「娘さんを僕にください!」
「平民ごときにイザベラをやるつもりはない」
「僕は娘さんのことを誰よりも愛しています。絶対に幸せにします」
「寝言は寝て言え!」
お父様に追い出されたアンディーは、しかし落ち込んではいなかった。
なぜなら、これが初めてではないからだ。
「今日で何度目だっけ?」
「毎日通っているから三度目だな」
アンディーは、あたしにプロポーズをした日から毎日、侯爵家に通っている。
最初はアンディーのことを殴り飛ばしていたお父様も、三度目ともなるとまともに相手にすらしない。
ただしアンディーを相手にしない代わりに、あたしへの監視が厳しくなった。
とはいえ、これまでにもアンディーとこっそりデートをしていたあたしには、いくらでも屋敷を抜け出す方法がある。
具体的には、使用人にお金を握らせるだけでいい。
「お父様はあたしを良い家門に嫁がせて、のし上がろうとしているから」
「今だって貴族なのに、娘を利用してのし上がろうとするなんて」
「貴族の娘に生まれた宿命よ。それにお父様の野心は留まるところを知らないのよ。今回の大雨も何かに利用できないかと画策しているし」
あたしの言葉に、アンディーは眉をしかめた。
「災害を利用するだなんて……貴族はみんなそうなのか?」
「ノブレスオブリージュの精神で、災害で困っている平民を助けることが貴族の義務だと考えている貴族もいると思うわ。ただ、お父様はそうではないというだけ」
身内ながら恥ずかしい限りだけれど。
「曲者っぽいな……いや、ごめん。イザベラの父親なのに」
「別にいいわ。私もその通りだと思うもの」
だからアンディーとの結婚は、一筋縄ではいかないと思っていた。
お父様が易々とあたしという手駒を手放すわけはないから。
「でも少しずつ態度が軟化しているとは思わないか? このまま通い続ければ……」
「いいえ、もう時間切れよ。お父様の良い返事を待っている間に町が壊滅したなんて、目も当てられないもの」
アンディーはお父様の態度が軟化していると言ったが、あたしの目にはお父様がアンディーを相手にしなくなったようにしか見えない。
このまま通い続けたとしても、すぐに結果は出ないだろう。
その間に何人の死者が出るかは考えたくもない。
「筋を通したいというアンディーの気持ちは嬉しいけれど、この辺で見切りをつけるべきね」
「そうか……状況が状況だしな」
この三日の間に、あたしとアンディーは身辺整理を行なった。
作戦に参加してしまうと、もう元の生活には戻れないからだ。
あたしは最後に友人たちと会い、アンディーは仕事を辞めた。
この時期に仕事を辞めるのは大変だったようだが、なんとか辞められたようだ。
円満に辞められたのかどうかは分からないけれど。
「イザベラのご両親からも結婚を認められたかったんだがなあ」
「もし結婚を承諾されたとしても、作戦に失敗したらお父様はあたしを見捨てるわ。だから認められることにあまり意味はないの」
「見捨てるって……家族だろ?」
「お父様は曲者なのよ。たとえ家族であっても、油断の出来ない相手なの」
悲しいけれど、お父様があたしを見捨てる様子が目に浮かぶ。
お父様はそういう人間だ。
「そんな関係、寂しくないか?」
「そうね。寂しい関係だと思うわ」
ずっとこうだったから、これが普通の親子だと思っていた。
けれどアンディーの家へ行って、それが違うことを知った。
「でもね、そういう関係だからこそ、あたしは作戦に乗る決心がついたのかもしれないわ。二度と家族に会えなくなる可能性の高い作戦に、ね」
もしも仲良し家族だったら、家族への未練で作戦には参加しなかっただろう。
作戦に成功しても失敗しても、侯爵家にはいられないのだから。
「アンディーの家はどうなの? 家族仲は良さそうだったけれど」
「ああ。愛する人のために行動したいって言ったら、背中を押してくれたよ」
結婚を承諾してもらうために、あたしはアンディーの家に行った。
するとアンディーの家族はあたしのことを歓迎してくれた。
あたしたちが駆け落ち同然で結婚することを知らないのかとも思ったけれど、そのことはアンディーが前もって話してくれたらしい。
それなのに歓迎されて、あたしは訳が分からなかった。
「あたしはアンディーの家族から、アンディーを奪おうとしている張本人なのに」
「俺が幸せになってくれればそれでいいんだってさ」
ビックリするほどいい人たちだ。
だからこそ、申し訳が無さすぎる。
「あたしのせいで……アンディーに仕事を辞めさせて、町を去るかもしれない状況に追い込んで、さらに最悪の場合は処刑よ。どう謝ればいいのか分からないわ」
「イザベラのせいっていうのはおかしいだろ。この状況を作ったのはイザベラじゃない」
「でも……」
「大雨が止まなかったら俺の家族だって危険なんだ。イザベラが負い目を感じる必要は無い」
このまま雨が降り続いたら、次の犠牲者はあたしたちの家族かもしれない。
それはその通りだ。
「ありがとう。あたしも家族を死なせたくはないわ……あんな家族でも、あたしの家族だもの」
「あんなって……少なくとも妹さんは良い子そうだったじゃないか」
「あたしがあの子の家族を名乗っていいのかは迷うところだわ。あたしは姉らしいことをしてこなかったから」
「だからこれからするんだろ?」
アンディーが元気づけるようにあたしの肩に手を置いた。
「……そうね、そうよね。今のあたしには、姉らしいことをするチャンスがあるのよね」
今度こそ、クレアに姉らしい姿を見せないと。
あの子の期待に応えてあげないと。
それが、あの子を辛い状況から救ってあげられなかったあたしの、せめてもの償い。
「しかも、ついでに世界も救えちゃう」
あたしとアンディーは顔を見合わせて笑った。
こんなことが言えるのは、きっと世界であたしだけだ。
「さあ、あの店へ行きましょう。早く返事をしないと」
「町がこんな状態なのに店は開いてるかな」
「行ってみないと分からないわ。どちらにしてもあの店以外にクレアたちとコンタクトを取る方法が無いもの」
さあ、いっちょ世界を救ってやろうじゃないの!