店にやってきたイザベラお姉様とアンドリューさんを、さっそく中央のテーブルへと案内する。
店の中は、商品棚が端に追いやられ、真ん中にテーブルと椅子が置かれたままの状態だ。
「イザベラお姉様、お待ちしておりましたー!」
「こんなときなのに店を開けていたのね」
「いいえ? イザベラお姉様が店に来たので、飛んできたんですよ」
だからこそ、店内はこの前イザベラお姉様とアンドリューさんが来たときの配置のまま、維持されている。
店内のこの状態が、今日まで店を営業をしていない証だ。
「…………どうしてあたしが来るって分かったのよ」
「あー、何と言いますか、うーん……勘?」
本当はシリウス様が水晶玉で監視していたからだが、監視されていると知って良い気のする人間はいないだろう。
「勘だけで、町にある店まで来ないでしょ。ずいぶんと遠いんだから」
「遠い?」
「あの人と一緒に住んでいるなら、惑わしの森で暮らしてるんでしょ、あんた」
「何で知ってるんですか!?」
私が驚くと、イザベラお姉様は私が驚いていることに驚いている様子だった。
「何でって、『惑わしの森の死神の唄』は有名じゃない」
「私は城で教わるまで知りませんでした……」
そんなに有名な歌だったのか。
そういえばシリウス様も私が『惑わしの森の死神の唄』を知らないことに驚いていたし、城にいる全員がその歌を歌えるようだった。
「とにかく。そんな場所からここまで来るのは大変なはずよ」
「いいえ? シリウス様の魔法で一瞬ですよ」
「さすがにそんな長距離移動を簡単には出来ないでしょ」
「簡単みたいですよ。杖を振ってちょちょいのちょい、って感じでここまで飛んできました」
「……便利すぎて、いっそ腹が立ってきたわ。あたしとアンディーは水浸しの町を必死に歩いてきたのに」
ちょうど名前が出たところで、アンドリューさんが話に参加してきた。
「まあまあ。話が進まなくなるから、魔法の話は一旦横に置いておこう」
「あっ! 婚約おめでとうございます!」
私はイザベラお姉様とアンドリューさんを交互に見てから、拍手をした。
「だからどうして知ってるのよ!?」
「おめでたいことなんですから、細かいことは気にせずに」
「細かくないわよ! あんたねえ……」
「これを受け取れ」
イザベラお姉様は何かを言おうとしていたが、突如シリウス様から渡された大きな箱に遮られた。
箱の中にはたくさんのアクセサリーが、それはもう乱雑に入れられていた。
「えっ、なに? アクセサリーがいっぱい」
「シリウス様、婚約祝いを用意してたんですか!? 意外と気が利くんですね」
「意外って言っちゃうのね。クレアあんた、気が利かないとかデリカシーが無いって言われるでしょ?」
イザベラお姉様は私の発言を聞いて、呆れているようだった。
「婚約祝いは思いつかなかった。気が利かず申し訳ない」
「これ、婚約祝いじゃないんですか?」
「これは、聖女を買収しようと思って準備したものだ」
「……その思惑は、本人に言うことではないと思います」
イザベラお姉様はシリウス様の発言を聞いて、シリウス様にも呆れているようだった。
「これでは足らぬのか?」
「量の話はしていません」
「ではセンスが悪かっただろうか。町で流行りのアクセサリーを参考に作ったのだが」
「センスの話もしていません」
「では……」
イザベラお姉様は私に近付くと、シリウス様に聞こえないように私の耳元で囁いた。
「ちょっとクレア。あんたいつもこの人と会話のキャッチボールが出来てるの!?」
「ふんわりとなら」
「あんたでも、ふんわりとなのね」
「聖女よ、このドレスも贈ろう。買収したら気が変わることもないだろうから」
内緒話をするイザベラお姉様に、シリウス様がさらにドレス手渡そうとしてきた。
水晶で見た限りでは、イザベラお姉様は聖女を引きずり降ろす作戦に乗ってくれそうだったが、万が一にも「やっぱりやめる」と言われないようにしたいのだろう。
シリウス様は、宝石やドレスを贈って買収することで、イザベラお姉様の逃げ道を塞ごうとしているのだ。
「あのですね、本人に買収買収言うのは下品だと思いますよ」
「なんだと……このドレスは下品なデザインだっただろうか」
「デザインの話はしていません」
「ああ、サイズのことなら心配いらない。いつでも調整を引き受けるつもりだ」
「サイズの話もしていません」
イザベラお姉様は疲れた様子で、私のことを見た。
「クレア、あんた……この人と、ふんわりとでも会話のキャッチボールが出来るのはすごいわ」