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第2話

世界保健機関、そう書かれたプレートを確認してビルに入る。

一等地に立てられた近未来的な建物はこの星にはそぐわない。

シユラは自動ドアを抜けると、カウンターにいた職員に視線を向けた。

職員は彼を見て驚いた顔をすると立ち上がった。

シユラはサングラスを取ると軽く会釈えしゃくをした。

『すいません、今日こちらにうかがうように連絡があって・・・職員でカスガイさんはいらっしゃいますか?』

『はい、はい?お待ちください。』

カウンターで手続きを済ませると奥のエレベーターが点滅てんめつを始めた。

数分してドアが開くと白衣の男性がやってくる。

彼はカスガイと名乗りシユラに手を差し伸べた。

『どうも、初めまして。』

シユラも彼の手を握る。

何か工作をするのかごつごつしていた。

『どうぞこちらへ。』

簡単な挨拶あいさつを済ませて会議室へと通される。

質素しっそなソファが二つテーブルをはさんで置かれており、それぞれに腰かけた。

『シユラさん、あの・・・失礼ですが俳優さんですよね?』

カスガイは少し身を乗り出すようにすると照れたように笑う。

『ええ・・・よくご存知ぞんじで。』

『いや、知らない人なんていませんよ。シティでは本当に有名だ。モデルからのスクリーンデビュー、作品”セラフィム”、それから”ラヴァーズ”では最優秀賞を得て、続編が作られて・・・。』

カスガイはその後もベラベラとシユラの作品を上げて、ここが良かっただの、感動しただのと語っている。いつもの事だがシユラは少し首をかたむけた。

『カスガイさん、ありがとうございます。話の腰を折って申し訳ないのですが、ご用件をうかがっても?』

『ああ、すいません。大ファンなもので。』

カスガイは顔を真っ赤にすると急いで用意していた資料をテーブルに広げた。

説明は以下の通り。

住民への接触の禁止。

分かりきっていたことだが、シユラの溜息ためいきを聞いてカスガイは苦笑する。

『レッドリストの住人ですから・・・彼らは大変ピュアです。外の刺激にれてはいない。我々も気をつけてはいますが・・・。』

『何か問題でも?』

『・・・シティで世界保健機関の職員が誘拐されまして。要求がレッドリスト住人だったもので。』

『なるほど。どうなさったんですか?』

『ああ、問題はありません。職員はくさるほどいるので一人くらいいなくなっても。実際死体で返ってきましたが。』

ハハハと笑ってカスガイが膝を打つ。

『とにかく、ここにあなたが来ていることは特には公表されていませんから大丈夫ですが、くれぐれもお気をつけて。』



世界保健機関の人間は全てシティの者だ。

昔からとんでもないヤツが多いという話には半信半疑はんしんはんぎだったが、嘘ではなかったようだ。

ホテルに戻り生憎あいにくの雨に窓の外を見る。

シティとは違い、この島では本物の雨が降る。

人降雨と変わりないように見えてやはり違うのは匂いだろうか。

少し開いた窓の隙間すきまから湿しめった草木の匂いがした。

窓辺に座って雨をながめる。

カスガイはこの島の住人はピュアだと言っていた。

未開の地に多いそれだとも。

それでも世界保健機関が入り込んで色々としている時点で、どうなんだとは思う。

シユラは頬杖ほおづえをつくと視線を降ろした。

ホテルの前は道路を挟んで向こう側が林、そして森に続いている。

昨日は夜遅い時間に鳥が飛んでいたから、自然動物も見られるようでとても嬉しかった。

写真を撮る必要はないにしても、近くでみるチャンスがあればと思う。

『ん?』

小さくうなって目をらした。

白い何かがそこにいる。

シユラは立ち上がるとじっとそれを見た。

それもまたこちらをじっと見ていた。白い民族衣装の女だ。

あの宗教施設の裏にいた女だ。

人でない。では何だ?

シユラはベランダに出ると雨の中、自分にしか聞こえない声で女に話しかけた。

人ではないのならば、こうするべきだろう。

『あなたは誰?』

女は一歩前に出て雨に打たれる。

『私は・・・。』

女の声が耳元で聞こえた。

距離があるのだから聞こえるはずがない。

でも聞こえたとすれば人ではない。

シユラは微笑ほほえむと、片手で外から内へと動かした。

『おいで、僕のところへ。』

女は見上げたままで小さく頷いて、ホテルへと歩き出した。

シユラもまた部屋に入り、タオルを頭に被るとベットに座る。

シユラが考えたとおりだとすれば、何の問題もないはずだ。


少しして部屋のドアをノックする音がした。

シユラはドアを開くと、さっき下にいた女がそこに立っていた。

彼女を招き入れてかわいたタオルを頭にかぶせる。

『こんにちは、』

シユラが彼女の顔をのぞきこむと、タオルの下から大きな瞳が見つめ返した。

『こんにちは。あなたは私が視えるのね?』

『うん、ではあなたはどうやってここまで来たの?』

『ただ歩いて。』

『だろうね。』

おいで、と彼女の手を引いてベットに座る。

髪を拭いてやると、部屋に備え付けられていたバスローブを肩からかけた。

『ありがとう。親切にしてもらったのはあなたが初めて。』

シユラは笑うとうなずいた。

『それはそう。あなたは姿を隠しているから、親切にしようがない。』

『ああ・・・そうか。』

フフと笑うとシユラの顔をじっと見る。

『あなた、名前は?』

『シユラ。』

『シユラ・・・修羅しゅら・・・私は春。』

『ハル?』

『ええ、私を拾ったオババがつけたの。オババはもう死んでしまったけど。』

春はタオルを外すと、シユラの顔に手を伸ばした。

『綺麗な顔、綺麗な目、シユラはこの島の人ではないのね?』

真っ白い細い指がシユラの頬に触れて、シユラもまたその手に触れた。

『そうだよ・・・あなたと同じ。ハルはずっと姿を隠しているの?』

『いいえ、そんなつもりはなかったんだけど。オババが死んでからはそうかも知れない。』

『そのオババという人はいつ亡くなったの?』

シユラの問いに春は首を振る。

『覚えてない・・・もう随分と遠い。』

『そう・・・わかった。』

シユラは春の顔に手をかざすと、ゆっくりと降ろした。

彼女のまぶたが落ちて、シユラの胸に倒れこむ。

シユラは彼女の首に唇を当てるとすぐに離した。

『おやすみ、ハル。』



朝、ベットに眠っていたはずの春は、シーツに形だけを残して消えていた。

触れた指先は冷たい。

シユラは溜息ためいきをつくと片膝を立ててあごを置いた。

『ハル・・・。』

小さく呟いてからゆっくりとまばたきをすると、ベットから降りてシャワールームへと向かった。

ガラス張りのシャワールームで銀色のボタンを手の平で押す。

適度に熱いお湯が出ると、シユラは服を脱いでそれを浴びた。

顔からゆっくりと湯を浴びる、そういえばこんなシーンを昔映画で撮影した。

アンドロイドがカメラマンのため俳優はヌード撮影が普通になっていたが、出来上がった映像は情緒のある美しいものだった。

両手で髪をかきあげて息を吐く。

壁に手をつくと湯を浴びながらうな垂れた。

青白い体が熱をびていく。

柔らかな血色の良い色が肌に広がっていくと、ボタンをもう一度押して湯を止め、タオルを取るとシャワーを出た。

出かける準備をして鞄を持つと、ホテル前のリムジンに乗り込む。

シートに座ると鞄の中の端末を取り出した。

短いメッセージを打ち込んで手の中で返事を待つ。

窓の外を流れていく風景に、どこか物足りなさを感じるのは何故だろうか。

端末がメッセージを受信する。

シユラは手の中でそれを開いた。


ありえない。私の知る限りでは。シヴァ


感謝の言葉を打ち込んで端末を鞄に入れると、今日のスケージュールをこなすべくカメラを手に取った。

美しい風景をレンズ越しに覗くたびに、この風景に他の惑星の人間が入ってもよいものだろうかと考えてしまう。

自分ですら異質いしつな存在だと感じる、この美しい場所は楽園に近い。

足元に揺れる草花も、木造の建物、石の人形や階段。

太陽がほんの少し顔を出すだけでその色は変わり、雨が降れば物憂ものうげにうつる。

情緒じょうちょと言うのだ、こうしたものが。

欲や金に溺れる人間たちが、土足で入ることができるだろうか?

シユラは目の前にある花をカメラ越しにのぞく。

風に揺れて、優しく微笑んでいるようにも見えた。

『レッドリスト・・・見つからなければ良かったのかも知れないな。』

シユラはリムジンに戻ると、シートにもたれこんだ。

車が走り出すと指先を口元に当てて、ぼんやりと外を眺める。

ふと頭に春の姿が浮かぶ。

この島の者ではない、異形だ。

自分と同じ。

たった一人、誰にも知られずに、誰とも関わらずに彷徨さまよっている。

シユラに触れた時の瞳をよく覚えている。

優しく揺れて、その奥でさみしいと言っていた。

シユラは頬杖をついて目を閉じる。

春を思って。



滞在の半分を使い、必要な写真を撮る作業は、ほぼ終わりに近づいていた。

データを送信してベットに寝転がる。

端末にメッセージが届くと、世界保健機関のカスガイからの食事の誘いだ。

生憎あいにくシユラは食事の必要がない。

しかし断る理由もそれでは味気あじけないと承諾しょうだくした。

指定されたレストランへ。

海が見えるその場所は美しく、少し塩辛い風が吹いている。

シユラは服を調ととのえると店のドアを開いた。

シティではありえない手動のドアだ。

カランと音がして、見上げると小さなベルがついている。

シユラが微笑むと、店の奥から小柄な白い民族衣装の男がやってきて、頭を下げた。

『いらっしゃいませ。ようこそ。』

『どうも。』

『外からのお客様は保険機関の方以外には初めてです。さあ、どうぞこちらへ。今日は一所懸命いっしょけんめいにおもてなしいたします。ゆっくりくとろいでいただけると幸いです。』

丁寧な言葉にシユラはうなずき、カスガイのいる個室へと案内された。

個室は質素でテーブルと椅子が並んでいる。

およそ十人ほどが食事を取れるようだ。

『ああ、おまちしておりました。』

カスガイは少し顔を赤くして会釈えしゃくすると自分の前の席をうながした。

シユラはそこに座り、優しく笑う。

『今日はお誘いいただいてありがとうございます。』

『いいえ、そんな。シユラさんが来てくださって嬉しいですよ。いつもは一人で食事なんです・・・とても美味しいのですが味気なくて。あ、勿論もちろんシユラさんが食事をされないことは承知しています。なので幾つか軽いものと飲み物をご用意します。』

『そうですか。すいません。』

『いいえ、いいえ。きっと気に入ると思いますよ。店主のマカジマさんはとても良い腕をしていますから。』

ほどなくして食事が運ばれてくる。

彩りの綺麗な皿にスープ、ワインの注がれたグラスは特殊な輝きをしていた。

硝子がらすが美しくカットされている。

シユラが手にとってそれを眺めているとカスガイは笑う。

切子細工きりこざいくというそうです。シティでは見ることはありませんね。』

『ええ・・・初めて見ます。美しいですね。』

『良かった。購入することはできませんが、あなたに見ておいて欲しかったんです。もっと沢山美しいものが多くあるんですよ、この島は。』

シユラはグラスを置くと頷いた。

『そうですね・・・僕は何故この島がレッドリストに入っているのか、理解できる気がします。』

カスガイはグラスに手を伸ばすとワインを飲み干した。

『ええ・・・私もそう思います。ここで過ごしている人間は本当にこれで良いのだろうかとジレンマを抱えているんです。それほどまでに美しいのですよ。全てが。我々は異物なんです。彼らは初めてここへやって来た私たちを、それは丁寧に迎え入れてくれました。聞いたことは何でも教えてくれます。優しくて大変ピュアです。』

『カスガイさんは住人と接触を?』

『ええ。調査もありますからね。小さな子供などは本当に優しいのですよ。シユラさんも気付かれたと思いますが、この星は人工天気とは違います。が、雲が、全てあるのですよ。』

『そうですね。』

『私はこの島で夕焼けというものを見たのです。子供たちの聞き取りをしていて、ゆっくりと影が伸びていく、空がなんとも不思議に色を変えて信じられませんでした。そして遠くから子供たちの親が子らを呼び、別れの挨拶をして駆けていく。私は胸が詰まりました。見たことがない、その美しい光景が胸の中にあふれて、涙が溢れました。』

カスガイは頬杖をつき少し遠くを見る、その目には思い出が映っているのだろう。

『シティでは感じたことのない、感じることのない奇跡のような時間です。』

シユラの微笑みに気付いて、カスガイは姿勢を正すと顔を赤くした。

『すいません、恥ずかしい。』

『いいえ。素敵なお話でした。』

『ところでシユラさん、今日は何か聞きたいことでもありましたか?』

『え?』

『いえ、シティでの噂は聞いていたんです。俳優のシユラはプライベートの誘いに乗ることはないと。だからもしかして何か聞きたいことでもあったのかな?と。あ、いえ・・・もし失礼なことを言っていたなら謝ります。申し訳ありません。』

カスガイが頭を下げると、シユラは首を横に振った。

『確かにそうです。僕はプライベートを見せることがありませんから。食事はしないことで相手を不快にさせてしまう事がある。』

『ああ、すいません。』

『いいえ。けれど、一つ。お聞きしたい。』

『はい。』

『この島の住人のリストは存在しますよね?全て把握はあくされていますか?』

シユラの問いに、カスガイは眉根を寄せて小さく頷く。

『まあ・・・細かくなると確認はしたほうがいいですが・・・あのシユラさん、接触を?』

『いえ、多分彼女はこの島の者じゃない。』


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