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第12話 大切なモノを失いそうな侵入経路

 行動記録を見て追って行けば、最先端軍事基地の中で見つからないはずはない。

 あっという間に捕まるはずだ。


 しかしそんな情報もそれらしい変化も此処には見られない。

 まるでいつも通りの日常。人が一人消えた事すら誰も気付かない世界。


(……まさかな、そんな事があるはずない)


 女子寮の壁を背に周囲を伺い、校舎へと足早に抜ける。


(誰かは気付くはずだろ、友達とか先生とか)


 家に帰れば友達が居て学校に行けば先生がいる。


 カイムの頭にはいつも騒がしく面倒臭いジャックの顔や、誰にでも優しくいつでも保健室で手当てしてくれるメロウ先生の笑顔が浮かんだ。


(一日だって見なけりゃ心配するはずだ……ましてやあんな状況になってるのに)


 体中に傷を負い、元は綺麗だったであろう髪は血で固まり、理性を無くし、何かを求めて彷徨っている。思い出すだけで沸々と胸の奥が熱くなる。


 これが何に対する熱かは分からない、だがカイムは自分でも分かるくらい何かに対してムカついていた。


 誰に怒っているのか、誰に叫んでいるのか、ただただ心の中でカイムは怒りを燃やし続ける。


 校舎への入り口を探すカイムは一つ一つ一階の窓を調べていく。


 廊下に隣接している窓の一つくらいは開いていると思ったのだが、さすがにそこまでこの学校のセキリュティは甘くないらしい――などと思っていた矢先、手前に半開きになっている窓を見つけた。


「……まじか」


 しかしカイムはそこから進入する事に躊躇する。

 何故ここが開いているのか。閉め忘れなのか。

 俺ラッキー。など考える暇すらない。


 何処をどう見ても。誰がどう見ても。


「女子トイレかよ……」


 健全なる一般男子高校生なら誰もが戸惑うであろう女子の聖域。

 ここに踏み込んだ者は一生汚名を背負って生きていく事になる。


(いや誰も見ちゃいないんだが、踏み込んだら何か大切なモノを――失ってしまう気がする)


 知らず知らずのうちにカイムは生唾を飲んだ。


(って待て俺、冷静に考えてみればここはもう女子の花園、これ以上何を躊躇する)


 やましい事は無い。何一つとして無い。これは行方不明者の調査だ。

 カイムは自分に何度も言い聞かせ、意を決してそっと窓枠に足をかける。


(くそっ、分かっちゃいるがこれじゃ明らかに変態だ)


 半分しか開かない窓はカイムにとって小さすぎる、体を何とかねじ込んで素早く引き抜きタイルの床へと着地した。


 暗くてよく分からないが、ピンク色のタイルに囲まれた部屋らしく男子トイレにあるものが当たり前のように無い。その光景が違和感を感じさせた。


(個室と洗面台しかねえ……)


 忍び足で出口に向かい慎重に歩く。気配を殺し、音を消す――。


 ギィィィ。


 振り向いたのとトイレの入り口が開かれたは同時だったのだろう。


「あ」

「は?」


 そこに存在していた人物とカイムは目が合い、永遠とも思える刹那を過ごす。


「う、うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「声がでかいぞ、迅葉カイム」

「な、なんで、いや、わ、わりい! 悪気は無かったんだ!

 まさか、ま、まさか人がいるなんてこれっぽっちも思わなくて――!」


 カイムはその場に土下座したくなる程だったのだがとにかく深々と頭を下げた。

 これは十七年間生きてきた中で最高の失敗だ。

 迅葉カイムの人生の中でこれ以上の失敗は今後起こらないだろうと思える程の。


「気にするでない、迅葉カイム。侵入経路はここしかないのでな」

「で、でもだな……!」


 と、カイムは今更になってこの偉そうで声に似合わず年寄りのような口調で語る、目の前の人物の事をやっと認識した。


「お、お前……あんときのマフラー女……」

「また逢えるとは思わなかったぞ」


 暗闇にも溶けない白い肌と金色の髪が微かに揺れ、カイムに向かって微笑んだような気がした。


「しかし、まさか迅葉カイムが夜の女の園に忍び込み、女子トイレを覗く趣味があったとは……私の観察眼も見誤る事があるとはな」

「い、いやそれは誤解だ!」

「ふふ……照れるでない、余計恥ずかしいだろう」


 そういう割には楽しそうに少女は笑っているような気がした。

 まるでトラブルを楽しんでいるかのように。


「迅葉カイムさえ良ければ、いいぞ? 少しくらい見せてやろうか?」

「な、何をだ……!」


 少女はスカートの裾を掴み年齢に似合わない妖艶な笑みでカイムを誘う。

 だがカイムの脳内に設置されている無改造人間だけが持つ本能的危険信号が『デンジャー! デンジャー!』と大声で叫び散らしている。


 そう、表情がまるで見えないが、カイムの心には見えている。

 憎たらしく笑っている少女の顔が。


「ほれほれ」


 ヒラヒラした布切れが闇夜に揺れ、盛大に捲りあげられた。


「ば、ばか!」

「ふ、ふははは、可愛いものだな!」


 両手で目を覆いカイムはしっかりと視界をガードする……ガードしたのだが……。


「……ス、スパッツかよ」


 指の隙間から見えたのは太股の辺りまでの黒い布だった。


「しっかり見ているとは意外とやらしいのお」

「年上をからかうんじゃねぇ!」

「ほお、よく言う」


 口元に箱入り娘のような白すぎる指を持ち上げ少女は目を細める。


 これ以上からかわれては『さっき失った大切な何か』よりも、もっと大きな――人間としての本当に大切な『何か』さえ失いかけないと思い、真剣に違う話題を探す。


「そ、それよりも、お前は何でこんな所にいるんだよ」

「いや追っていたら迷い込んでな」

「迷い込んだって……簡単に入れるところじゃねぇだろうが。

 トイレの窓の鍵まで開けやがって……」

「開けた訳ではない、元より――」


 口を開きかけた少女は突然声を潜め、二人はトイレの個室へと飛び込んだ。

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