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ep08:出発

 アトリが外に出る決心が付くと、俺たちは泊まっていた家を出た。外は変わらずの晴天だ。


「この晴天、また続くのかな……もう嫌だぜ、生け贄になるのは」


 クイナは右手でひさしを作ると、恨めしそうに太陽を睨んだ。


「大丈夫だ、安心しろ。俺とユヅルが付いてるじゃないか」


「そうですよ、クイナ。いまはゲン様とユヅル様がいらっしゃるんです。魔物を退治して、昔のような平和な村を私たちで取り戻しましょう。——あ、村のみんなが集まってる!」


 村の出入り口付近には、俺たちを見送るためか、多くの人たちが詰めかけている。アトリとクイナはゲンにうながされ、皆の元へと駆けていった。



「ゲン……なんだよ、あのコスチュームは……目のやり場に困って戦闘どころじゃ無いんだけど」


「ハハハ……ああ見えて、ゲーム用の市販コスチュームなんけどな。オプションはてんこ盛りにしたけど。ああいうのは、酔ってる時に注文しちゃいかんな、ハハハ」


 いい歳して、笑って誤魔化すつもりらしい……


 しかし……


 二人のコスチューム、実は気に入ってしまっている俺もいる。


 ゲンは俺自身の延長……趣味が合うのは当然と言えば当然なのか……




 俺たちも村の出入り口に着くと、多くの村民に囲まれた。どうやら、昨日の件で礼を言いたいようだ。


「ゲン様、ユヅル様、昨日は誠にありがとうございました……アトリ様とクイナ様を、どうか宜しくお願いいたします……」


 腰が大きく曲がった老婆はそう言った。


 アトリ様、クイナ様か……彼女たちは長老の孫だ、そう呼ばれるのが自然なのだろう。彼女たちが多くの人に囲まれているのを見て、村の皆から愛されているんだと実感した。


「アトリ様。これ、私が作ったお守りなの……あんまりキレイに出来なかったけど、魔物に負けないように祈りを込めて作ったから……貰ってくれる……?」


 少女が、アトリに手作りだというお守りを手渡した。


「ありがとう、ラン……これのお陰で、きっと私は怪我一つしないわ。時間が無かった中、大変だったでしょう。ありがとう、本当にありがとう……」


 アトリはその場にかがむと、力一杯少女を抱きしめた。


 そして、クイナの方には二人の男の子が話しかけていた。


「クイナ様! 弟と一緒に集めてたクコの実、持って行ってくれ。その代わり、その代わり……帰ってきたら、また遊んでくれよな……」


 そう言った男の子の横で、「うんうん」と鼻息荒く頷いているのが弟なのだろう。クイナもアトリと同じようにその場で屈むと、クコの実とやらを一つまみした。


「アタシはこれだけ貰っておくよ。残りはお前たちが持っておきな。ありがとう、ヒガラ。ありがとう、ヒタキ」


 クイナが言うと、弟のヒタキはクイナに抱きついた。兄のヒガラは、もうそんな歳じゃないと強がっているのだろうか。口を強く結んだまま、その場に突っ立ている。


「ヒガラ、お前もおいで」


 兄のヒガラもクイナに抱きつくと、兄弟はワーンと大きな声を上げて泣いた。



 食料など、多くの手土産を渡そうとする長老を丁寧に断り、俺たちはラーク村を出発した。


 見えなくなるまで手を振る村民たちに、俺とゲンは最後まで手を振り続けた。そんな俺たちとは裏腹に、先を行くアトリとクイナは一度も振り返ろうとはしない。


 アトリたちは気付いていないのかも……歩を速め、声を掛けようとする俺をゲンが止めた。


 ゲンが無言で首を横に振る。


 彼女たちの肩は小さく震えていた。



***



「よし……これくらいの広さがあれば練習もしやすいだろう。お前たちの武器の使い方を今から説明するぞ。皆、リュックを開けてくれ」


 村から15分程歩いた頃だろうか。ひらけた場所に着くと、ゲンは言った。それぞれが肩からリュックを下ろし、中のものを取り出していく。


「まずは、ユヅルから始めようか。ユヅルの武器は剣だ。そのさやを左腰に装着して、つかを右手に持つ。鞘ってのは剣を収納する部分で、柄というのは剣の持ち手の事だ」


 ああ、これの事か。鞘は極端に短く、柄は持ち手だけで、刀身にあたる部分が無かった。つまり、やいばのない刀みたいなものだ。とりあえず、言われた通り鞘を左腰に装着した。


「で、その持ち手の柄を、左腰の鞘に収める」


 柄を鞘に収めると、『ガチン!』と言う小気味よい音がした。短くて少し不格好だが、まるで日本刀を差しているようだ。


「ここからが大事だぞ。柄を引き抜く際、どんな剣にしたいかイメージしながら引き抜け。やってみろ」


 ……ん?


 どんな剣にしたいか、だって……? こんな鞘の長さじゃ、剣の長さなんて知れている。俺はそのイメージのまま、柄を引き抜いた。


「おおっ!」「凄いです!」


 クイナとアトリが歓声を上げる。何も無かった柄の先に、短剣のような刀身が生成されていた。


「……ダメダメ、全然ダメ。ユヅルはそんな剣で戦いたいのか? もっと長いのや、もっと格好良いものを想像して抜いて見ろ」


 もっと格好良いものを想像……?


 確かにいま生成されている短剣は、俺がイメージしたそのものだ。


 ああ、なるほど。そういう事か……


 俺は柄を鞘に戻し、勢いよく引き抜いた。


「これでどうだっ!!」


 再び現れた刀身は2メートルを超え、刃には燃えたぎる炎が渦巻いていた。まさしく、俺が想像した通りの剣だ。


 アトリとクイナは驚きのあまり、ポカンとした顔で剣を見つめている。その隣で、ゲンはウンウンと笑顔で頷いていた。


 なるほど……これが未来のゲームってやつか。


 くっそ面白いじゃないか。

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