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ep07:ゲンのシナリオ

「ユヅル……おい、起きろユヅル……」


 ん……? 頬をペチペチと叩かれている……しかも、身体が重い……


「——クッ、クイナ!?」


 クイナは布団越しにまたがり、俺の頬を叩いていた。


「起きた起きた、起きたっ!! なんて起こし方するんだ!」


「だって、ユヅルが全然起きないからじゃん……ゲンはとっくに起きて、顔を洗いに行ってるぞ」


「わ、分かった、俺も行ってくる!」


 慌てて部屋を出ると、廊下にはアトリがいた。 


「……起床されましたか? もう入って大丈夫でしょうか?」


「ご、ごめんね。俺が起きないから、待っててくれたんだ。——そういや、顔はどこで洗えばいいんだろ?」


「玄関を出たところに、水を入れた桶を用意しています。井戸に水が戻ったので、汲むことが出来ました。これもユヅル様たちのおかげです、本当にありがとうございました」


 アトリはそう言うと、深々と頭を下げた。


 俺たちのおかげか……


 今のままではこの島に不幸を振りまいているだけになる。ちゃんとそういう結果になるように、俺たちは頑張らないといけない。



 玄関を出ると、眩しい朝日が網膜を刺激した。雲一つ無い、鮮やかな晴天だ。ゲンは深呼吸をしている。空気が美味いのかもしれない。


「おう、やっと起きたか。桶はそこだ。井戸がどこにあるのか知らんが、ここまで運ぶのは重かったろうにな。本当に、優しい子たちだ」


「本当に……多少、やり方が乱暴だけどね」


 ゲンは何のことだか分からない様子だったが、クイナに馬乗りになって起こされたことは黙っておいた。


「晴天は嬉しいけどさ、こんなに晴れてて大丈夫なの?」


「魔物討伐の門出には晴天だろうと思ってな。ちゃんとバランス良く雨は降らせるから、心配はしなくていい。——じゃ、そろそろ出発の準備をするか」




 部屋に戻ると、ゲンが荷物の整理を始めた。四人それぞれが持つ物を、分けてくれているようだ。


「これがユヅルのリュック……これがクイナの服とリュック……で、これがアトリの服とリュックだ。じゃ、とりあえずクイナとアトリは服を着替えてきてくれ」


 クイナの服と、アトリの服……? 


 そんなもの、いつの間に用意したんだ……?


 彼女たちが部屋を出るやいなや、俺はゲンに聞いた。


「あのさ……何でクイナとアトリの服を用意してあったの?」


「……や、やっぱり気になるか?」


「当たり前だよ」


 ゲンは腕を組んで「うーん」と唸りだした。どう説明しようか考えているのだろうか。


「実を言うとだな……魔物討伐は、最初からこの四人で出るつもりだったんだ。——そ、それもあって、生贄として召される直前だった彼女たちを救ったってのもある」


「もしかして……恩を売ったお返しに、一緒に魔物討伐に出ようと思ってたって事?」


「まっ、まあ、言い方は悪いがそんなところだ。ハハ……ハハハッ」


 冷たい視線で聞く俺に、バツが悪そうにゲンは笑った。


 もし彼女たちが、魔物討伐に付いていくと言わなかったらどうしていたのだろう。そもそもゲンは、彼女たち目当てでタイムリープをしたのだろうか? その疑問に関しては、後々知ることとなった。



「どうだ! 似合うか!?」


 服を着替え終えたクイナが、勢いよくドアを開けて入ってきた。


 俺はゴクリと喉を鳴らす。


 おい、ゲン……一体どういうつもりだ……


「似合う! 似合うぞ! な、ユヅル!」


「あ、ああ……」


 と、俺は言ったものの、次の言葉が出てこない。


 クイナのコスチュームは、どこからどう見てもセクシーなダンス衣装だった。いや、赤いビキニの水着と言った方が近いかもしれない。豊満な胸が強調されたその衣装は、魔物と戦うためのコスチュームには到底見えなかった。


「……な、なんだよユヅル。似合ってないのか?」


 クイナはそう言って、俺に詰め寄ってくる。


「い、いや、凄く良いと思うよ。良いと思うんだけど、その……」


 俺が言い淀むと、ゲンがすかさずフォローを入れた。


「ユ、ユヅルはアレだ! クイナが素敵過ぎて、言葉が見つからないんだ! そうだよな、ユヅル!」


「そ、そう……めちゃくちゃ素敵だ! 髪の色ともバッチリ合ってるし!」


「なんだよ、似合ってないのかと心配しただろ……案外イジワルだな、ユヅルは」


 更に一歩詰め寄ったクイナは、そう言って上目遣いに俺を睨んできた。


 ダメだ……目を合わせると、どうしても豊満な胸元に目が行ってしまう……


「そっ、そういや、アトリはまだかな?」


 クイナの両肩を押し戻して、俺は言った。


「アトリはアタシより先に着替え終わってたのにな。待ってて、いま連れてくる」


 ドアの外では、「ヤダ!」「心の準備が!」というアトリの声が聞こえてくる。


 も、もしかして、アトリのコスチュームは、クイナよりキワどいものなのだろうか……俺の中で、不安と期待が入り混じった。


「ほら、ゲンとユヅルに見てもらえ!」


 クイナはドアを開けて、強引にアトリを部屋に押し込んだ。


「おおっ、良いじゃないか! 似合ってる!」


 ゲンは躊躇なく、アトリのコスチュームを褒めた。


 クイナのコスチュームを見た後だからだろう、俺もさっきほどの動揺は無かった。アトリのコスチュームはお腹さえ露出しているが、胸元はしっかりガードされたデザインになっている。


 だが、普段肌を見せない服を着ているアトリにとっては、裸を見られているような感覚なのかもしれない。


「わ、私、こんな格好で大丈夫なんでしょうか……」


 アトリは下を向いたまま、恥ずかしそうに言った。


「だ、大丈夫どころか、とても似合ってるよ! 心配しないで!」


「ありがとうございます、ユヅル様……それにしても、魔物と戦うには、こんな格好をしないといけないのですね……それが分かっていたら、私は辞退していたかもしれません……あ、今のセリフは忘れてください、ごめんなさい……」


 アトリは申し訳なさそうに、そう言った。


 いや、悪いのはアトリじゃない。


 ゲンだ。

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