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第13話 夜の校舎

 口を開きかけた少女は突然声を潜め、二人はトイレの個室へと飛び込んだ。


 カツ、カツ、カツと革靴が廊下に反響している。

 黄色い光が火の玉のように彷徨い、女子トイレの中を照らした。火の玉は何度か揺れ、トイレの中へと進入してくる。


(気付かれたか……!)


 隣ではひんやりと冷たい体がカイムの体に密着する。

 まるで石像に触れたように体温を感じなかった。

 息を飲み心臓の鼓動さえ止めるようにジッと壁に張り付く。


 ライトを持った人物は開いた窓から首を出し、外を確認した後、しっかりと窓を閉めてトイレを出て行く。

 足音が遠ざかるまで二人は身を寄せ合い息を殺していた。


「よし、では行こうか」


 先に動いたのは少女の方だった。

 首に巻いた真っ白のマフラーを結び直すと女子トイレから出て行こうとする。


「お、おい! お前こんなとこで何やってんだよ」


 慌ててカイムも少女の後を追う。


「迅葉カイムこそ、怪しい侵入者ではないか?

 私は仮にも女性ぞ?

 もし見つかってしまっても言い訳はできよう。

 だが迅葉カイムはどうだ?」

「ぐ……」


 自分は理由があって女子校のデータバンクを覗きに来ました、なんて言っても学校側に通じるはずがない。


 そもそもカイムとこの少女しか暴走シルバー・エイジを目撃していないのでは、事の発端を説明したところで信じてもらえない気がするのだ。


 あれは、それほどまでに目を疑うような事実だった。


「……俺は調べ物をしに来ただけだ」


 せめて今言える言い訳はこの程度だ。


「私は協力者を追って来たのだが、見失ってしまってな」

「協力者?」


 そう言えば別れ際にどこか行くべき所を探していると言っていたはずだ。その関係だろうか。


「ああ、可愛いぞ。物凄く可愛い」


 その関係者が可愛い事は関係ないと思うのだが、何故か得意げに少女は胸を張った。


「少し自由気ままで話を聞かぬ癖があってな、困ったものだ」

「ああ……分からなくもない、その気持ち」


(家にも似たような奴がいるしな……)


 いつもテンションが高く、変な言葉を操る同居人が。


「見つかるといいな」

「ああ。外に出て二番目の友人だ、逃がしはしないさ」

「へぇ、意外だな。もう二人も友人がいるのか」


 この少女は見た目と言動によらず、妙なカリスマ性のようなものを感じる。

 人を惹き付ける、そんな魅力が体中から迸っているのだ。

 カイムにはその程度しか分からないがその『気』に当てられた奴がもういたのだろう。


「……」

「ん? どうした?」


 先頭を歩く少女は突然立ち止まり、一瞬カイムに振り返った。闇夜に揺れる二つのブルーの光が幻想的に映る。


「なんだ?」

「…………これも残酷と言うのかの」


 少女は小さく呟くと再びとことこ歩き始めた。

 吐いた言葉はとても小さくカイムの耳までは届かなかった。


 二人は足音を忍ばせ非常灯を頼りに暗い廊下を歩く。

 図書館を目指すカイムの心情を知ってか知らずか、少女は迷う事無く道を選んでいった。


 階段を登り、突き当りを曲がり、静寂と闇が支配する校舎を練り歩きながら、カイムはぴょこぴょこと揺れる少女の頭を眺めていた。


「なあ、お前何処から来たんだ?」

「赤の他人様に教えるものなぞ、一つも持ち合わせておらん」


 先ほどとは明らかに態度が違う。

 まるで怒っているかのような口ぶりだ。


 いや怒っているのだろうが、何故そうなったのかカイムには見当が付かなかい。


「外から来たんだろ?」

「しらーん」


 ツーンと首を反らし少女は歩く速度を変えない。カイムはヤレヤレとネクタイを緩め――、


「いや、うん、悪かった」


 ――とりあえず謝ってみる事にした。


(理由は分からないけど、子供って奴は面倒だからな……)


 自分に非があるかどうか知らずに謝るのは良くないと思うのだが、ここで機嫌を損ねられても困る。

 隠密行動なのだ、出来る限り穏便に済ませたい。


「ま、まあ迅葉カイムがそう言うなら……許してやらんでもないが……」


 ごにょごにょと前方から言葉が流れてくる。


(うぉ、釣れるの早っ!)


「いいか、人はいくつになっても拒絶されたくはないのだ。だからこれからはデリカシーのない事は言うものでないぞ?」

「あ、ああ……すまん」

「うぬ、物分りが良い奴は好きだ」


 そう言って少女は歩くスピードを緩めカイムと並ぶように歩き出した。しかし先ほどのように肩で風を切るような威風堂々とした姿ではない。


 両指を絡ませやや俯き加減ににやにやしながら歩いている。

 まるでやっと仲直りが出来て喜んでいる小学生のようだ。


「……南極だ」

「な、南極……? って、な、南極? あの南極か?」

「他にどの南極が存在する?」

「い、いや唐突だったんで、ちょっと驚いちまった……」


 見た目からヨーロッパから来たのかと思ったが、まさか南極とは。人間が気軽に住める土地ではないから完全に不意を突かれてしまった。


「よく生活できてたもんだな……」

「研究所があったからな、暖かいものさ」


 研究所? とカイムは首を捻る。研究所と言うのは大抵どこかの国に所属し、自分の領土内に存在するものだ。


 このサンイースト州に存在する五箇所の軍事施設も本国ガリアドアの支援を受けている。個人的な研究所を持つところもあるが大抵は過激派の敵対組織だったりする。


 しかし南極はどの国の領土でもない。これは南極条約により昔から定められているものだ。そんな誰の物でもない場所に研究所が存在する事、それ事態がおかしい。


 何故わざわざ支援を受けられない場所に、しかも条約を破ってまで南極に作る理由があったのか? それがカイムには引っかかった。


「外は白一色。出た事は無かったが……いつも眺めているだけでも楽しかったよ」


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