「ユヅル……おい、起きろユヅル……」
ん……? 頬をペチペチと叩かれている……しかも、身体が重い……
「——クッ、クイナ!?」
クイナは布団越しにまたがり、俺の頬を叩いていた。
「起きた起きた、起きたっ!! なんて起こし方するんだ!」
「だって、ユヅルが全然起きないからじゃん……ゲンはとっくに起きて、顔を洗いに行ってるぞ」
「わ、分かった、俺も行ってくる!」
慌てて部屋を出ると、廊下にはアトリがいた。
「……起床されましたか? もう入って大丈夫でしょうか?」
「ご、ごめんね。俺が起きないから、待っててくれたんだ。——そういや、顔はどこで洗えばいいんだろ?」
「玄関を出たところに、水を入れた桶を用意しています。井戸に水が戻ったので、汲むことが出来ました。これもユヅル様たちのおかげです、本当にありがとうございました」
アトリはそう言うと、深々と頭を下げた。
俺たちのおかげか……
今のままではこの島に不幸を振りまいているだけになる。ちゃんとそういう結果になるように、俺たちは頑張らないといけない。
玄関を出ると、眩しい朝日が網膜を刺激した。雲一つ無い、鮮やかな晴天だ。ゲンは深呼吸をしている。空気が美味いのかもしれない。
「おう、やっと起きたか。桶はそこだ。井戸がどこにあるのか知らんが、ここまで運ぶのは重かったろうにな。本当に、優しい子たちだ」
「本当に……多少、やり方が乱暴だけどね」
ゲンは何のことだか分からない様子だったが、クイナに馬乗りになって起こされたことは黙っておいた。
「晴天は嬉しいけどさ、こんなに晴れてて大丈夫なの?」
「魔物討伐の門出には晴天だろうと思ってな。ちゃんとバランス良く雨は降らせるから、心配はしなくていい。——じゃ、そろそろ出発の準備をするか」
部屋に戻ると、ゲンが荷物の整理を始めた。四人それぞれが持つ物を、分けてくれているようだ。
「これがユヅルのリュック……これがクイナの服とリュック……で、これがアトリの服とリュックだ。じゃ、とりあえずクイナとアトリは服を着替えてきてくれ」
クイナの服と、アトリの服……?
そんなもの、いつの間に用意したんだ……?
彼女たちが部屋を出るやいなや、俺はゲンに聞いた。
「あのさ……何でクイナとアトリの服を用意してあったの?」
「……や、やっぱり気になるか?」
「当たり前だよ」
ゲンは腕を組んで「うーん」と唸りだした。どう説明しようか考えているのだろうか。
「実を言うとだな……魔物討伐は、最初からこの四人で出るつもりだったんだ。——そ、それもあって、生贄として召される直前だった彼女たちを救ったってのもある」
「もしかして……恩を売ったお返しに、一緒に魔物討伐に出ようと思ってたって事?」
「まっ、まあ、言い方は悪いがそんなところだ。ハハ……ハハハッ」
冷たい視線で聞く俺に、バツが悪そうにゲンは笑った。
もし彼女たちが、魔物討伐に付いていくと言わなかったらどうしていたのだろう。そもそもゲンは、彼女たち目当てでタイムリープをしたのだろうか? その疑問に関しては、後々知ることとなった。
「どうだ! 似合うか!?」
服を着替え終えたクイナが、勢いよくドアを開けて入ってきた。
俺はゴクリと喉を鳴らす。
おい、ゲン……一体どういうつもりだ……
「似合う! 似合うぞ! な、ユヅル!」
「あ、ああ……」
と、俺は言ったものの、次の言葉が出てこない。
クイナのコスチュームは、どこからどう見てもセクシーなダンス衣装だった。いや、赤いビキニの水着と言った方が近いかもしれない。豊満な胸が強調されたその衣装は、魔物と戦うためのコスチュームには到底見えなかった。
「……な、なんだよユヅル。似合ってないのか?」
クイナはそう言って、俺に詰め寄ってくる。
「い、いや、凄く良いと思うよ。良いと思うんだけど、その……」
俺が言い淀むと、ゲンがすかさずフォローを入れた。
「ユ、ユヅルはアレだ! クイナが素敵過ぎて、言葉が見つからないんだ! そうだよな、ユヅル!」
「そ、そう……めちゃくちゃ素敵だ! 髪の色ともバッチリ合ってるし!」
「なんだよ、似合ってないのかと心配しただろ……案外イジワルだな、ユヅルは」
更に一歩詰め寄ったクイナは、そう言って上目遣いに俺を睨んできた。
ダメだ……目を合わせると、どうしても豊満な胸元に目が行ってしまう……
「そっ、そういや、アトリはまだかな?」
クイナの両肩を押し戻して、俺は言った。
「アトリはアタシより先に着替え終わってたのにな。待ってて、いま連れてくる」
ドアの外では、「ヤダ!」「心の準備が!」というアトリの声が聞こえてくる。
も、もしかして、アトリのコスチュームは、クイナよりキワどいものなのだろうか……俺の中で、不安と期待が入り混じった。
「ほら、ゲンとユヅルに見てもらえ!」
クイナはドアを開けて、強引にアトリを部屋に押し込んだ。
「おおっ、良いじゃないか! 似合ってる!」
ゲンは躊躇なく、アトリのコスチュームを褒めた。
クイナのコスチュームを見た後だからだろう、俺もさっきほどの動揺は無かった。アトリのコスチュームはお腹さえ露出しているが、胸元はしっかりガードされたデザインになっている。
だが、普段肌を見せない服を着ているアトリにとっては、裸を見られているような感覚なのかもしれない。
「わ、私、こんな格好で大丈夫なんでしょうか……」
アトリは下を向いたまま、恥ずかしそうに言った。
「だ、大丈夫どころか、とても似合ってるよ! 心配しないで!」
「ありがとうございます、ユヅル様……それにしても、魔物と戦うには、こんな格好をしないといけないのですね……それが分かっていたら、私は辞退していたかもしれません……あ、今のセリフは忘れてください、ごめんなさい……」
アトリは申し訳なさそうに、そう言った。
いや、悪いのはアトリじゃない。
ゲンだ。