目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
この世界に、声がなくても
この世界に、声がなくても
たーたん
現実世界現代ドラマ
2025年05月17日
公開日
3.3万字
連載中
蔦森善吉は、罰ゲームの一環で、ひとりの少女に告白した。 少女の名前は――恋仲ひな緒。声を持たず、喋ることができない彼女だった。 冗談のつもりだった。 だが返ってきたのは、一頁のノートと、一発のビンタ―― 沈黙のまま、彼女は拒絶を叩きつけた。 それで終わるはずだった。 けれど、世界は静かに、確かに、善吉の手の中で崩れ始めた。 これは、誰かを傷つけた少年が、 声を持たない少女と出会い、 過去を赦し、誰かを壊し、そして自分さえ疑いながら、 再び立ち上がろうとする物語。 声がなくても。名前を呼べなくても。 それでも、届くものはきっとある――そう信じて。 こんな読者におすすめ ・心の機微を描いた現代青春・人間ドラマが好きな方 ・いじめ/孤独/心理的葛藤を描く物語が刺さる方 ・「赦し」「つながり」「再生」のテーマに惹かれる方 ** もし何か感じるものがあれば、 小さなひとことでも感想をいただけると、とても励みになります。 「読んだよ」だけでも嬉しいです。

第一話 声が好きって言った罰

【はじめに】

やさしくない世界かもしれません。

それでも——

声を失った彼女と、罪を背負った少年の物語に、

最後まで耳を傾けていただけたら嬉しいです。



世界を壊すのは簡単だ。

無視。暴力。誘惑。

俺の場合は──言葉だった。


「──好きです、付き合ってください」


放課後の教室に、俺の声だけが残っている。

俺は蔦森善吉(つたもりぜんきち)、高校二年。

帰り際に引き留めて、クラスのみんなが居なくなるまで待たせてから、彼女に向かって告白した。


空っぽの教室。二人きり。目の前にいるのは、同じクラスの無口な女子。誰とも話さず、いつも一人でノートやタブレットを開いてる子。

俺の突然の告白に目を丸くして、じっと見つめ返してくる。俺はポケットに手を突っ込んだまま、相手の反応を待たなくてはならなかった。二学期にどこか別のクラスから俺たちのクラスに移動してきた。それくらいの記憶。


沈黙の間、視線を外し彼女の体を見る。長い黒髪と華奢な体つき。制服が少し大きく見え、そのアンバランスさがまるで人形のようだった。


俺が告白をした理由は――べつに好きだからではない。とりあえず彼女がほしかったわけでもない。ただの罰ゲーム。ゲームで負けたから。それだけ。誰でもいいから告白しろって言う、悪ふざけ。


だから俺は、クラスのみんなとほとんど接点のない彼女、しゃべらないって噂の彼女を選んだ。無難な選択だと思った。初めてよく見た彼女がまとっている静けさに、少し圧倒されていた。言い終わった今も、無言の圧力を感じていて、嫌気がさしていた。


扉の向こうには、これを見ているであろう、友人らの気配。きっと声を殺しながら笑ってるに違いない。

最悪録画されているかもしれない。そう思うと余計に気が沈む。まあ、それをみてしばらくはネタにもなるし、OKでもNGでも彼女が反応すれば、


「ネタでーっす」


って、友人らが乱入してくる予定だ。気晴らしくらいにはなるかと思うことにしている。


「……っ」


彼女の目が一瞬だけ見開いた気がした。

俺を見つめるその両目は、すこし潤んでいるような気がして、そしてどこか悲しげに見えた。まっすぐに俺を捉えている。

ま、ただ照れてるだけだろ。俺は顔だけはいいって言われたことがある。性格はあんまり褒められたもんじゃないかもしれないが。

告白だってされたこともある。けど、付き合ったことはない。興味はあったけど、お互いを深く知っていくなんて、面倒くさいことしかないと思うから。

なんでもいいから何か反応してくんないかな。この後遊びにいきたいんだけど。


あまりに静かだったもんで、廊下の友人達の笑い声が聞こえてくる。

すると、彼女はそのまま何も言わずにカバンを床に置いて、ノートを取り出し、何かを書き始めた。少しの沈黙の後、そっとノートをこちらに突き出すように見せてくる。

夕日で赤く染まったノートにはただ一言。


『私のどこが好きなんですか?』


……そんなの、答えられるわけがない。

真っすぐに見つめ返してくる瞳に目を逸らす。突然の事に言葉が詰まる。声が出ないでいると、彼女はそのまま何も言わずに、くるりと背を向けて歩き出していく。


……は? 何そのノート、それで終わり? あとでよろしくお願いします、とかはやめてくれよ?


状況の理解も追いついていないまま、俺は慌てて、つい思いついた事を口走った。これで終わりじゃ何か物足りない、彼女がこのクラスにきた理由を言えばいい。

思い出した。これなら絶対に止まる。

もう少しだけ続けられる。


「いや、あの……君の声がさ、好きなんだよ!」


その瞬間、彼女の足が一瞬だけ止まった。

そう、止まらずにはいられない一言。彼女を侮辱する一言だろう。知ってて言ったんだ。


彼女は振り返り、まっすぐ歩いてきたので、口元を緩ませ笑ってやる。反応する間もなく左の頬が乾いた音と共に熱くなった。耳を突き抜けて、世界が揺れた。平手打ちを受けたのにも気づかなかった。


……これ、やりすぎたか?


左頬を擦りながら、窓辺に視線を移動する。

耳鳴りが反対の耳から飛び出していくが、すぐに新しい耳鳴りが生まれ、鐘のように頭を揺らしてくる。すぐに彼女に視線を戻すと、彼女はすでに教室を音もなく立ち去っていた。

彼女が去った扉は開けっ放しで、廊下の向こうも赤く濡れている。ピントが合わず、少しぼやけてみえる。


「……痛って」


頬に手を当て、俺は近くの机の上に腰を落とした。窓から外を見る。ため息が勝手に出た。カーテンの隙間から差し込む西日が、やけに眩しい。


「よー善吉、おつかれっしたー!どうでしたか!感想は」


三国の甲高い声とともに、友人数人がドカドカと教室に乱入してくる。


「おい見た? 今のビンタ、撮れてたよな? あの子マジで手ぇ早ぇ……」

「うん、撮った撮った。てか、これショートで伸びんじゃね!」

「やば。音完璧入ってんじゃん!走り去るところとか、お前カメラマンかよ」

「ちょっと再現してもらえる? 俺、えっとなんだっけ、名前、恋仲だっけ!」

「ひな緒ちゃんだよ、俺隠れファン」


立候補すると次々みんな挙手する。


「お前ら絶対上げんなよ!あと、ビンタしてえだけだろっ、うるせぇよ、マジで……」


笑って返そうとするが、自分でもぎこちない笑顔だとわかるくらい声が低かった。まだヒリヒリするが頬から手を離し、ふざけあうように三国らを押し返す。三国達、もちろん俺もそうだけど、何かが起きるのは“楽しい”。俺が転んだって、三国が泣いたって、それが“イベント”になればそれでいいんだ。


「はっはっは!こんな善吉見れるのマジ貴重だから、なんならもっかい対戦するか? 負けたら追いかけるとかで!よくね?」


金髪に染め上げた三国がスマホを手に取りゲーム画面を映して挑発してくる。


「二度とやんねー!次は格ゲーでボコる!んで、次はお前の番だぞ三国!」


また声が低かった。いつもなら、笑って、三国の肩にパンチする流れなのに。


まあでも、これで俺の罰ゲームは終わりだ。この後もこいつらと街に出てゲーセン行って適当に過ごして帰って、寝るだけ。今度は三国を負かせ、どんな罰ゲームをさせてやろうと考えるが、平手打ちの合間の一瞬見えた、彼女の顔が忘れられない。頭じゃなく、胸に釘を打たれたような感覚。

胸の奥に、ズキンと刺さって抜けない。


彼女は、泣いていたんだ。

涙を見たわけじゃないが、そう見えた。そりゃそうだ、俺は彼女をバカにした。


――しゃべられない病気の彼女に向って、声が好きって言ったんだから。


振り向いてこっちに向かってくるとき、ずっと目が合っていた。

彼女はどんな顔をしていた? 怒り? 悲しみ? 悔しさ? そんなの、俺に分かりっこない。あれが冗談だって言えば、全部終わったはずだった。なのに、俺はまだ“正当化”しようとしてる。

でもさ、あれは単純に物足りないから、変な空気だったから引き留めた言葉で、傷つけようと思って放った言葉じゃない。つい、思ってもないことをその場のノリで言っちゃうアレだよ。


分かるだろ、冗談だって。放課後呼び出して二人きりで告白するって、普通冗談だと思うシチュだろ。


「……なんで気にしてんだよ、俺」


言ってすぐに後悔して。でも引っ込められない。だって恥ずかしいから。突っ込まれたら自分のプライドを守るために逆ギレもする。正しいって分かっているけど、認められない。


そんな今の俺が全部ひっくるめて大嫌いだ。好きになったこともないけれど。


三国達の声がやけに他人事のように遠く聞こえていた。

恋仲ひな緒(こいなかひなお)。

……俺は彼女の名前をさっきまで知らなかった。


足元を見る。平たいはずの床は、点字ブロックのように凹凸になっていて。そこに取り残される自分がいる。張りぼての虚勢で踏ん張っているが、泥の中に入っていくように足が埋まっていく。


誰かに繋がってないと、どこまでも落ちていきそうだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?