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魔姫の騎士ザグロ
魔姫の騎士ザグロ
理乃碧王
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年05月17日
公開日
2.4万字
連載中
太古より争い続ける人間と魔族。 勇者レオフレッドは魔王ドラスターンに敗れ、命を落とす――はずだった。 しかし、魔王の王女にして『第四十四の魔姫』リゼルダは禁断の儀式を用い、彼を魔族の呪縛に引きずり込む。 人間ではなく魔族として目覚めたレオフレッド。 彼の新たな名は『ザグロ』と名付けられ、リゼルダの夫となる。 かつて自らが守ろうとした人間達は彼を「裏切り者」と呼び、魔族の王子達は彼を「黒き子」と嘲笑する。 己の意志すらも奪われた彼は果たして誰の剣となるのか。 それは愛か、憎しみか。 もしくはかつて勇者だった男が選ぶ、誰も知らない『第三の道』か――。 ※不定期更新

ep1.魂還の夜

 ニグルアスの地において、二つの種族がいた。

 人間と魔族、この二つである。

 人間は都市を築き、王を頂き、秩序を好んだ。

 魔族は闇を友とし、力を尊び、混沌を宿した。


 両者は太古よりこの地を巡り、相容れぬ存在として幾度となく血を流し合う。

 数百もの闘争を繰り返しては休戦、休戦を破ってはまた争う。

 その不毛な循環に終止符を打ったのは魔族側の変化である。


 混沌と個の力を尊んできた魔族が一人の王を戴くに至った。

 王の名は<ドラスターン>。


 黒き血の大河より現れし絶大なる魔力を持つ王。

 彼は圧倒的な武力と恐怖によって魔族を統一。

 これまで互いに牙を剥いていた種族を鉄の意志でまとめあげた。


 魔族史において、それは革命とも言える出来事であった。

 魔王の下、魔族達は初めて一つの旗のもとに集い、人間達の領土を侵食し始めた。

 人間達は怯え、そして恐れた。

 これまで各国が個別に戦っていたのでは、魔王に対抗できぬことを悟っていた人間達は連合を結成し、伝説の英雄達を募った。


 それは<勇者>と呼ばれる存在であった。

 神託を受け、選ばれし者――光の象徴。

 剣を握る者、魔法を操る者、命を賭けて立ち向かう英雄達。

 彼らは魔王の討伐を目的とし、幾度となくニグルアスの闇へと挑んだ。

 だが、魔王ドラスターンは容易には倒れなかった――。


「今宵も、また勇者が死んだか」


 金青こんじょう色の城壁を持つ小城において、一人の美しき女魔族がそう呟いた。

 闇の住人の証拠である耳は尖り、瞳は赤く輝いていた。

 長き髪は朽葉のごとき枯色を帯び、沈黙の波を描いて胸元を覆っている。

 身につけるドレスは檳榔子黒びんろうじぐろ、青みを含んだ気品のある黒色。

 どこか気品ある風格を醸し出し、何かを愛おしそうに見つめている。


 彼女の名前は<魔姫リゼルダ>。

 魔王ドラスターンの第四十四番目の王女である。

 その唇から洩れた溜息は薄く、冷たく、虚無を孕んでいる。


 かつて、何人もの勇者が彼女の父へと挑み――無惨に敗れ去った。

 その累々たる屍はリゼルダにとって、もはや日常の一部でしかない。


 だが――。

 今宵、彼女の前に横たわる男がいた。

 年齢は二十を少し過ぎたばかり男であり、何かの古代文字が書かれた魔法陣の上で眠っていた。


「レオフレッド……」


 <レオフレッド>――彼は人間の勇者。

 金と砂の色を帯びた髪は、前線を馳せる者の覚悟を物語るように鋭く逆立ち、額を斜めに覆う前髪が、静かに影を作ってその意志の強さを際立たせていた。

 彼は神託を受けし人間の希望――。

 ドラスターンに迫り、討たれた――はずだった。


「勝てぬとわかって、何故立ち向かったの? あなたを傷つけていいのは私だけなのに……」


 リゼルダは、その血塗れの体を静かに見下ろした。

 かつて聖剣と呼ばれていただろう剣は刃こぼれし、鎧兜は破損している。

 そう、このレオフレッドはリゼルダの父ドラスターンに挑み破れたのだ。

 だが、レオフレッドは死んではいなかった。僅かながらの呼吸をしていた。


「リゼルダ様」

「早急に儀式に移らねば」

「この人間は死んでしまいます」


 リゼルダの足元にひざまずく妖魔達がいた。

 名はそれぞれソルグ、サモンズ、ビリガンという。

 彼女に心酔し、命を捧げることにすら悦びを見出す狂信の群れ。


「よし……命を捧げよ、その黒く染まった魂を」


 リゼルダが低く呟けば、妖魔達は歓喜の声を上げ、己を心臓を貫き青黒い血と魂を次々に手放した。

 彼らの血と魂の黒い光が、レオフレッドの身体へと注がれていく――。


 それは、古代より魔族の一部にのみ伝わる禁断の秘法<魂蝕転誓こんしょくてんせいの儀>。

 滅びかけた者の魂を異なる種族の呪縛と混濁の淵へと誘う術――。

 新たなる生命へと転生させる禍々しき契約の術――。

 かつて、この儀が行われたのは魔族の歴史の中でも僅か。

 いずれも狂気と堕落を生み、かの者たちは忌まわしき<黒の子>として歴史から消されたという。


 しかし、リゼルダにとって『禁忌』こそ『愛すべきもの』を手に入れるための方法だった。

 人間であるが故に、彼女から遠ざかる存在。

 ならば、その魂ごと、闇へと引きずり込めばよい。

 そうすれば、彼は永遠に私のもの――。


 血と魂の奔流は止まらない。

 重く、粘つく魔族の力がレオフレッドの肉体に染み入り、彼の人としての輝きを塗り潰してゆく。

 金と砂の色を帯びていた髪は、毒々しい黒碧へと変貌を遂げる。

 その変化こそ、儀式の成就を意味していた。

 リゼルダは歓喜の涙を零し、レオフレッドの元へと駆け寄り口づけをした。


「ああ! これで今宵より貴様は我がもの! 我が父の後継者となるため『呪われし剣』となるのだ!」


 それは闇と魂との交わりと瞬間。

 レオフレッドは死の淵より呼び戻され、その瞼をわずかに震わせた。

 だが、その体はもはや人間ではない。

 妖魔達の血と魂に縛られ、リゼルダの呪いをその心に刻まれた存在。

 かくして、人間と魔族の血で塗られた物語が幕を開ける――。

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