【side ルーベン】
まったくもって変な状況だ。弟の手下に暗殺されかけ、森で力尽きたら、老婆と添い寝をすることになった。
こんな体験をしているのは、今この世で俺だけだろう。
隣で眠る老婆を見た。
老婆からは、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてくる。
結局俺は昨晩老婆と同じベッドで眠ることになった。
病人が床で寝ることも、老婆が床で寝ることも、好ましくないという話になった結果、こうなってしまったのだ。
祖母が今も生きていたら、こんな感じだったのだろうか。
丸まった背中は小さく、肌は透き通るように白く、銀の髪はツヤツヤサラサラで……あれ。
昼間の老婆はもっとしわくちゃで、髪もパサパサだったような気がする。
俺は上体を起こし、老婆の身体を乗り越えるようにして顔を見た。
そして……叫び出しそうになる自身の口を慌てて押さえた。
そこにいたのは老婆ではなく、若い女だった。
若い女が先程まで老婆の着ていた服を着て、身体を丸めて寝ているのだ。
それに女の顔には見覚えが無いはずなのに、妙な懐かしさがある。
「どういうことだ!? 俺が聞いた若い女の声は、気のせいじゃなかったのか!?」
しかし何故この女は老婆に変装をしていたのだろう。若い女のままだと俺に襲われると思った?
……そんな馬鹿な。これだけの大怪我をしているのに、女を襲う元気があるわけがない。
元気があったところで嫌がる女を襲うのは俺の趣味ではない……が、この女は俺の嗜好など知らないからこれは関係ないか。
とにかく、俺に襲われるから変装したというのはおかしな話だ。
とすると、考えられるのは……この女は逃亡中の身か?
いや、それもどうだろう。逃亡中に森で倒れている俺を助けるだろうか。
イマイチしっくりこない。
「…………うう……ん……」
女が寝返りを打った。
変身魔法が解けていることには気付かず、呑気に寝息を立てている。
「城に帰ったら調べさせるか」
気になることだらけだが、今の俺に出来ることは何も無いと判断し、俺は再び布団に身体を潜り込ませた。
* * *
「若者よ、よく眠れたかい?」
朝食の良い香りで目覚めると、鍋をかき回す女は老婆の姿に戻っていた。
いや、戻っていたというのは違うか。元々の姿は若い女の方なのだから。
「……あれ。どうして俺は、あっちが本当の姿だと知って……?」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何でも」
理由は分からないが、この女が自分の正体を隠そうとしていることは確かだ。
それならば、昨夜見たことは言わない方が良いだろう。
「さあ、豆と木の実のスープが出来上がった。たんとお食べ」
女は完成したばかりのスープを木でできたテーブルの上に置いた。俺と自分の二人分だ。
「城に戻ったら、必ずあなたにお礼をします」
「礼が欲しくてお前さんを助けたわけではない。変な気は回さぬことじゃ」
「では何か困っていることはありませんか? 俺に出来ることなら何でもします」
「怪我人に出来ることなど、早く回復することだけじゃよ」
「ですが……」
俺が食い下がると、女は思い出したようにある提案をした。
「では来月の王城のパーティーを、わしのような平民でも入れるようにしてはくれないかい?」
王城に誰でも入れるように……は、現実的に考えて無理だろう。防犯面で問題がありすぎる。
しかし命の恩人の頼みだ。なるべく叶えたい。
「どうにか平民でもパーティーに出られるように取り計らいます」