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ep23:戻らないという選択肢

「なあ、ゲン……俺たちはグドンってのに勝てるのか? カイゼたちの大砲がどのくらいの威力かは分からないけど、相当強いと思っていいよね……?」


 俺は今、思っていることを素直に聞いた。


「ああ、そうだな……俺が思っていたより、ずっと強いはずだ。苦戦することは確実だろう」


 次こそは、本当に誰かが死ぬかもしれない。考えたくは無かったが、そんな思いが頭を過った。そうだとすると、グドンと戦わない選択肢も考えた方がいいのかもしれない。


 だが、アトリとクイナは、俺の考えとは大きく違っていた。


「この戦いで、もし私が倒れたとしても……火で炙られて消えてしまうよりは、良かったと思っています。あの時、生け贄として死ぬなんて意地を張り続けないで本当に良かった。——ゲン様、ユヅル様。一度は無くしたこの命……戦いきりますよ、私は」


 アトリはまっすぐに俺たちを見て、そう言った。


「ハハハ、アタシも同じこと考えてた。戦うってのは、自分自身の力を出し切れるからな。何にもあらがえず、燃やされるよりずっとマシだ。——それより、他所よその島のために戦ってくれるゲンとユヅルは、もはや神様だよ。な、アトリ」


 クイナがそう言って笑うと、アトリも「ホントに」と笑った。


 他所の島のために戦ってくれるゲンとユヅルか……


 魔物はゲンが蒔いただなんて、口が裂けても言えないな……



***



 今日はゲンとアトリが食糧調達に出た。テント作りは俺とクイナ。いつものように、テントは秒で組み上がった。


「あー、今日も疲れた! 座椅子、最高!」


 壁の使い方が上達した俺たちは、今や色々な方法で楽しんでいる。今日は浅い角度で壁を床に設置し、座椅子代わりにくつろいだ。


「いいな、それ! アタシも座る!」


 クイナが俺の隣に腰を掛けた。いつも通り、クイナの距離感は近い。クイナの二の腕と、俺の二の腕とが触れている。


 クイナは気付いていないのだろうか、それともワザとなのだろうか。そんな俺は、気づいていないふりをして、二の腕にクイナを感じていた。


「——今日のユヅル、格好よかったぞ。『邪魔をするな!』ってさ。フフフ」


 クイナがそう言って笑う。キレてしまって、思わず出てしまったセリフだ。恥ずかしい気持ちの方が大きかった。




「——でさ、ユヅル」


 クイナの声のトーンが変わった。


 俺は「何?」と答える。


「魔物討伐が終わって、ホウクたちをやっつけたらさ……やっぱ……島を出て行っちゃうのか?」


 クイナの視線を感じて、クイナに顔を向ける。クイナは真っ直ぐに、俺を見つめていた。


「まっ、まあ、そうなるだろうな」


 俺は慌てて天井に顔を戻し、そう言った。


「そっか……もし、ユヅルがずっと島にいてくれるなら……」


 ずっと島にいてくれるなら……?


 クイナはその先を言わない。


「……いてくれるなら……何?」


 もう一度クイナを見た。クイナはまだ、俺をジッと見つめていた。


「ただいまー!」


 その時、元気よくドアを開けてアトリが帰ってきた。俺は慌てて、座椅子から立ち上がる。


「お、おかえりっ、アトリ!!」


 無駄に明るく出迎えた俺を、アトリは不思議な表情で見つめていた。



***



 ゲンがベッドに潜り込むタイミングを見計らい、俺は声を掛けた。


「あのさ……ゲンや俺がさ……この世界から戻らない選択肢ってある?」


 ゲンは掛けたばかりの布団を、ガバッと剥いだ。


「なんだ、惚れたのか? クイナか? アトリか? どっちだ?」


 どっち……?


 クイナもアトリも、二人とも好きだ。ただ、惚れたかどうかは正直分からない。


「いや……ただ、二人とずっと一緒にいたいなって、単純に思っただけで……もちろん今は、元の世界に戻るつもりでいるよ。——でももしかしてさ、帰り間際にそんな気になっていたらどうしようって」


「——まあ、分かるよ。お前たちは歳も近いし、そうなるかもしれない、っていう心配は多少あった。ただ、未来のアイテムも永遠に使えるわけじゃない。ユヅルは、この時代の生活様式に耐えられる自信はあるか?」


「ああ、もちろんそれも踏まえてね。だから、今の所は戻るつもりでいる。でも一応、この世界に残る事は可能なのかって事は聞いておきたくて」


「もちろん、それは可能だ。——まあ、一度しか無い人生だ。好きなように生きてみるのも一つだとは思うぞ」


 ゲンはそう言うと、また布団を被った。


 好きなように生きてみるか……


 そんな事、今まで意識したことがあっただろうか。



***



 ドーバ島に降り立ってから、早くも一週間が経った。


 俺たちは、今日も北へ向かって進んでいる。次の目的地、カナリー村には今日の午後には着くらしい。


 クイナと前列を歩いていたアトリが列を離れた。珍しい花でも見つけたのか、座り込んで観察をしている。クイナは花に興味が無いようで、一人で先に進み出した。


「なに見てるの? 珍しい花?」


 俺はアトリの横に屈んで聞いた。


「ええ……私たちの村では見たことがない品種です。色がとても綺麗」


「そうなんだ……俺、花の事なんて全然分からないや」


「フフフ、クイナも食べられるもの以外は、全然興味無いんですよ」


 アトリはそう言って立ち上がると、「じゃあ、行きましょうか」と俺をうながした。



「ユヅル様……昨日はありがとうございました。ちゃんとお礼が言えてなくて、ごめんなさい」


 アトリはぺこりと頭を下げた。


「ぜっ、全然全然! 柄にも無い事して、ちょっと恥ずかしかったくらいで」


「何を言ってるんですか! 嬉しかったんですよ、私を守ってくれたようで。——ところで、昨日私たちがテントに戻ってきたとき、クイナと何を話していたんですか? クイナに聞いても答えてくれなくて」


 クイナが答えない……クイナでもそんな事があるんだ。アトリに目をやると、昨日のクイナのようにジッと俺を見ていた。


「あ、ああ……魔物やホウクたちの事が終われば、島を出て行くんだろって聞かれてさ……」


「そうですか……私もクイナも、思っている事は同じなんですね。グドンとの戦いも目前だし、終わりが近づいてるんだなって思ってるんです、きっと……」


 アトリは少し寂しげな表情でそう言った。


「そうだね……グドンはやっつけないといけないけど、それで終わるとなるとちょっと寂しいかもしれないね」


「だ、だからと言って、グドン相手に手を抜かないでくださいね」


 アトリはそう言って笑った。大蛇でさえ、あれだけ必死だったんだ。グドンで手を抜いたりしたら大変な事になるだろう。


 だけど、グドンを倒すのはもっと先でいいのかも……そんな風に思っている俺がいるのも事実だった。


 俺がこの世界に居続けるという選択肢。


 もしかしすると、本当にあるのかもしれない。

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