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第8話 最弱者のサッカー授業の末路

 考えてみればカイムよりも深い傷を腕に負っていた。

 どんな仕掛けか分からないが出血を止めてもいた、だが痛いものは痛いはずだ。

 そこまでして何がしたいのか、カイムには思いつかなかった。


「なあジャック。もしもの話だが、平気な顔してやせ我慢してる奴見たらどうする?」

「んー……そうですなー」


 箸を口に咥えたままブラブラと揺らしジャックは宙に目を泳がせる。


「単純に手を出しますにゃ。足でも可。

 文句言われりゃ度合いにもよりますがー……まあ、基本、首突っ込みますかねん」

「自分に関係なくてもか?」

「ほむ? 当たり前じゃないですかい」


 普段は線の様に細い狐目が珍しく開く。


「だって気になるやん。知りたいから迷惑でも奔走する。

 それで満足なら問題ないっしょ?」

「……どこまでも自己満足な奴だな」

「人間結局は自分のためですにん。それで他人が喜び、自分もスッキリすれば気にする事は何もねーって話なわけでござる」

「結果オーライ理論様々ですね」


「自分が幸せなら他人も幸せ、他人が幸せなら自分も幸せ。

 これでイッツオーケー! 汝隣人を愛せよって奴でんがな!」

「参考程度に留めておくわ……ありがとう」

「いつでも愛の伝道師と呼ぶが良いでござる」


 そう言ってジャックは再び炒飯と向き合い、腹を空かせた野良犬のようにがっつき始めた。


 カイムも皿に残った炒飯を再び口に運ぶ。

 口内には胡椒の刺激が広がり、ご飯の甘味が後を追った。


 噛めば噛むほど頬の刺激は、強くカイムに自己を主張するのだった。



   ******



「いって!」

「はい終了、気を付けるんだよー」


 次の日の保健室。

 薬品が立ち並び独特の匂いが漂う中、救急箱をパタンと閉じたメロウ先生はカイムの肩を強く叩いた。


「いててっ!」

「あっゴメン。つい叩いちゃった」

「だ、大丈夫です。いつもありがとうございます、メロウ先生」


 眼鏡は常に顔の中心からずり落ち、三つ編みで巨乳、しかし童顔のメロウ先生は自分の身長には似合わない白衣を着て椅子に座っている。


 この姿を見るとまるで女子中学生の様だがこれでもれっきとした三十路過ぎの独身先生だ。


「もー、サッカーなんかに参加するから怪我するんだよ?」

「仕方ないっすよ、授業なんだから」


(そもそも足を再生化した人間のボールを無改造の俺が止めろって時点で間違ってる)


 確かに改造されていない人間は試合の中では役立たずだろう。


 素人同士の試合ではゴールキーパーなぞ、いてもいなくてもいい様な人間が置かれやすい位置。

 人知を越えた動きをするやつ等の中に入っていきたくはないが、そんな奴等が蹴るボールを生身の人間が受け取れるはずも無く、案の定カイムは今日も保健室行きだった。


「打撲だけですんだけど危ないんだからね?

 幾ら試合でも自分の力量を見て、無茶をしないこと。

 いつも言ってるでしょ? 時には逃げることも必要ですって」

「まあー……分かっちゃいるんですけどね」

「はぁ……男の子だから仕方ないけど」

「面目ない」

「いいよ、無茶さえしなければ。

 先生は誰か来てくれるだけで話し相手が増えて嬉しいし」


 ニッコリとメロウ先生は天使のように微笑む。さすが誰もが憧れる保健室の先生である。その笑顔だけで大抵の生徒(主に男子)は癒されそうだった。


「普通、来てくれない方が良いでしょうに」

「あたしは寂しがりやさんなんです」

「胸を張らないで下さい」


 ふくよか過ぎる胸をえへんと突き出し、先生は得意げに立ち上がる。と、バランスを崩し突然倒れかけた。


「って、大丈夫ですか?」


 思ったよりメロウ先生は軽く、腕を怪我したばかりのカイムでも軽々と抱きとめられた。抱きかかえた拍子に色々弾力のある物にぶつかったが気にしない事にする。


 なんだかんだ言いつつ、やはり青少年には毒のある先生だ。


「昨日足捻っちゃってね、ありがとう、迅葉くん」

「保健の先生が怪我しちゃ世話無いでしょうに」

「毎日怪我してる迅葉くんに言われても説得力が無いね」


 メロウ先生はカイムから離れると足を庇いながら再び椅子に付いた。


「そろそろ行った行った。いつまでも保健室に男女が二人でいると疑われちゃいますからね」


 何を? とカイムは思いつつも『メロウ先生も結構頭が温かい人種だから、何も聞かないでおこう』と心に書きとめ、頭を下げ保健室を出て行こうとすると、もう一人の常連が姿を現した。


「メロウちゃ~ん! 拙者にも熱い看護を!」


 退場したカイムの代役だったもう一人の無改造者が、両腕を嬉しそうに振り上げ保健室へと顔を出したのであった。


 だが、どんな生徒にも優しく接するのがメロウ先生の寛大なところ。たとえ脳味噌が茹だった輩であろうとしっかり面倒を見てくれるのだ。


 怪我人なのが怪しいほど元気なジャックを適当にあしらいつつカイムは教室へと戻り、本日も何事もなく放課後を迎えた。


 退屈なカリキュラムから解放された生徒達の声が響き、各々がこれからの自由をどう謳歌しようかと話し合う。勿論カイムとジャックもその中の一人だった。


「さて、帰るか」

「うぬ、了解」


 鞄を手に持ち、二人はそそくさと教室を後にする。


「しかしなんデスなぁ」

「ん?」


 突然ジャックがあらぬ方向を見ながら口を開いた。


「どうしてこうも、女っ気が無いものかと思いましてにゃ」


 ジャックが見る先には下駄箱で靴を履き替える二人の女子生徒の姿がいる。片方はポニーテールで明るい感じの子。もう片方はボブカットのおとなしそうな子だった。


「そりゃ……きっかけが無いからな」


 女子生徒はクラスに半数はいるが、別段話しかける用事も理由も無い。

 たまに話しかけられる事もあるが『友達』と言うには程遠い会話だったりする。


「きっかけが無い! 言いましたよ、この子は!

 言うに事を書いて『きっかけが無い』などと! あら、やらしい!」

「お前は何処の奥さんだよ……」


 靴箱に手をかけカイムは怪しい目でジャックを見つめる。


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