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第3話

ホテルに戻りベットに横たわる。

両手を伸ばすと目を閉じた。

食事の席でカスガイは言っていた。

オババという名前のものは確かに存在したが、彼女に家族等はいない。

また養子などの記録もない。

カスガイが知る限り春という人間は存在しない。

『さて、どうするべきか。』

体を起こして端末を取るとメッセージを送った。

あれから何度かやり取りを父シヴァと繰り返しているため返答は早い。


レッドリストに入る島に、他の星の者が入る可能性は低い。

しかし我々が知らないだけでロケットの不時着ふじちゃくや、なんらかの事象は考えられる。シヴァ


不時着したロケットか。

シティからの便は多くあるが事故はあまり聞くことがない。

となると記録に残らない、残されていないことなのかも知れない。

春はこの島の人と比べるとあまりに違う。

同じ遺伝子であるといわれても首をひねるしかない。

彼女自身が覚えていないと語ったことが真実だとすれば。

シユラはうんとうなって体を起こすとシャワーへ向かった。

熱い湯を頭から浴びながら春を思う。

そういえば父から詩が送られていた、大昔のもので作者は不明らしい。



春を待たずに修羅しゅらはゆく 鋼鉄の斧を引きずり血の雨を降らせて

言葉を忘れ肉の上をゆく 美しい瞳に赤い涙を浮かべて

愛を忘れたわけではない ただ あれは修羅なのだ



春はシユラの名前を聞いた時、確かに修羅、違う発音でそう呼んだ。

詩は長く、途中シユラに似た音がある。

不思議な出会いがあるのだとシユラは思う。

悲しい詩に自分と彼女の名がある。

そしてそれがこの島で生み出されたものだと。

運命は悪戯いたずらに人を操るという。

そうであれば、シユラもまたそうであるべきか。

しかし、どのような経緯けいいで書かれたものなのか・・・シユラは端末を操作する。

少ししてまたメッセージが届いた。


手元の文献ぶんけんにはないから調べておく。 シヴァ


よろしくとメッセージを送って、シユラは眠りにつこうと窓の外を見た。

美しい色合いが空中に広がってまるで夢のようだ。

そう思いまぶたを閉じた。




世界保健機関入り口。

カスガイに呼ばれてシユラはそこにいた。

あれから春について彼なりに調べてくれていたらしく、前回来たときに訪れた部屋のテーブルに幾つかの資料が置かれていた。

『すいません、お呼び立てしてしまって。』

カスガイは目の前の席に着くと、資料をまとめたファイルを開く。

『いいえ、こちらこそお忙しいのに調べていただいて申し訳ありません。』

『いいんですよ。それより、シユラさん。これを見てください。』

資料はこの島についての詳細しょうさいだ。

その中央に老婆の写真があり、カスガイは指差した。

『この女性がオババです。名はオババ・シンミヤ。彼女はおよそ250歳で死亡しています。この島では宗教の巫女みこのようなものだったようですね。』

『宗教・・・ですか。』

『はい。』

カスガイの説明では、この島では幾つかの新興しんこう宗教があり、それぞれが独立し、信者を獲得かくとくしていたが、何故か宗教自体はそれぞれが重なる形で親和しんわしていたという。

元を正せば一つから派生はせいした宗教ではあるが、信者同士の争いはあまり好まれなかったという話のようだ。

オババはその一つ、起源となる宗教の巫女でとある神をまつっていた。

今も存在するらしいがオババがいなくなってからは信者は減る一方いっぽうのようで、似た宗教へ移るものが多いそうだ。

やはり先導せんどうする者がいないとなると、厳しいらしい。

ただ皆無かいむというわけではなく、所謂いわゆる作法や礼儀の一部としてそれはがれているようだ。

『あ、そうそう。』

カスガイは資料の中から一枚紙を取り出すと、シユラに差し出した。

『これはその宗教の言い伝えを書いた詩だそうです。』

『あっ・・・。』

『ご存知でしたか?』

『ええ・・・たまたま。』

『なら話が早い。この島には鬼の伝説があるそうです。人を喰らい血をすする鬼。オババの先祖がそれをおさめたようですね。大昔の恐ろしい話として語り継がれている。』

まだ島が幼くやわららかい地だった頃、人の元に美しい鬼がやってきた。鬼は人と違い何も食わずとも飲まずとも生きてはいけた。だから人の傍でおだやかに暮らしていた。しかしその均衡きんこうを破る者が現れた。美しい鬼に魅了みりょうされ、その鬼をほっした。

愛される喜びを知った鬼は人を愛した、しかし人は鬼と違いすぐに死んでしまう。

絶望の中で鬼は人を喰い、言葉を忘れて、彷徨さまよい歩いた。その美しい姿は血まみれで美しい瞳からは赤い涙がぼたぼた落ちたそうな。

カスガイは読み終えると顔を上げ、さみしそうに笑った。

『鬼は人に追われて首をはねられたそうです。』

『・・・そう。』

『シティには沢山の人種がいますからね。こうした物語を聞くと・・・なんだか嫌な気持ちになります。異物・・・とでも言うんですかね?確かにそうなんですが。』

『そうですね。』

『シユラさんはヴァンパイア。私はオークと人の混血です。もし仮にシティでこうした宗教が流行ったのだとしたら、どうなるんでしょうね。おそろしくてあまり考えたくありませんが。』

『・・・確かに。でもシティの人たちはもう自分たちが何者であるか?なんて理解していないと思いますよ。随分ずいぶん前にアルビノ薬なんて事件もありましたから。』

シユラの言葉にカスガイは顔色を悪くした。

『・・・ええ、知っています。子供たちを・・・ですね。酷いものでした。世界保健機関はまだきちんと機能していなくて、止められなかったと。だからこうした差別的な、犯罪や異常行動には目を光らせなくてはならないと基本理念にあるんです。』

『そうでしたか。じゃあ世界保健機関の人たちはシティの人よりも普通であるということかも知れませんね。』

『どうでしょうか・・・。我々もそんなに変わらない気もします。こうして島にそぐわない建物を建てて、いわば勝手に監視し、禁止をしている。島の住人にとっては迷惑なことばかりでしょうに。それでもあの人たちは笑顔で受け入れている。』

カスガイは両手で頬を包むと、情けない微笑を浮かべた。

『いけませんね。私は・・・こんなことを言っていると失格の烙印らくいんを押されてしまいます。』

『・・・僕は・・・良いと思います。人らしくて。』

シユラが優しく笑うと、カスガイは顔を真っ赤にして指で頬をいた。

『そう言って貰えると嬉しいです。』

ふふとシユラは笑い、テーブルの上の資料に手を伸ばす。

ふと先ほどの昔話があり、手に取るとじっくりとながめた。

『気になりますか?』

『・・・ええ、少し。この間、話をしたハルという女性はこの鬼なんじゃないかと思って。』

『鬼ですか?しかし・・・首をはねられている・・・。』

『ええ。ヴァンパイアは死にません。』

カスガイは顔を上げると、目を大きく見開いた。

『まさか!でも・・・ありえますね。』

『ええ・・・。姿を消していた、けれど僕には見えた。』

シユラはカスガイの目をじっと見る。

『カスガイさん・・・頼みたいことがあります。』





滞在期間も終了に近い。

残り数日となっても、春の居場所がわからないままだった。

毎日リムジンに乗って島中をまわる。

どこかにいるだろうとたかをくくっては、振り出しに戻る。

シユラはホテルで、カスガイに借りた資料に目を通していた。

彼女を捜すのに役立つかも知れないものだ。

しかし文献ぶんけんが古すぎるのと、シユラには土地勘は無い。

闇雲に捜してもらちが明かない、のだとすればどうすればいいか。

シユラはソファにもたれ込むと天井をあおぐ。

ふと端末に電話がかかってきて、受けると父のシヴァだった。

『シユラ?今、少し、いいだろうか?』

『うん、大丈夫だよ。』

『シユラが捜しているハルさんの事だが、宗教施設の中にいるんじゃないかな?』

『中?確かに中までは入れないから見てない。』

『そうか・・・一度調べてみるといい。』

『うん、ありがとう。お父さん。』

『・・・シユラ?』

シヴァが少し言葉に詰まったので、シユラは顔を上げた。

『どうしたの?』

『シユラは、その人を見つけてどうするつもりだ?』

『・・・。』

考えていなかったわけではない。

その答えはシユラだけで決めたもので、春の答えではないのだ。

『シユラ?私はお前が決めたのなら反対はしない。けれど気をつけて。』

シヴァの言葉にシユラは頷いた。

『ありがとう、お父さん。』

電話を切り端末をテーブルに置く。

手元の資料にあるいくつかの宗教施設で、中に入れるものを捜すが見当たらず、頬杖をつくと溜息をついた。

数枚重なった資料の間から、ババの写真が見えて、それを取り出した。

『あなたは・・・ハルを守っていたの?それとも・・・閉じ込めていたの?』

資料にあった宗教施設をメモしてシユラはホテルを出た。

車に乗り込み端末からカスガイに連絡をする。

世界保健機関からカスガイを拾うと、メモにある幾つかの施設を回り始めた。


『シユラさん、本当は駄目なんですからね?』

宗教施設の扉を手袋をして開くカスガイに、シユラは微笑を浮かべる。

『ええ、分かっています。人助けだと思ってください。』

木造の開き戸を引いて、暗闇の中にカスガイが顔を突っ込んだ。

『私も初めてなんです。ああ、かび臭い・・・ん、誰もいないようですよ。』

シユラはまばたきをしてから中を覗きこむ。

暗闇の奥は闇だけがしんと静まっている。

『わかりました。次行きましょう。』

春はまだ姿を消したままだろうから、カスガイの言葉を信じるよりも自分も確認したほうがいい。

幾つか施設しせつまわって扉を開けるたびに、彼女の姿を探すも見つからなかった。

最後の施設、森の奥深く。

建物は草に侵食しんしょくされて異様いような雰囲気だった。

カスガイは傍に立つと手袋をして壊れそうな戸を開く。

また中を覗きこむと首を横に振った。

シユラはカスガイの後ろから中を覗きこむ。

ここが最後の施設だ。

確かオババのいた場所でもある。

『カスガイさん・・・中に入っても?』

シユラの言葉にカスガイは首を横に振ったが、まっすぐに見つめるシユラの目に耐え切れず目をつぶって下を向いた。

『私は何も見てませんから!』

『ありがとう。』

きしきしと音を立てる床板を踏んで中へと進入する。

施設は小さな造りかと思えば奥に長く広がっているらしく、細い抜け穴を通って奥へと進んだ。

シユラは腕につけた時計のライトをつけて前を照らす。

夜目よめが利くが明かりはあったほうがいい。

壁をライトで照らすと絵が描かれている。

鬼の伝説らしく、赤い目の鬼が人の頭を喰らい歩いている。

おどろおどろしいそれは奥へと続いている。

シユラは歩きながらふと考えていた。

鬼は本当に人を喰ったのだろうか?

人の頭を喰らっている絵は誇張ではないのだろうか?

真実はいつも違った形をしていると、父や母は言っていた。

口伝くでんや本で伝えられるものは、さまざまに形を変えてゆくものだ。

最奥さいおくだろうか、天井が丸い場所に出た。

その中央には棺のような箱が置かれている。

シユラはそれに近づくと箱のふたを開いた。

春だ、春は箱の中で人骨を抱いて眠っていた。

『ハル・・・。』

シユラの声に春はあぶたをゆっくりと開き、シユラを見る。

『・・・シユラ。』

シユラは箱の前にひさまずき、春の頬に触れる。

指先を滑らせて首の後ろに回すと、ゆっくりと引き上げた。

『シユラ?どうしてここにいるの?』

『あなたを迎えにきた。』

春は腕の中に人骨をしっかりと抱えている。

『・・・私はここにいなくてはならない。』

シユラは小さく頷く。

『知っている。神だから・・・でしょう?』

『・・・。』

春は腕の中の人骨を優しく撫でるとただ頷いた。

シユラの考えが正しければこうだろう。

オババは死ななかった春をここに閉じ込めた。

首を切られた彼女が再生するのを待って、何も覚えていない彼女を子供のようにあやして留め置いた。そして・・・。

シユラは春の腕の中の頭蓋骨に触れた。

『オババでしょう?』

春は頷くと笑う。

『そう、オババ。優しかった、ずっと優しくて・・・けど私の血を吸って死んでしまった。』

『与えたの?』

『ううん、オババはずっとそうしてたの。だから長く私の傍にいてくれた。オババは神様って呼ばれて嬉しそうだった。私も嬉しかった。だから約束をした。永遠にここにいる。ここにいてオババと一緒にいると。』

『でも・・・オババは死んでしまった。』

『そう。死んでしまった。一瞬で溶けて骨になった。肉なんて始めからなかったみたいに消えてしまったの。』

春はシユラの顔に近づくと、頬に唇を寄せた。

『あの日、なんとなく外に出てみたくなったの。誰とも会わなかった。誰も気がつかなくて、そしたらあなたがいた。あなたがいて驚いた。目が合って。』

シユラは頬に触れた彼女の唇に、目を閉じる。

『寂しかったの?』

『わからない。寂しかったのかな・・・ここに戻ればオババはいる。冷たくて話もできないけど、オババがいる。』

『嬉しかった?僕に会えて。』

シユラは春の目を覗き込む。

『嬉しかった。嬉しかった・・・。』

『ハル・・・、もう思い出しているんだね?』

春は頷くと、腕の中の頭蓋骨をぎゅっと抱きしめて頬を寄せた。

『・・・シユラに会って、思い出した。修羅しゅら、そう呼ばれていたことを。オババは春と名づけてくれた。一度も修羅とは呼ばなかったの。』

シユラと出逢ってからここに戻る時、きっと壁の絵を見ただろう彼女は、どんな思いで箱の中に入りオババの亡骸なきがらを抱いて眠ったんだろうか。

ずっと独りで、独りきりで。

『ハル。僕はあなたを迎えにきたんだ。』

『シユラ・・・。』

シユラが春の腕の中の頭蓋骨に触れ、彼女の腕から引きがす。

『あなたはここにいなくてもいい。神になんてなる必要はない。』

『・・・シユラ。私は・・・。』

『どうか僕の願いを聞いて欲しい。』

春の耳元に近づきそっと呟く。

春は視線をオババに落とすと、ただ目を閉じた。

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