瓶にも見覚えがある。

 城で使っていたジャムだ。

 主にシリウス様が城を長期不在にする際に、城に残された者たちはパンにジャムを塗ったお手軽な朝食を食べていた。

 その際のジャムが入っていた瓶が、ここで再利用されている。


「客が欲しいのは、容れ物ではなく中身の回復薬であろう?」


「容れ物も込みで『商品』だと思います」


 私の意見を聞いても、シリウス様はピンと来ていないようだった。


「どの瓶に入れたとしても効果は変わらない。大事なのは中身だ」


「信憑性が変わるんです」


 シリウス様の言っていることはもっともで、大事なのは中身の回復薬だ。

 しかし、そこまで割り切れる人は少数派だろう。

 中身が同じでも、高級そうな瓶に入っていれば高級な薬に見えるし、変な瓶に入っていれば胡散臭い薬に見える。


「信憑性……外側を飾り立てたとしても回復薬の効果は変わらないのに、か?」


「そういうものです」


「そういうものか」


 シリウス様は難しい顔で、人間とはここまで本質を見ないものなのか、いつまで経っても人間は飾り立てた外見ばかりを見て大切なものを見ようとはしない、と頭を抱えている。


 …………うん?

 今の話って、そんな深刻な顔で考え込むことだった?

 回復薬をジャムの空き瓶に入れるのはやめましょう、というだけの話なのだが。


「あのー、回復薬を綺麗な瓶に入れてもらえれば、すべて解決すると思います」


「ああ、そなたの意見はよく分かった。これからは回復薬っぽい瓶に回復薬を入れることにしよう」


「お願いします」


 どうかシリウス様の思う回復薬っぽい瓶が、誰から見ても回復薬っぽい瓶でありますように。

 シリウス様のズレた感性が出ませんように。


 私はこっそり、そう祈った。




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