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第11話 侵入

 地区を巡回するバスは坂道を登っていく。

 車内に学生の姿は無くカイムが一番後ろに座っているだけだった。


 商業を取り扱う第三地区から学校が集う第五地区へとバスは法定速度を守り走行する。葵坂は第六地区との境目辺りに存在する。


 森に囲まれた自然の塀が外界との境界線になっていて、中には年月を感じさせるレンガ造りの寮や校舎が立ち並んでいるとカイムの少ない知識が語っていた。


 カイムが葵坂の門前に着く頃には陽がすっかりと落ち、夜独特の生温い空気が辺りを包んでいた。七月とは言え緑が多いせいか少し肌寒い気がする。


 街からも離れているので周囲にある光は規則正しく並ぶ街灯のみだった。


「さて……」


 ついここまで来てしまったが次にどうするか考えていなかった。女子達の話からは全く手がかりは得られず、分かった事は暴走シルバー・エイジについての情報はまだ世間には広がっていない事くらいだ。


 カイムはとりあえず校門へと近寄る。


 中世風の赤レンガの塀が左右に並び、道を外れればすぐ森の中へと繋がっている。予想では鉄の門でもあるのかと思ったが、そんなものは何処にも存在せず、外からの侵入者を全て呼び込む状態だった。


(警備は……いるな)


 外壁の脇、派出所の様な小さな部屋に灯りがついており、中には生真面目そうな警備員が一人無表情に正面を見つめている。


 カイムが斜め上を見上げると監視カメラが瞳孔を開いた気がした。


(正面からは無理か)


 警備員に最近行方不明になった子はいないかと聞き込みする事も可能だが、カイムは門から離れカメラの視線上から外れる。


(騒がれてないって事は消えてからまだ長い時間は経過してない)


 ならば聞いても無駄だと判断し、カイムはネクタイを緩めながら次の策を巡らせる。


(せめて知り合いでもいれば……無理か。中に入れば手がかりが掴めると思ったけど)


 無理やりに進入して捕まってしまっては話にならない、なら話は早い、無理やりじゃなければ良いのだ。カイムは左右に確認し、すぐさま深い森へと飛び込んだ。


(一人の人間がいなくなったってのに、随分静かなもんだ……!)


 鬱蒼と茂る森に光は無く深い闇だけが辺りに充満している。手探りでゆっくりと前に進んで行く。ときおり落ちた枝を踏みパキッと小気味よい音が耳に響いた。


 入り口から幾分進んだ頃、門に手をつきながらカイムは前進している。これだけ大きな学校なのだ、もしかしたら抜け道の一つくらいはあるかも知れない。


 この第五地区の隣は第六地区、つまり自然区。東北駐屯地は元々山を切り開き、街を潰して再編成された場所だ。しかしこの自然だけは元のままだと聞いた事がある。


 自然区の中心辺りは公園や農園として使われているが、こんな端の方まではやはり整備されていなかった。


(今の俺は極限に怪しいだろうなあ……)


 暗闇の中、女子校の壁に手をつきながら森を進む男子。

 監視カメラが無いのは幸いか、誰にも無様な姿を晒さないで済んでいる。

 見つかる事は無いだろうが、この姿をクラスメイトにでも見られたら一生のネタにされてしまうところだ。


 暗闇で時間の感覚が狂い、長い長い壁を伝い二度目の角を曲がった頃、手に新しい感触が生まれた。ごつごつとした壁から鉄のように冷たい何かが其処には在る。


「当たりだ……!」


 目を凝らしながら鉄の壁を恐る恐る押した。すると壁は思いの他軽く倒れ、男性一人が中腰になって通れるほどの穴が生まれた。


 カイムは身を縮ませ慎重に穴をくぐる。


 出た場所は建物の後ろ。

 丁度様々な視線から死角になるような一角だった。


 見上げた建物の窓にはレースのカーテンから薄い明かりが洩れている。

 もしかしたらここは女子寮の背中に位置する場所かもしれない。 


(ここから俺に出来る事は……データバンクを閲覧する事ぐらいか)


 人目に付かないようにカイムは慎重に歩き出す。目指す場所は校舎内の図書室。


 正直、思いつきと衝動だけでここまで行動してしまったが、手がかりが無い現状では僅かな情報さえ追ってみるしかカイムに手は無かった。


(まさか『こんな体』がこんなときに役に立つとはな)


 学校毎に管理しているシルバー・エイジは違うのでその学校でなければ情報は見れない。九割の人間がシルバー・エイジとしてナノマシン改造を受けており、全ての人間が学校独自の再生化カリキュラムを受けている。


 その際、学生証として《コード》が体に打ち込まれているのだが、カイムはコードすら体に打ち込めなかった。


 純粋なる人間。

 外の人間と何一つ変わらない個体。


 なので学生手帳が今もポケットに入っている。

 コードによって全てが識別され、学校への登校履歴やリニアモーター乗車記録、様々な学割、勿論閲覧権限もコードによって識別される。


 しかしコードを持たないカイムにとってコードセキリュティは何の意味も成さなかった。コードセキュリティは外の人間に対してのシステムではない。


 そもそも外部の人間はここに入れない。

 人工衛星ともっとも高度な警備システムで管理されていると聞いた事がある。

 だから明らかにシルバー・エイジの方が危険度は高い。


 ここで内部にいる人間を管理する為のシステムが裏目に出たのだ。

 コードを持たない人間は皆無だと思われている。存在したとしても無力なただの人間がシルバー・エイジ以上に危険な行動を取る筈が無いというシステムの甘さ。


 そこにつけこむ。


 コードが無いから全てに弾かれる訳ではない。

 コードが無いから全て見れるのだ。


(まあ、でも『あの女』を探してない所を見るとコードセキュリティもたいしたもんじゃないのかもな)


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