パーティーで忙しいため、誰も通りかからない廊下の端。
目的の場所に辿り着いた私は、魔術師の出現を待った。
「魔物の出現で城内がパニックになるのが今から十分後。召喚を始めるとしたら、そろそろかしら」
私が息を殺して待っていると、廊下に一人の魔術師が現れた。
召喚魔法を唱え始めた男に向かって、拘束魔法を放つ。
「ぐはっ!? 何が、起こった!?」
拘束魔法を受けた魔術師は、床に芋虫のように転がった。
ちなみに男と会話が出来るように、首から上は拘束していない。
「ただの拘束魔法よ。これから私のする質問に正直に答えるなら命だけは助けてあげる。魔物は召喚させないけどね」
私は床に転がる男の後ろに立った。
今はまだ目視不能の魔法が効いているが、話しているうちに解ける可能性があるからだ。
顔を見られることは極力避けたい。
「誰だ。王城の者か?」
「あなたは知る必要のないことよ」
そう言って男の身体の上に足を置く。
力は入れていないが、私が男を踏みつけている状況だ。
「私のことは、あなたの命を握っている人物とだけ思ってくれればいいわ」
私が静かな声で言うと、男は状況を正しく理解したのだろう。従順な様子を見せた。
「……分かった。質問に答えよう」
「ありがとう。賢い人は好きよ」
男の身体から足を下ろして、質問を投げかける。
「あなたは単独犯? それともどこかの組織の者?」
「それは言えない」
従順になったと思ったら最初の質問でこれだ。
私は靴の先で男の身体を軽く蹴った。
「殺されたいようね」
すると男は諦めたように、溜め息交じりの声を出した。
「俺には、組織のことを言おうとした瞬間に死ぬ魔法が掛けられている」
「……まあいいわ。じゃあ次の質問」
男の言葉が嘘か本当かは分からないが、きっとこれ以上聞いても何も言わないだろう。
それなら切り替えて別の質問をした方がいい。
「王城に魔物を放とうとした理由は?」
「魔物の退治で、『聖女の慕情』の能力を消費してほしかったからだ」
「『聖女の慕情』の能力? それは何?」
これまでの人生で聞いたことの無い単語だ。
しかし『聖女の』と付いているからには、聖女に関わる何かなのだろう。
「『聖女の慕情』は、聖女の持つ能力の一つだ。この国に聖女が現れたという情報が入ったから、早急にその能力を消費させる必要があった」
能力を消費させると言っても、これまでの人生で私は王城に現れた魔物を聖力で浄化している。
『聖女の慕情』なんて能力は使ったことがない。
「そんな能力を使わなくても、聖女は魔物を聖力で浄化出来るわ」
私の言葉を聞いた男は拘束されて圧倒的に不利な状況にもかかわらずクックッと笑い出した。
「何がおかしいのよ」
「あんた、何も知らないんだな。『聖女の慕情』は、聖女がたった一人の最愛の人に与える能力のことだ。だからこの能力を持っているのは、聖女自身ではなく聖女の身近な誰か。大半が聖女の夫らしいがな」
「……『聖女の慕情』について、もっと詳しく教えて」
「『聖女の慕情』は聖女の持つ祝福の一つで、『聖女の慕情』を与えられた人物は、生涯に一度だけ、どんな願いでも叶えられる能力を得る」
どんな願いでも?
生涯でたった一度だけとはいえ、反則級に強力な能力だ。
「この話は一般には知られてないから、聖女の夫が『聖女の慕情』に気付く前に、危機的状況を作って適当な何かを願わせて能力を消費させたいと考えてる。組織は危険因子が嫌いなのさ」
「だから王城に魔物を放って、『聖女の慕情』持ちの人に能力を消費させようとしたのね」
「そういうことだ。『聖女の慕情』持ちが城にいるかは分からないが、聖女は王家に囲われることが多い。城内にいる可能性は高いだろう」
私自身、『聖女の慕情』を与えた意識は無いが……過去の人生で与えているとしたら、相手は間違いなくルーベンだ。
もしかして、一度目の人生で起こった火事。あのときの犯人の狙いは私ではなく、炎をルーベンの『聖女の慕情』で消火させることだったのかもしれない。
しかし、ルーベンが願ったのは消火ではなかった。
とはいえ消火を願わなかったルーベンのことを薄情とは思わない。自分にそんな能力があると知らなかった場合、願いで炎を消そうなどとは考えもしないだろう。
火事場にいる場合、まず逃げることに集中する。どこにどうやって逃げればいいかを考えることに脳のリソースを割く。炎が消えますように、なんて願っている暇はない。
それに、あのときルーベンが願ったのは……。
「もしも、の話だけど。誰かに『次があるのなら、あなたに安息を』と願って『聖女の慕情』を使った場合、どういったことが起こるかしら?」
私は仮定の話として、男に聞いてみた。
思い返してみると、どの人生でもルーベンは死ぬ前に似たような願いを述べていた。
「もしも次の人生があるのなら、ってことか? 願われた相手は、生まれ変わった際に安息の人生を送れるんじゃないか? ……いや、『次』ってのは曖昧だな。次のチャンスととらえた場合は、生まれ変わるわけじゃないかもしれない」
たとえば、回帰するとか?
「それに『次』は、『前』が無ければ成り立たない。連なったものに使う言葉だ。つまり、次の人生がブツ切りじゃ駄目だ。例えば、前世の記憶を保持しているなど、『前』と繋がっている必要がある」
だから私には回帰前の記憶がある?
「……なあ、これだけ喋ったんだ。助けてくれよ」
黙り込んでしまった私に、男が懇願した。
確かに男のおかげで十分すぎるほど情報は得られた。思ってもみなかったが、私の回帰の謎まで解けてしまった。
私は、ルーベンに生かされた。
たぶん本人にそのつもりはなかっただろう。しかし今際の際に、彼は私の『生』を願ってくれた。自分が死ぬ間際だというのに、私のことを助けてくれた。
そんな彼に、私がしてあげられることは――――。
私は男に向かって杖を向けた。
「約束は守る……けれど、さすがに王城の中で解放は出来ないわ。それに魔物を召喚されるのも困るから、一時的に魔力を吸収した上で、城の外に捨て置く。それでいい?」
「ああ。それで十分だ」
私は杖を振って転移魔法を掛け、二人で王城から転移した。
転移先は町の裏通りにした。
まず解けてしまっていた目視不能の魔法を再度自身に掛け、男から距離を取る。
そうしてから、男に掛けていた拘束魔法を解いた。
拘束の解けた男は、すぐに自身の身体に魔法を掛け、何も魔法が掛けられていないことを確認していた。
追跡魔法を掛けようか悩んだが、男が魔術師だったためやめておいたのだが、正解だったようだ。
ちなみに男に転移魔法を使われると厄介だと思い、あらかじめ魔力の大部分を吸収しておいた。しばらくは転移魔法のような大きな魔法は使えないだろう。
転移魔法の使えない男が組織のアジトまで徒歩で移動してくれればいいのだが……どうだろう。
こういう場合、期待は大抵裏切られるものだが、なんと期待通りになった。
男は徒歩でアジトまで向かったのだ。
「こんなの尾行してる私が驚くわよ。この組織、大丈夫なの?」
たぶん大丈夫ではない。
大丈夫な組織なら、こんなに簡単にはアジトの場所を追跡されないし、そもそもあの男は喋り過ぎだ。
私にあんなにペラペラ喋っておいて平然と組織に戻ってこれるのだから、組織としてずさん過ぎる。
私が手を下すまでもなく、崩壊しそうな組織だ。
そう。私は組織を潰すために男を追跡してきた。
もしかすると、二度目の人生で魔物が国を占領したのも、ルーベンに『聖女の慕情』の能力を使わせるためだったのかもしれない。
三度目の人生で国に疫病が流行ったのも、『聖女の慕情』を使わせるために、国に感染源を持ち込んだのかもしれない。
いつだってこの国は、この男の所属する組織のせいで滅んでいたのだ。
「私に非が無かったとは言わないけど、それでも組織がある限り、この国に安寧はないわ」
それに、何より。
「組織にルーベンが狙われ続けるなんて、そんな未来は私が許さない!」