アトリとクイナをはじめ、若い男女が子供たちに料理を取り分けている。
俺たちにとっては食べきれない量でも、これだけの人数に分けるとごく僅かだ。しかし、子供たちは久しぶりの豪勢な食事に、喜びを露わにしていた。
「ゲン様、ユヅル様、子供たちへの食事、本当にありがとうございます……せめて、酒くらいはいかがでしょうか。数年前に面白いものが出来たのです」
「食事は元々、この村のものだ。礼なんて要らない。——だが、酒は頂こうか。面白い酒とは、興味がある」
ゲンが答えると、長老は嬉々として若い者に酒を持ってくるよう伝えた。
「……ユヅル、これを飲んでおけ。一粒で腹が満たされる。お前もそろそろ、腹が減っているだろう。空腹で酒を飲むのは良くないしな」
ゲンは小声でそう言うと、白い錠剤を一粒渡してきた。
ゲンが言う通り、タイムリープ前から数えると半日以上何も食べてなかった。緊張が続いていたせいか、空腹を感じていなかったのかもしれない。
「って言うかさ。——俺が酒を飲んでもいいの?」
「ハハハ、ここが何年前の世界だと思ってるんだ。ルールなんて、無いようなもんだ。あと、お前はアルコールに強い。俺が言うんだから間違い無い」
ゲンはそう言って笑った。
「新しい酒というのはこちらです。まずは、香りを楽しんでくだされ」
小型の樽に入れられた酒を、長老がカップにトクトクと注ぐ。その液体は鮮やかな赤い色をしていた。
「お。ワインだな。こんなものまで作っているのか」
「おお、これはワインと言う名前なのですか。ブドウという果物を樽に入れっぱなしにしていたら、偶然出来たと村の者が言っておりました。——確か、そうじゃったの?」
長老は自信が無いのか、隣の者に確認を取っていた。隣の老人が頷いている様子を見ると、それで正しいのだろう。
「ああ、良い香りだな……それでは、頂くとしよう」
ゲンはカップを回し香りを嗅ぐと、スーッと一口流し込んだ。
「……うん、美味いな。ユヅルも飲んでみろ」
17歳にして初の飲酒を、こんな大昔の異国で経験するとは思ってもみなかった。ゲンを真似て、香りを嗅いでから一口飲んでみる。
「……ゔっ。お、美味しいです」
てっきり、ブドウジュースのようなものかと思っていたが、それは大きな間違いだった。甘さは微塵もなく、ただただ酸っぱい飲み物だった。
しかし、そんな俺の表情には気付かなかったのか、長老たちはおもてなしが出来たと喜んでいるようだった。
「ところで、ここの皆に聞いておきたい事がある」
ゲンが言うと、賑やかだった広間がシーンと静かになった。
「……なんなりと聞いて下され。皆の者もいいな」
長老が言うと、全員が真剣な表情でゲンの次の言葉を待った。
「最近、この辺りに魔物が現れていないか? 俺たちの真の目的は、そいつらを退治する事だ」
ゲンが言うと、静かだった広間が一気にザワつき始めた。誰もが魔物の存在を知っているようだ。
「長老、私からいいでしょうか?」
少し奥にいた、色黒の男が手を上げた。長老が頷くとその男は続けた。
「ゲン様、ユヅル様。この村の入口辺りにある、大破した小屋は見られたでしょうか? あれは魔物に傷つけられたものです。その後、私の友人がその魔物を追い払おうとしましたが、大怪我を負ってしまいました」
「そっ、それはいつの話だ……!? その友人は無事なのか?」
ゲンが動揺している……?
確かゲンは、『魔物退治はアトラクションのようなもの』と言っていた。思っていたものと違うのだろうか。
「2週間ほど前の話です。友人はまだ起き上がることは出来ませんが、順調に回復しております。ゲン様たちが
「そ、そうか……他には無いだろうか?」
その後、他の者たちからも続々と魔物の話が出てきた。以前は村の外れでしか見なかった魔物も、最近は近くまで来ることが多くなったという。更に、ここから一番遠い村では、魔物による死者が出たという噂もあるらしい。
「……皆、ありがとう。魔物の状況はよく分かった。早ければ、明日からでも魔物討伐に出ようと思う」
ゲンが言うと、今日何度目かの歓声が上がった。
突然現れては雨を降らせ、そのお陰で生け贄は不要となり、魔物まで退治してくれるという。ドーバ島の島民にとって、これほど待ち望んだ人物は他にいないだろう。未来の力を使っているとは言え、この将来の俺を誇らしく思えた。
ゲンの言葉に島民の興奮が冷めやらぬ中、誰かに腕を捕まれた。
クイナだった。
「アタシも行くぞユヅル、魔物退治に!」
「まっ、待ちなさいクイナ! 私も付いていきます、ユヅル様! ダメだとは言わせません!」
そのすぐ隣にはアトリも来ていた。
「どっ、どうして君たちも付いてくるんだ?」
「魔物の問題は、元々この島のものです。私たちがなんとかする義務があります。それと……一度は無くしたこの命、ゲン様とユヅル様のお役に立てたいのです」
アトリは表情も変えずに、そう言った。
「ゲ、ゲン! クイナとアトリがそう言ってるんだけど!?」
ゲンは微笑むと、静かに親指を立てた。
***
「ちょ、長老! ホウク様がいらっしゃいました!」
「ホ、ホウク様だと? こ、こんな雨の中、しかもこんな時間にか!!」
若い島民がホウクとやらの来訪を告げると、広間は緊迫した空気へと一変した。しばらくすると、ホウクと思われる人物が数人の男たちを引き連れ、広間へと入ってきた。
「久しぶりだな、イスカ。雨乞いの成功、よくやった。正直驚いているぞ」
長老をイスカと呼び捨てたのたが、ホウクだろう。長老たちはホウクの前に
「お褒めにあずかり、感謝いたします……ただ、今回の雨はこちらにいらっしゃいます、ゲン様とユヅル様のおかげでございます。こちらの方々は神の使いとして、この村を訪れてくださいました。私たち村民の前で、見事に雨を降らせてくれたのです」
ホウクとその部下たちは、一斉に俺たちに視線を向けた。人を見下すような、嫌な視線だ。
「おっ……お前たち、頭が高いぞ!! まさか、ホウク様を知らぬわけじゃなかろう!!」
ホウクの隣にいた大男が叫んだ。盛り上がった上腕は、俺の太股よりも太く見える。きっと、普段から良い物を食べているのだろう。
「お、お待ちくだされ! この方々には、我々も今日初めてお会いしたところ。ゲン様ユヅル様は、ホウク様たち同様、我々にとっては雲の上の存在の方々でございます。ホウク様、どうかこの場は丸く収めて頂けぬでしょうか……」
長老は再び頭を下げた。
「まあ、よかろう。それより、その男たちの隣に居るのはイスカの孫たちだな? 命拾いをしたようで良かったじゃないか。——さて。生け贄を逃れたのなら、我が城に連れて帰るとするか。元々は、そんな約束だったはずだ」
まっ、孫!? アトリとクイナが、長老の孫だったとは……長老はどんな気持ちで、彼女たちを生け贄に送り出していたのだろうか……
すると、ゲンが立ち上がって一歩前に出た。
「……神の使いのゲンという者だ。すまないが、明日からこの二人を連れて魔物討伐の旅に出なくてはならない。連れて行くのは勘弁して貰えないだろうか」
「きっ、貴様!! 誰に向かって、そんな口をきいてやがる!!」
「ハハハ、まあよい。父と兄以外に、そんな口をきかれたのは生まれて初めてだ。まあ、今日は雨を降らせた事に免じて許してやろう。——アトリとクイナだったな? 魔物討伐とやらが終わったら、俺の所に来るのだぞ。久しぶりに、お前たちの姉の顔も見たいだろう」
ホウクはそう言うと、